第383話(5-21)傭兵ドゥーエ

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 クロード達は二人一組、三人一組で班を作り、地下要塞内部へと踏み出した。


「一班は階段を見張っていてくれ。僕とドゥーエさん、そして残りの班は手分けして探索しよう」


 赤い光が照らし出す象牙色の廊下は、いかなる素材で建てられたのか、血管のようにぐねぐねと入り組んで、歩く者の方向感覚を狂わせる。

 そして引き戸で区切られた部屋にも、多くの罠が仕掛けられていた。

 ひとつの班は勇敢にも先行し、会議室らしき広間で机や戸棚を調べ始めたのだが、突如として扉が閉じて天井が落ちてきた。


「こ、こいつは、吊り天井かあっ!?」

「あぶないっ、無理にでもこじ開けるっ」


 捜査員達は力づくで出口を作り、辛くも命拾いした。

 また別の班は、物置らしい区画で壺や箱を一個一個覗き込んでいた。すると、足下に空いた通気口から紫色のガスが噴き出してきたではないか。


「この臭いは、おかしいぞ、早く出ろ!」

「扉が閉ざされてる。通風口っ、アレを先になんとかする」


 彼らは、箱と壺を動かして通風口を塞ぎ、どうにか扉を開く時間を稼ぐことが出来た。


「こんな部屋が、あといくつあるんだ……」

「辺境伯様は御無事だろうか」


  捜査員達はハサネが鍛えただけあって冷静かつ精強だった。けれど、そんな彼らをしてなお調査は遅々として進まなかった。

 その頃、クロードとドゥーエもまた書物庫の扉をくぐろうとしていた。


「辺境伯様、攻撃が来るでゲス」

「うっ、閉じ込められている。結界か!」


 二人が部屋に踏み入れるや否や、本棚から輝く二〇もの魔法陣が浮かび上がり、四方八方から魔法の矢を放ち始めた。


「防御はオレに任せてくだせぇ」

「わかった、強化魔法で支援する」


 クロードとドゥーエは、ほぼほぼ初対面にも関わらず抜群の連携を見せた。


「ドゥーエさん、矢が止まり次第、僕が斬り込むよ」

「そいつは助かる。それまでは一矢だって通しやしませんぜ」


 ドゥーエは、不敵な笑みを浮かべると、左の義腕を振り回した。

 いかなる手品を使ったのか、彼は腕の刃に届いてもいないのに、全方位から迫る数百もの矢を撃ち落としてみせた。

 そうして矢が止まった瞬間、クロードは二刀で見事、全ての魔法陣を切り裂いた。


「助かったよ、ドゥーエさん」

「……此方こそ、随分と強くなったものだ。じゃなかった、お強いでゲスね。探索も手慣れたものじゃないでゲスか」

「地下遺跡にはよく潜るんだ。いい鍛錬になるんだよ」


 クロードは邪竜との再戦に備え、休日の度にダンジョンの探索に赴いていた。

 彼の剣技も魔法も、この世界に来たばかりの頃とは比較にならない程に上達している。


「へえ、意外な趣味でゲスね」

「だから、ドゥーエさんの足手まといにはならないさ。スライムにさえ遭遇しなければ、僕に負けはない」

「すいません。やっぱり初心者さんは後ろに引っ込んで欲しいでゲス」

「なぜに!?」


 一般的なスライムのイメージを考えれば、妥当な評価であった。

 クロードとドゥーエは軽口を叩き合いながらも、一歩一歩奥へと進んでゆく。

 その間、多くの罠に遭遇したものの、ただ一人として敵と交戦することはなかった。


「おかしいな。テロリストの連中、てっきり逃げ出すと思っていたのに。亀のように引っ込んだままだ」

「おおかた待ち伏せをしているか、持ち出すのが困難な宝物を隠しているのか、といったところでしょうよ。おっとアタリのようだ」


 ――『食堂』というプレートが飾られた部屋の中からは、確かに人の気配がした。


「……ドゥーエさん、連中が着ている特殊装甲服パワードスーツには魔法が有効だ。左腕の刃を強化しておくよ。ただの物理攻撃よりは通るはずだ」

「なるほど、道理で切りにくかったはずだ。御支援感謝でゲス」


 クロードとドゥーエは扉を蹴り開けて食堂に入ると、油断なく周囲を見渡した。

 天井にはシャンデリアが飾られ、中央には白いテーブルクロスが敷かれた食台が設置されている。

 また戸棚には酒の入った壺が並び、壁際には色とりどりの観葉植物が置かれていた。

 果たしてテロリスト達はいったい何処に隠れているのか。


「辺境伯様、――〝全部〟だ!」

「わかったっ」


 クロードはすぐさま跳躍し、シャンデリアの上から奇襲をかけてきたフクロウ怪人に挑んだ。

 敵は機械めいた翼を広げ、羽根を模した魔法弾を雨あられと撃ちだしてくる。

 クロードは右手に持った打刀で雷の盾を作って受け止め、同時に左手に握った脇差しで本体へと斬りかかる。


「熱止剣」


 魔術文字を刻み込んでパワードスーツを大破させ、半裸になった敵を燭台もろとも蹴り落とす。

 瀑布ばくふのような轟音を背に、机の下に隠れていたネズミ怪人がスーツから影のような触手を伸ばしてきた。

 クロードは火車切で影を焼き払い、ネズミ男に雷切で切りつけて麻痺させた。


(ドゥーエさんは、どこだ?)


 クロードは、敵と共にドゥーエの気配を探った。最悪の場合、彼が裏切ることを想定していたからだ。けれど。


「カカッ。面白い甲冑だが、オレが側にいる限りやらせねぇよっ」


 ドゥーエはクロードの背を守るように、観葉植物から飛び出したイバラ怪人と、壺から転がり出たコクゾウムシ怪人を相手取っていた。

 彼は、暴風のように叩きつけられるツタを見えない何かで微塵みじん切りにして、装甲の厚いコクゾウムシの足を引いて転倒させる。


(違う。見えたぞっ、あれは糸だ)


 もしも前例がなければ、見抜くことは困難だったろう。

 ドレッドロックスヘアの隻腕傭兵は、義手についた刃だけではなく、裾や靴に隠し持った細い鋼糸を自由自在に操って戦っていた。

 この暗器こそが魔法の矢を裂き、怪人を足止めする秘密兵器だったのだ。

 彼は糸を牽制や防御に用いるだけでなく、時に義手に巻きつけて衝撃を重くし、時には刃に重ねて斬撃を強化している。

 ドゥーエは瞬く間にネオジェネシスを追い詰めて、イバラ怪人の喉首を裂き、コクゾウムシ怪人の腹を貫いた。

 クロードが無力化した二人の捕虜も観念したのか、自らパワードスーツの羽根と影を使って自害した。


「ほほほっ。無駄なのですよ。ネオジェネシスとなった我らは不死身」

「〝雪が降る日〟を楽しみにしていろ、旧人類ども!」


 クロードは凶行を止めること叶わず立ち尽くし、ドゥーエは呆れたように吐き捨てた。


「馬鹿な、ことを……」

「狂信者かよ。どんな毒で頭の中を洗ったんだか」


 ともあれ食堂での戦いは終わった。

 新しい謎を投げかけて。


「ドゥーエさんは強いね。その糸を使った戦い方はどこで学んだんだ?」

「さあて、どこのどいつからだったか。こんなものはただの小細工でゲスよ」


 クロードは、ドゥーエの戦い方に見覚えがあった。

 それは、蜂蜜色の髪をした愛らしい女の子であり、薄桃色かかった金髪の美しい銃使いだ。


(間違いない。イスカちゃんやミズキさんと同じ戦い方じゃないか)

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