第269話(3-54)悪徳貴族と豊穣祭『新兵器と結界装置』

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「私は出し物の準備があるから先に会場へ向かうね。ソフィちゃん、ヨアヒムさん、後はよろしく」

「まかせて。ショーコちゃん、頑張ってね」

「おいっす。楽しみにしてるっス」


 ショーコはうきうきとした足取りで倉庫を後にして、解説はソフィとヨアヒムが引き継いだ。


「じゃあ、始めるよ。クロードくんやセイちゃんたちのおかげで、ルンダール遺跡から魔法鉱石と金属資源の発掘が進んだよ。おかげで大鏡盾車シールドタンク二号機の試作と、飛行自転車の量産がはかどったんだ」

「この倉庫にはもうないですが、火薬式大砲も作った端から同盟領に売ってます。ヴァリン領とナンド領の艦隊も、もう少しで出陣の目処が立つそうです」


 クロードとセイは、ほうと重い息を吐きながら頷いた。

 グェンロック方伯領沖海戦の敗北から二ヶ月、大同盟はようやくまとまった艦隊を再建することができた。

 とはいえ、同盟領には新造の巡洋艦や駆逐艦を用意する予算も時間もなく、半ば引退していた老朽艦や大型商船をかき集め、戦闘用の艤装を施すのが手一杯だった。

 おそらく数の上では互角にもっていけるだろう。しかし、弱体化した同盟領艦隊で緋色革命軍マラヤ・エカルラート艦隊を撃ち破れるのか、情勢はいまだ予断を許さなかった。


「ソフィ殿。シールドタンクだが、コンラード卿と戦った折には、大砲の応酬で荒れた戦地を進めなかった。稼働時間も一〇分コーツ未満だ。あれでは、実戦で使用するには無理がある。新型機では改善されたのだろうか?」

「うん、銅像部分を半人半馬の四脚に変えたことで、山道や泥、砂地みたいな不整地も走れるようになったよ。皆が頑張ってくれたから、稼働時間もなんと六〇分まで伸びました」


 ソフィの自信満々な返答を受けて、セイは葡萄色の目を大きく見開いた。

 旧型機の欠点が見事に改善されて、新型機はとんでもなく進歩していた。


「な、何があった!? 棟梁殿、知っていたのか?」

「そりゃあ、開発計画にサインしたのは僕だし」


 セイがあれこれとぼやく間に、ヨアヒムが事情を伝えた。


「ローズマリー侯爵令嬢の口添えで、ユーツ領の技師と錬金術師が開発に協力してくれたんス。それに、精密細工に優れたソーン領と、冶金技術に長けたナンド領が魔力機関エンジン増幅器ブースターの生産を請け負って、ルクレ領が船で運んでくれました。新型機の開発は、リーダーのおかげっスよ」

「ヨアヒム、僕じゃない。それこそ皆のおかげだ」


 クロードは、胸が熱くなるのを感じた。

 戦いの始まりから多くのことがあった。薄氷を踏むような勝利を積み重ね、恐怖や悲痛に打ちのめされたことも一度や二度ではない。

 しかし、彼の歩んだ軌跡は、確かに多くの人と町を繋いでいたのだ。


「完成したシールドタンクは六両っス。来週の演習と会議で許可が取れたら量産に入ります」

「セイの反応も良さそうだし、これなら決裁も出来そうだ」

「と、棟梁殿。それはどういう意味だ?」


 真っ赤になったセイをからかって、倉庫内に笑いが満ちた。


「クロードくん、セイちゃん、次はこの石柱を説明するね」


 談笑が一段落すると、ソフィが長方形のモノリスを車輪板キャスターボードに乗せて、引きだしてきた。

 高さは約三メルカほど、全面にびっしりと魔術文字が彫り込まれて不思議な威容を感じさせる。


「ソフィ殿、兵器には見えないがこれはいったい?」

「クロードくん……」


 ソフィに促されて、クロードは石柱の正体を告げた。


「セイ。こいつは、僕が頼んで創ってもらった対怪物災害モンスターハザード用の結界装置だ。ファヴニルに対する備えだよ」


 クロードの言葉に、セイはなるほどと頷いた。

 いまだ記憶に新しい火竜オッテル血の湖ブラッディスライムとの激戦。幸いにも自陣営に死者はほとんど出なかったものの、楽園使徒アパスルに参陣した傭兵やテロリストはその限りではない。

 もしも対処を一手誤れば、ヴァルノー島の民間人に甚大な被害が出ていたとしても不思議はなかったのだ。


「クロードくんがルンダール遺跡で見つけたハロルド・エリンの遺産、ジャケットとキャリーバッグを解析して、レアちゃんとヴァリン領の学者さんの力を借りて作ったんだ。地脈の点穴スポットに置くことで街全体を結界で包みこんで、大規模破壊魔術も数発までなら耐えられるようになります」

「あくまで初撃をやりすごすのが限界か……」

「リーダー、一番怖いのは奇襲スよ。超遠距離砲撃やガス攻撃も防げるから、被害は格段に減るんじゃないスか?」


 セイは、クロードとソフィ、ヨアヒムと異なり、この世界における魔法の素養がなかった。ゆえに、なんとなくの感覚でしか受け止められず、装置の運用について直接尋ねることにした。

 

「ソフィ殿、念の為に確認したいのだが……。この結界装置を戦場に持ってゆくことはできるか?」

「この装置は、魔力の吹き溜まりに設置して、大地の力を借りることで結界を創るんだ。あらかじめ儀式や設営も必要だし、戦場で使うのは難しいと思う」


 石柱はあくまで拠点防衛用の設置物であり、移動運用には向いていないようだった。


「ならば着物ジャケットの方はどうだ? その石柱と同じ力があるんじゃないか?」

「うん。防御範囲は着用者に限定されるけど、魔法防御力はほぼ同じだよ」

「そっちを量産したら、強力な軍団を組織できるんじゃないか?」


 セイからすればまっとうな指摘だった。

 しかし、彼女以外の三人は遠い目で倉庫の隅を見つめた。


「……セイちゃん。確かにあのジャケットは、石柱と違って使う場所を問いません。大地の魔力を借りずとも機能します。でも、一着作るのに一年以上かかるんだ」

「い、いちねんだって?」

「ほら、ショーコが言っていただろう? 月光を浴びせたり、香草を焚いたりすることで魔法の効果を強められるって。あのジャケットの場合、一着分の材料を揃えるのに、四季毎に何度も儀式を重ねる必要があるらしい。実は、レア以外には糸の作り方さえわからなかった……」

「ごめん。わたし、未熟です」

「あのジャケット、いったい誰の為に作られたんスかね?」


 実は世界を救った? 神剣の勇者用の逸品である。


「そ、それでは量産は無理そうだな……」

「どんなに強力でも個人装備だよ。街を守るための結界の方が大切さ」


 クロードはそう言ったが、セイはそっとソフィの方を伺った。

 視線に気づいた彼女は、赤いおさげの前髪に隠して黒い瞳を片方だけ閉じる。

 どうやら、クロードには内緒で彼用の一着を作っていそうだった。

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