第567話(7-60)臨海都市ビョルハンの戦い

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 ナンド侯爵領はヴォルノー島の西端に位置し、マラヤ海峡にほど近い立地から漁業と運搬業が盛んだった。

 特に臨海都市ビョルハンは、古くから親しまれる港と新造された鉄道があり、領の商工業を支える心臓部と言えた。故に――。


「ガブリエラ。クロード殿がファヴニルに最後の戦いを挑む時、かの邪竜は必ず臨海都市ビョルハンを狙うはずだ。防衛の為に何ができるか、私に知恵を貸して欲しいんだ」

「ううっ。マルクくんが立派になって、お姉さんは嬉しいですっ。早速、リングバリ先生に相談しちゃいましょう!」


 この地を治める若き侯爵マルク・ナンドは、婚約者ガブリエラの伝手を辿り、防衛戦に長けた名将コンラード・リングバリの指南を受けて、徹底的な防衛準備を整えた。


「ヒーローだっ、ヒーローだ。俺は完全無欠のヒーローだ! だから金を寄越せ、宝を寄越せ、何もかも寄越しやがれええっ」


 そして、元〝緋色革命軍マラヤ・エカルラート〟の総大将ダヴィッド・リードホルムが、邪竜ファヴニルに駒として蘇生され、小妖鬼ゴブリン犬頭鬼コボルト豚鬼オークといった徘徊怪物ワンダリングモンスターの大軍を率いて襲来した時も――。

 マルクとガブリエラは、大同盟軍を率いて臆することなく立ち向かった。


「ダヴィッド・リードホルム。罪なき人々を苦しめる邪竜の走狗そうくめ。悪党がヒーローを名乗るとは片腹痛いっ!」

「〝一の同志〟を名乗った虐殺者。貴方は血塗れの手で何を掴み、何を作りたいのです?」


 マルクとガブリエラの問いに対し、ダヴィッドは全身余すところなく金色に染めた人型〝顔なし竜ニーズヘッグ〟の身体を震わせ、飾りツノをつけた髑髏どくろめいた顔で大口を開けた。


「うるせええっ。馬鹿どもは、オレを讃(たた)える為に生き、オレの為に死ねばいい。レベッカもゴルトも、いずれファヴニルすら越える偉大な力を思い知れっ!」


 ダヴィッドはケバケバしく飾り立てた、剣ほどもある大きな爪を広げ、臨海都市ビョルハンに向けて光り輝く衝撃波を叩きつける。


「ひーっひゃはっ、くらいやがれえええっ」

「攻撃が来るぞ。銅鑼どらを鳴らせ。総員、神器展開!」


 マルクの合図で魔法防御結界が張られるも、黄金の竜人が放つ破壊の波は圧倒的だ。

 臨海都市ビョルハンを防衛する為に、準備された数々の設備――鉄柵は引きちぎられ、盛土は吹き飛ばされ、砦すらも倒壊した。辛くも街を守り切れたのは、不幸中の幸いか。


「ひひゃははっ、見たか。地を裂き、天にとどろくこの力。オレこそが最強、無敵の偉人だああああっ」


 ダヴィッドは勝ち誇り、大同盟の兵士達は腰砕けとなるが……。


「ううっ。これでは勝てない」

「ま、マルク様。撤退しますか?」


 マルクは弱気になった部下達に向かって、首をゆっくりと横に振った。


「撤退はないっ。このマルク、腹の底から理解したぞっ。ダヴィッド・リードホルムは恐るるに足りない。以前の私と同じように!」


 マルクだからこそ、断言できた。

 若き侯爵は、かつてクロードが貧困領を立て直し、巨大怪物を打倒した勇姿に憧れた。

 そのまばゆさに目を灼かれ、上っ面だけを真似て、やることなすこと空回った。……そんな経験があった。


「マルクくん。マルクくんは、勇敢な男の子です」

「ありがとう。ガブリエラが私に教えてくれた。強さとは、あんな軽薄な力ではない」


 マルクから見た、ダヴィッドも同じだ。

 黄金の鱗できらびやかに彩り、蝙蝠めいた翼にまで装飾を施した、道化の如き竜人。

 彼はきっと力に焦がれたのだろう。邪竜に力を恵んで貰い、有頂天うちょうてんなのだろう。

 されど形だけ真似ても、内実が伴わなければ、何の意味もありはしない。


「私がなすべきは、臨海都市ビョルハンの防衛だ。ここには港があり鉄道がある。我らが故郷を、そしてヴォルノー島を守る為、邪竜ファヴニルには決して渡せない!」


 ダヴィッドは浮かれるあまり、無駄に力を見せびらかした。

 臨海都市ビョルハンを制圧するのではなく、無思慮に破壊しようとしたことで――。〝交通拠点の重要性を知らず、進軍図も想定していない〟と広言したも同然だ。

 だからこそ、マルクは勝利を確信できた。


「敵は幾万あろうとも、すべて烏合の衆なるぞ。皆、このマルクと共に戦って欲しい」

「「うおおっ、やるっきゃないぞ」」


 かくして、臨海都市ビョルハンを巡る戦闘は、領主として格段の成長を遂げたマルクと、美点を投げ捨てたダヴィッドの明暗がくっきりと示された。


「死ね死ね死ね。オレはヒーローだあっ、怖れろ、泣け、叫べエエっ」


 ダヴィッドは、数万に及ぶモンスターの大軍をまるで使いこなせなかった。

 ただただ目の前のモノを壊し、ファヴニルに恵んでもらった力を、見せつけることに終始した。


「負傷者は後方に下がれ。持ち堪えられない拠点は捨てていい。新しく塹壕ざんごうを掘り、土壁を補強しろ。生き残れっ、時間は私達の味方だ!」


 一方のマルクは、クロードと友誼ゆうぎを結んで以来の善政と、緋色革命軍マラヤ・エカルラートとの決戦で猛将カルネウス提督を阻んだ戦果から、兵士達の揺るがぬ信頼を得ていた。

 大同盟軍は防衛設備こそ壊されたものの、兵士達は命令通りによく生き延び、よく防御を固めて、日暮れまで街を守りきった。


「ムカつく、ムカつくぞ。お前たち、なんでオレに気持ちよく無双させないんだ!」


 ダヴィッドも、さすがに丸一日暴れ続けて飽きたのだろう。


「お前か、お前が邪魔なのか。オレの偉業を邪魔する虫けら、死ね、死ね、死んじまえ!」

「「うおおおおっ、マルク様を守れ」」


 邪悪なる黄金の竜人は、数千もの兵士をなぎ倒しながら若き侯爵へ突撃した。

 マルクの部下は身を投げ打って阻もうとしたが、鮮血を流す肉塊に変えられた。

 たった一人の怪物が、まるで海を裂くように、大同盟の軍勢を真っ二つにかち割った。


「ひやははっ、死ねええっ」

「マルクくん、逃げて!」

「ガブリエラこそ、逃げろ!」


 マルクとガブリエラが左右から斬りかかるも、ダヴィッドの身体能力は人間の限界を超えており、触れることすら叶わなかった。


「ま、マルクくんっ」

「ガブリエラ、君だけでもっ」


 あわやという瞬間。

 ガブリエラが目にしたものは、自分を庇って斬られたマルクだった。

 頑丈なプレートアーマーも、強力な魔法防御のアクセサリーも、一瞬で砕かれた。

 若き侯爵は、まるで大砲でも直撃したように、地面に叩きつけられて跳ね上がる。


「ひひひゃははは。これが器の違いだっ。オレは、お前たちとはステージが違うんだ」

「ああっ、ほんとうに、哀れだよ」

「て、め、ええええっ」


 マルクはガブリエラから注意を逸らすため、敢えてダヴィッドを挑発した。

 しかし、性根の腐った外道は、むしろ彼の婚約者に目をつける。

 

「そうだっ。だったら、女から殺してやるよ!」

「やってみなさい。お姉さんは負けない。マルクくんから離れろっ」

「よせ、やめてくれっ。お願いだ、誰かガブリエラをっ」


 ダヴィッドは哄笑をあげ、愛する男の前へ進み出たガブリエラに手を伸ばす。


「あひゃひや。八つ裂きだああっ」


 竜人の爪が、勇敢なる女騎士を引き裂く――。


「助けにっ、来たぞっ」


 ――寸前。

 マルクの友たるクロードが、夜空を裂く流星のように飛び込んで来た。

 クロードの右回し蹴りが、ダヴィッドの髑髏めいた黄金の顔に直撃する!


「ぎ、ぎゃああああっ。く、クローディアアアアス」

「ダヴィッドっ。性懲しょうこりも無く迷い出た亡霊め、とっとと墓に戻れよ!」

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