第152話(2-106)悪徳貴族と家庭内戦争
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セイに同席を求められたクロード、レア、ソフィ、アリスの四人は、誘われるがまま中庭へ移動した。
太陽の光を浴びて色とりどりの花が咲き乱れる一角は、まるでレーベンヒェルム領の未来を暗示するがごとく雲に遮られ、その輝きを曇らせた。
セイは僅かな時間うつむいた後、
「私を処断しろ」
「絶対に嫌だ」
セイの願いも簡潔なら、クロードの返答も明白だった。
「セイ、馬鹿なことを言ってないでさっさと行くぞ。今は一刻を争うんだ」
「馬鹿なことを言っているのは棟梁殿だ。すでに血は流された! もう後戻りは出来ないんだ。私の過ちだ。私という
「セイ」
クロードは震えるセイを抱きしめて、あやすように背中をさすった。
「落ちつけ。動揺するのはわかる。割とピンチで、僕だって混乱してる。けど、こういう時こそ冷静さが必要なんだ」
「私は、……冷静だ」
セイはクロードの腕から、温もりから逃れるように
「反乱軍はいまでこそ領軍の一割だろう。だが、時間をおけばおくほど膨れあがるぞ? 兵を犬死にさせるつもりか? 戦費はどうなる? 私たちが夢見た平和は、静寂な世界はどうなる? だから――私に命じろ。死ね、と。秩序を守るため、悪しき芽を摘むための礎になれと。大丈夫だ、レア殿が棟梁殿を支えてくれる。アリス殿が軍を率いてくれる。ソフィ殿が豊かな未来を共に築いてくれる。私はあとを託すことができる」
「……セイちゃん、わたしたちを馬鹿にしてる?」
ソフィの手が風をきってセイの頬をうち、パン! と高い音が曇天の下に響いた。
「ソフィ殿。私は、正しいことを言っているぞ」
「そうかもね。わたし、そういうのわからないし。だから、正しいとか間違ってるじゃなくて、セイちゃんの言ってることが気に入らない」
「ははっ、そうか。あいかわらず度し難いほどのわからず屋だな。わたしも、ソフィ殿のそういうところが大っ嫌いだ」
「うん、だから夕暮れでもないし、河川敷でもないけど、喧嘩しようよ。セイちゃん」
「勝手ことをぬかすなっ」
慌てて止めに入ろうとしたクロードとレアを突き飛ばし、セイとソフィは殴り合いを始めた。互いの頬をうち、花壇を踏み荒らし、木々の枝を折りながら容赦なく技を極めようとする。
「駄目たぬ。今は喧嘩してる場合じゃないたぬ。たぬにだってわかるたぬ。やめるたぬっ」
大人モードのアリスが必死で二人にしがみつこうとするも、ソフィに足を刈り取られて転び、セイには
「も、もうおこったぬ。本気たぬ。手加減無用たぬ!」
アリスは服を引きちぎり、全長五
「ふしゃあああっ」
「アリスちゃんは黙ってて」
「人の喧嘩に割りこむな」
アリスの突進を前に、ソフィとセイは互いの両手を上下に重ねながら器用に側面に入りこみ、勢いを逸らすようにして二人がかりで投げ飛ばした。
「た、たぬー!?」
「アリス、危ないっ」
彼女が投げられた方向が
「く、クロード。大丈夫たぬ?」
「どいてくれアリス、重い」
「たぬーっ。ひどいたぬ。女の子に絶対言っちゃだめなセリフたぬ。クロードのバカーっ」
黒虎の姿のまま、金色の猫目から涙を流してさめざめと泣くアリスの下から這い出して、クロードはふらふらと喧嘩を続けるソフィとセイに歩み寄った。
そっとレアが進み出たが、クロードは腕を交差して制止した。
「散々カッコワルいところ見せてきたけどさ、やっぱりカッコイイところも見せたいじゃないか」
「領主さま」
そう言ってクロードは、ソフィとセイに割りこんでボコボコに殴られ始めた。
「……レアちゃん、アレってカッコイイたぬ?」
「はい。私には」
「たぬう」
掌を固く結んで目を潤ませるレアを見て、アリスはやってられないとばかり、ぬいぐるみの姿に変化した。ほんの少しだけ同感だったけど、先ほどの重い発言で帳消しにする。
「ぷんすかたぬ」
でも、と、アリスは思った。クロードはどうにかして良い方向にまとめるだろうと。それだけは彼女も信じることが出来た。
ソフィとセイは互いに顔を腫らして息を切らせながらも、クロードによって腕を掴まれて止められた。しかし、二人はなおも口角泡を飛ばして意地を張り合った。
「肉体は朽ち、魂は巡っても、士の心は受け継がれる。いかなる汚名を被ろうと、それによって信じる正義の体現がかなうのならば、私は構わないのだ。ソフィ殿には、どうしてそれがわからないっ……」
「姫将様としては正しいんだろうね。でも、そこにセイちゃんはいるの?」
「私の有無など関係ない。明日百人を殺さぬ為に、今日一人を殺す。それが正しい為政者というものだ!」
そう叫んだセイの唇に、クロードは赤いミミズ腫れやら青痣やらでカラフルに染まった身体から手を伸ばして、指を一本当てた。
「忘れたか、僕は悪徳貴族だ。正しい為政者なんて知ったことか。僕の望む静寂な世界には、セイが必要だ。だいたい、す、大切な女の子を助けようとして何が悪い」
「むきゅう」
セイは茹でたタコのように上気して、腰砕けになってその場にへなへなと崩れ落ちた。
「お前たちは本当に、私を姫将として扱わないのだな」
「友達なら当然でしょう?」
「今更たぬ」
セイは膝に登ってきたアリスを抱きしめ、ソフィのふくよかな胸に埋もれるようにして涙をこぼした。
厚い雲が流れて、再び陽光が踏みしだかれ荒らされた中庭を照らし出す。だが、クロードにとって一番大切な花は、依然輝いていた。彼は抱き合って泣く三人を見てもう大丈夫だと判断し、痛む足に力を込めて立ち上がった。
「領主さま」
「レアは皆を診てくれ。遅れても構わない。僕だけでも会議は十分だ」
「ですが、お怪我が」
クロードは、わざとらしく咳き込み、無駄に決め顔をつくって宣言した。
「傷は男の子の
「……」
見え見えの強がりは、さすがにレアでも庇えないほどにカッコ悪かったが、彼女は指摘しなかった。
「今、時間は黄金よりも貴重だ。誰が黒幕で誰が協力者か知らないが、このツケは高くつくよ」
クロードの瞳が、まるで灼熱の焔のようにギラギラと燃えていたからだ。
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