第131話(2-85)線路が導く先
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クロードは、
「今、この場で決めることでもないでしょう。私もレアさんに睨まれるのは怖い。ええ、もう二度と玄関で葉巻など吸いません……」
「たぬう。きっとさーちあんどですとろいされるたぬ……」
「二人とも
クロードは強引な話題転換だと思わず苦笑した。しかし、ハサネとアリスは、椅子に座ったまま、なぜか生まれたての小鹿のように足を震わせていた。
ブリギッタもまた不自然なまでに凍りついた笑顔を浮かべ、鞄からファイルや念写真の束を取り出していそいそと机上に広げる。
「そ、そうね。辺境伯様、会議を進めましょう。ほら、こっちの資料を見て。最悪の予想でもギリギリ黒字は達成できそうよ。この駅ナカ事業って、構内に商店街みたいなスペースを造るんだって。うちの親族会社も出店するんだけど、面白いアイデアよね」
「へえ、この調子ならテナントもぎっしり埋まりそうだ。良かった。少しでも収入を増やしていかないと、元手を回収するどころか、運営すらままならずジリ貧になってしまうから。鉄道ってのは、本当に”金を失う道”だよ」
クロードは、自ら鉄道敷設計画に携わることで学んだことがある。
彼は故郷の日本で、私鉄が百貨店やホテルを鈴なりに建てるのを見て、なんて見栄っ張りなのだろうと呆れたことがあった。だが、それが一面的な見方であったと、今のクロードは知っている。
鉄道は、強い公益性をもつため、容易に駅や路線を廃止できないし、そもそも可能な限り廃線や廃駅などするべきではない。
しかしながら、鉄道網は広がれば広がるほどスケールメリットを得られるが、同様に燃料費や保守点検費用といった維持費もかさんでゆく。
運用コストが青天井に上がってゆくのだ。駅の商業施設などを利用し、他の収益をあげて補てんしなければ、あっという間に首が回らなくなる。
(痴女先輩の解説だと、日本の旧国鉄は、膨大な
日本における国有鉄道民営化は、数多の問題を孕みつつも、市場原理の活用によって一定の成功を収め、後続する欧州諸国による鉄道民営化の手本となったという。
クロードもまた、故国の先達に習って、将来は領営から民営に舵をきられるよう、王国と打ち合わせつつ、収益面等でいくつかの布石を打っていた。
「辺境伯様。あとさ、セイさんから正式な報告があると思うけど、領軍が鉄道敷設計画に反対しているから、どうにか対応して欲しい」
「マラヤ半島の敗北か……」
ブリギッタの言葉に、クロードは俯いた。
彼は、内戦の早期決着を焦るあまり、出征を強行して多くの勇士たちの命を散らしてしまった。
同胞の死を置き去りに、浮ついた商業プロジェクトを進めるのかと、領軍の反感を買うのも無理はないだろう。
「それは違うわ。ドクター・ビーストのつくった兵器がどれだけ恐ろしいものなのか、呪いの焼き
「実のところ、辺境伯様の評価は、領軍の中で鰻登りでした。己が腕を失ってなお、アリスさんを守った漢の中の漢だと、ね。――神器売却で底値を割りましたが」
「あ、そっちか」
鉄道敷設計画の原資は、テロリストや山賊軍から押収した、使用者のいない契約神器を売却することでひねり出されたのだ。
「僕たちが売ったのは、ひとりひとり実地調査して、誰も契約できなかった神器だろう? 武器庫で塩漬けにしたって意味ないだろうに」
契約神器は、己が意志をもち、自ら使い手を選ぶ。
双方の合意こそが、盟約を結ぶために必要なプロセスであり、それが成立しなければ、どれほど強力な兵器もただの高価な置物に過ぎない。
レアは、押収した神器が破壊的な思想や感情を持つ使い手を好むあまり、いまの楽観的な領軍の兵士たちと相性が悪いのでは? と推察していたが、真相は藪の中だった。
「領軍は、将来運用可能な兵器を失ったという理屈で反発しています。まあ、本音は、役所へのやっかみでしょうが」
「ほら、最近は目立たなくなったけど、うちの領は役所と領軍の仲がぎくしゃくしてるじゃない? 辺境伯様が、一方的に領軍の戦果を奪って、役所へ肩入れしたってすねてるのよ」
クロードは、しかめつらして重いため息を吐いた。
レーベンヒェルム領もまた、他領と比較すれば穏便ではあったものの、未だ派閥間の対立が残っている。
ハサネとブリギッタは、あえてこの場では口に出さなかったが、クロードの交際相手について、喫煙所や井戸端で白熱した推論が交わされていることを知っていた。
領民の多くは、クロードがソフィと結婚すれば役所を中心とする文治派が勢いを増し、セイかアリスと結婚すれば領軍を中心とする武断派の発言力が増す――そんな風に信じていたのだ。
とはいえ、クロードに親しい知己は有り得ないことだと知っていたし、レーベンヒェルム領に住む一般民衆もまた、所属する派閥の利益なんて度外視でデモに明けくれているのが実情だった。
「ねえ、クロード」
アリスが、不意に議論へ割って入った。
「鉄道って、何に使うたぬ? ううん、いったい公共事業って、何なのたぬ?」
彼女は、知恵熱で赤くなった額や頬を濡らした手拭いで冷やしつつ、金色の猫目に強い光を宿して、クロードを見つめていた。
「たぬは、クロードの政略結婚には断固反対するたぬ。でも、クロードの力にはなりたいたぬ。だから、領軍の皆は、たぬが説得するたぬ」
アリスは、ドクター・ビーストとの決戦以来、少し考え方が変わっていた。
今までのように、何も考えずに戦うだけでは駄目なのではないか? 世界を知り、多くのことを学んでこそ、本当にクロードの力になれるのではないか? そう、彼女なりに一念発起していた。
「アリスちゃん……。そうね、あたしたちも勉強中だし、一度まとめてみようかしら」
「うん、僕も整理したい。ハサネ、忙しいところを悪いけど、もう少しだけつきあってくれ。じゃあ、アリス、まずはお金からいこう。こいつは、いったい何だと思う?」
クロードは、ブリギッタに財布を預けて、
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