第376話(5-14)第六位級契約神器ルーンスプール
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クロードが率いる大同盟五〇〇の軍勢は、炭鉱町エグネを取り巻くネオジェネシス五〇〇〇の包囲に耐え、いままさに急所を食い破ろうとしていた。
「敵が崩れたぞ。全隊前進。僕はこのまま指揮官を討つ!」
「第六位級契約神器ルーンスプールよ、力を示せ。術式――〝
白い髪をツインテールに結えた少女。チャーリーと呼ばれる個体は、接近するクロードからレベッカを守るべく、右手に持った糸巻きを宙へとかざした。
「あの白い子が持っているのは、契約神器か!?」
クロードは、ウジ兵達を斬り散らしながら接近を試みたものの、文字通りの壁となって立ち塞がる数千もの敵軍に阻まれて、術の発動を止めるには至らなかった。
「皆、上から来るぞ。気をつけろ」
「クロードくん、援護するねっ」
クロードの警告に、ソフィが強化魔術を強め、大同盟の部隊も迎撃態勢を取る。
チャーリーの契約神器に呼応して、タコとワイバーンを掛け合わせたような、奇怪でどこか愛嬌のある毛糸編みのヌイグルミが、天空から一〇〇個ほど落ちてきた。
「モモモモ」
「なんですの、どんな生き物なのですか、あれは?」
「へ、辺境伯様。セイ司令、膨らんでいます!?」
ヌイグルミを見て羊人ミーナは首を傾げ、兵士達はどよめいた。風貌は翼の生えたタコといった趣だが、特筆すべきはその大きさだろう。
空に現れた時は子犬サイズだったヌイグルミだが、奇妙な鳴き声を発するや、瞬く間に全長五mほどの巨体に膨れ上がった。
クロードは、打刀と脇差の二刀流でウジ兵を相手に乱戦を演じながら、友軍を守るために雷のカーテンと炎の壁を展開した。
「雷切、火車切! セイ、防御を頼む」
「わかっている。魔術班は、棟梁殿の結界を支えて魔術を展開しろ」
「辺境伯様とセイ司令が守ってくださる。こちらの部隊は、攻撃を撃て!」
クロードが罠を作り、セイが守り、コンラードが迎撃する。咄嗟の脅威にも、大同盟の連携は完璧だった。
ヌイグルミを雷で縛り、炎で包み、風の盾と土の壁で動きを阻み、嵐のような弾幕を叩きつける。芸術的なまでの連続攻撃がさく裂し、奇怪なタコの一群はあえなく倒れ伏す。
「モモモモ」
しかし、ヌイグルミ達は再び立ち上がった。
「コンラード隊長。き、効いていません」
「次弾装填。攻撃の手を休めるな」
恐るべきことに、若干の焦げやほつれこそあったものの、翼の生えたタコたちは、特段ダメージを受けた様子はなかった。
「ネオジェネシス以上だと、なんて耐久力だ。厄介な!」
「モモモモ」
ヌイグルミ達はネオジェネシスの軍勢を守るように、クロードや大同盟の兵士達に向かって殺到した。
「来るか!」
「モモッ」
そうして、愛嬌たっぷりにもこもこした身体を擦りつけたのである。
「……はい?」
「――ええ?」
「よく見ると可愛い?」
ヌイグルミ達は子犬や子猫が戯れつくように足を振り、ゴロゴロ転がったり、お腹をみせたり、喉を鳴らしたりしている。当然のことながら、殺気も闘気もカケラもない。
困惑していたのは、クロード達ばかりではなかった。ネオジェネシスの兵士達は無言で後退を開始したものの、レベッカは困惑のあまり、手に掴んだ空間転移魔術の巻物を開きもせずに硬直していた。
「チ、チャーリー。あれらは、何をやっているの?」
「ヌイグルミさん達はね、遊んで欲しいんだよ」
チャーリーの答えが予想外だったのか、レベッカは目筋の通った容貌を崩し、福笑いのような変顔を晒していた。
「ま、待ちなさい、あれらに攻撃能力は!?」
「レベッカ顧問、何を言ってるの? ヌイグルミは武器じゃないよ」
至言であり、常識でもあった。ただし、ここは戦場だ。
「それじゃ、なんの役にも立たないでしょうが!」
「ちゃんと見てよ。すっごく役立ってる」
クロードが振り返ると、落下したヌイグルミは両軍の間を阻むように壁をつくって、戦闘を中断させていた。
「たぬう? かわいい? かわいくない? くすぐっちゃダメたぬう」
おまけに、アリスが無力化されていた。ヌイグルミに抱きつかれて、楽しそうに笑っている。彼女の感覚は鋭敏だ。もしも敵意を感じたならば、迷いなく引き裂いているだろう。
いずれにせよ、大同盟陸上部隊の動きは完全に止められて、ネオジェネシスのウジ兵達は、ヌイグルミに
空を舞う飛行自転車隊が追撃を試みるものの、ヌイグルミ達が組体操でもするかのように重なって跳ねたり、飛び付いたことで思うように攻撃を続けられないようだ。
もはや自由に動ける者がいるとすれば、それはたった一人だけだろう。
クロードはヌイグルミを蹴飛ばし、ウジ兵を踏みつけ、町の屋根を走って、レベッカとチャーリーが跨がる
「辺境伯、これでも食らいなさい。空間の破砕よ!」
「あいつの技なら、見慣れてるんだよ」
レベッカが炎のように赤い髪を逆立てて魔術文字を綴り、ファヴニル由来の魔術を放つ。
されどオリジナルを知るクロードから見れば、彼女の模倣はタイミングが丸わかりで、対処は容易かった。
クロードは打刀である雷切と、脇差しの火車切で魔法の出がかりを破壊し、矢のように真っ直ぐにレベッカへと跳躍した。
「鋳造――
「レベッカ顧問、いけない。逃げてえ」
クロードの創り出した刃が、チャーリーの悲痛な叫びを背に、レベッカの豊満な胸元へと吸い込まれた。
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