第230話(3-15)悪徳貴族とルンダール遺跡探索

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 復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 恵葉の月(六月)二四日。

 ルンダールの港町近郊に隠されていた古代遺跡の探索が始まった。

 入り口付近に契魔研究所のスタッフがキャンプを設営し、クロードと領軍から出向した探索班、そして何代目かの”黄金の翼団”といった名うての冒険者たちが集まって、遺跡の深淵へと挑む。


「このマルク、一兵卒として資源調達に励みます」

「ガブリエラです。きし、じゃなかった冒険者として頑張りますよー」

「ソフィです。治療担当なので、怪我をしたらすぐに来てください。無理せず遺跡を調査しましょう」


 中には一風変わった顔も混じっていたものの、探索自体は順調に進んだ。

 扉の封印を解いて洞窟を下り、地下鉄や地下街に似た人工的な空間へと進んでゆく。

 途中、赤い角が生えた緑色肌の小鬼ゴブリンや、長い耳と曲がった角が目立つ灰色肌の豚鬼オークといった定番のモンスターが襲ってきたものの、熟練の冒険者たちによって退治された。

 マルク・ナンドも剣術に長けているようで、槍を振るうガブリエラと並んで危なげのない戦いを見せていた。

 剣と棍棒がぶつかり、槍と牙が火花を散らし、矢と石が飛び交うダンジョンの広間で不意にじゅるり、と音がした。


「来たか。好敵手!」


 警戒していたクロードは、天井の割れ目から黒い泥に似たスライムが落ちてくるなり、炎を放って八割方焼き払った。


「お見事です。辺境伯様」

「これでトドメですよー」


 マルクも剣と大地系の魔法でスライムに応戦していたが、足止めにしかならなかったようだ。

 動きを封じたところで、ガブリエラが魔術文字を刻み、風の刃でスライムの核を切り裂いた。

 前衛で盾を務めていたのだろう。マルクの鎧は傷つき、マントにもところどころ穴が空いていた。


「スライム。まさか私の剣が効かないとは、見かけ以上の強敵です」

「ああ。くれぐれも気をつけてくれ。こちらに気配を悟らせずに奇襲し、魔法攻撃を超反応で避けて、物理攻撃を反射してくる――そんな恐ろしいスライムだっているんだ」

「おお……。なんて、なんて恐ろしい」


 クロードの忠告にマルクはおののいていたが、隣で聞いているガブリエラは信じられなかった。


「またまた。辺境伯様ったら脅かしちゃって、そんなスライムがいるわけないじゃなですか。ねえソフィさん?」

「あはは。うーん、どこかにいるかもしれないよ」


 クロードは知らないものの、具体的には彼の好敵手たるショーコちゃんである。


「辺境伯様、宝箱があります!」

「モンスターの偽装かも知れない。罠に注意しよう」

「骸骨兵の群れが来ます」

「剣で倒すのは難しい。鈍器と魔法で退治するぞ」

「辺境伯様、白いウサギです。か、可憐だ……」

「待てマルク。首を狩られるぞっ。近づかずに爆薬で追い払うんだ!」


 ミミックを斬り、スケルトンを蹴散らし、ボーパルバニーを特に神聖でもない手りゅう弾でやり過ごし、一行はダンジョンの奥へと進んでいった。

 いくつもの狭い通路をくぐり、再び石畳が敷かれた広間へと出る。

 マルクと肩を並べて初めて気づいたことだが、彼の率直さと熱意は周囲の人々を惹きつけていた。侯爵家の嫡男として期待を寄せられ、自ら応えようと奮起し……おそらくは功を焦っている。


(セイが気に病むわけだ)


 彼女もまた、ただの女の子として凄まじいまでの重圧に苦しんでいた。

 あくまでクロードが聞きだした範囲のことだが、周囲の大人にも恵まれたとはいえないだろう。

 それでも彼女を慮った部下たちや従兄弟に命を救われて、セイはこの世界でようやく少女セイになった。

 そんなセイからすれば、マルクはもどかしいに違いない。


「マルク。君は――」


 その時、遺跡の奥で爆音が響いた。

 離れて調査していた冒険者たちが火だるまになって、広間へと逃げてくる。


「おい大丈夫か。いったい何があった?」

「にげないと。りゅうが……かりゅうがでた」

「!?」


 あくまで資源獲得の手段だったルンダールの遺跡探索が、レーベンヒェルム領の危機へと急転した瞬間だった。

 クロードは応急手当てを終えた冒険者たちを、ソフィと魔術師部隊に預けるなり退避を命じた。


「僕が行く。全員帰還して領軍に報告しろ」

「私もお供します」

「駄目だマルク。ここはもう――」


 死地だと、告げる時間は与えられなかった。

 クロードたちの後方で、石畳の床が轟音と共に吹き飛んだ。

 穴を空けて現れたのは、全長五メルカはあるだろう赤い鱗と翼持つ中型火竜だった。

 火竜は動けない負傷者と、彼らを治療中の術師たちを狙っていた。

 ソフィが魔術文字を綴り、印を結んで対魔法の障壁を展開する。

 クロードが兵士用の剣を変化させて、両手に雷切と火車切を呼び出す。


 その、一呼吸の時間が命取りだった。


 火竜は炎のブレスを吐くのではなく、ナイフよりも鋭い三本の爪が生えた右前肢を横薙ぎに叩きつけようとしたのだから。


「化け物め。このマルク・ナンドの剣を受けよ!」


 マルクの選択は、まったくもって不合理だったとしか言えない。

 魔術で身体能力を上げて、手持ちの剣で袈裟けさがけに斬りつける。

 侯爵家に伝わる業物といえど、マルクの技量では火竜の鱗を貫くことは叶わず、方向を変えた前肢に彼は容易く吹き飛ばされた。


「がああっ、はぐあっ」


 人間ならば、ヤブ蚊にでも刺された気持ちだったのだろうか?

 火竜は負傷者を無視して、砕けた剣を手放して壁に叩きつけられたマルクへを追った。

 そして口腔から炎を吐きながら、左の前肢で動かぬよう抑えつけようとした。


「あ、ああっ、うわあああっ」


 トドメをさすには、炎のブレスすら必要なかったろう。

 熱された火竜の爪はマルクの金属鎧をひしゃげさせていて、巨体の膂力りょりょくは人間一人を押しつぶして余りある。

 だから、マルクは失禁しながら死を覚悟して両の目をつむった。


「ありがとう、マルク。おかげであいつらが死なずにすんだ」


 熱い何かが、マルクの頬や手甲が砕けてむき出しになった腕を濡らす。

 それが他者の血だと気づいたのは、彼が目を見開いてからのことだ。

 灼熱の吐息は、投じられたクロードの二刀によって阻まれていた。

 マルクを狙った左の前肢は隆起した岩の槍に縫い止められて、だがもう一本、右の前肢の爪が鎧を貫き、クロードに突き刺さっていた。


「何をなさっているんです。今英雄たる御身を失えば……」

「僕が英雄なわけないだろう? ちょっと便利な道具に頼って、仲間たちに助けられて、どうにかこうにかやってるすっとこどっこいだよ」


 クロードがまとった鮮血兜鎧ブラッドアーマーは、短時間ならあらゆる物理攻撃を無力化する。ただし魔法や温度変化による攻撃は、軽減するだけだ。

 火竜が苛立たしげに尻尾を振って、新たに現れた邪魔な蝿を叩きつぶさんとした。

 しかし、ソフィが薙刀で両断し、魔術文字を刻んだ石礫いしつぶてを投げて爆発させ、火竜の視界を塞いだ。


「ソフィ、助かる」

「クロードくん、背中は任せて」


 クロードは血を流し、焼け焦げた傷跡から煙をあげながら三本目の刀、八丁念仏団子刺はっちょうねんぶつだんござしを生みだして火竜の喉首を貫いた。

 ブレスを吐こうとした熱が漏れて爆発し、火竜はのたうちながら拘束を壊して左前肢を振り回す。

 けれど、でたらめな攻撃はソフィが投じた魔術符と、変幻自在の槍捌きに阻まれて届くことはない。

 クロードは雷切を投じて火竜の目を潰し、ソフィの薙刀が耳を切り裂いた。

 怒りの咆哮ほうこうが、ダンジョンに木霊する。


「貴方はなにを言っているんです……。英雄じゃないですか」


 自ら血を流し窮地にあってなお、守るべき民の為に戦い続ける。

 そんなクロードやソフィの姿こそ、マルクが憧れて止まないものだった。

 二人は予め未来でも視ているかのように、火竜の攻撃手段を事前に潰し、刃と魔法を叩きつけてゆく。

 しかし、火竜は死なない。喉を裂かれても、胸をえぐられても戦いを続け、刻み込んだはずの傷もまた徐々に埋まってゆく。

 クロードは、このままでは殺しきれないと直感した。


「マルク。以後の指揮を任せる。全員で地上に生還し、セイかハサネに状況を伝えてくれ」


 クロードは跳躍して天井を蹴ると、ありったけの鎖で拘束し魔力を叩きつけて火竜を押した。

 ソフィが後肢を斬りつけて体勢を崩し、縛られた火竜はクロードもろとも自ら空けた穴へと落ちていった。


「ごめんね。わたしにはクロードくんが大切だから」


 そうして、ソフィもクロードを追って穴へと身を投じた。


「……」


 マルク・ナンドは、動けなかった。

 彼は事態についていけなかった。


「わ、私はなんということを。ヴォルノー島の覇者を、マラヤディヴァ国の希望を。私の不甲斐なさが原因で――」


 パニックに陥り、思わず自決用の短刀で喉を突こうとしたところを、ガブリエラに拳でしたたかに殴りつけられた。

 おまけに頭から水をぶっかけられ、蒸留酒を瓶ごと口に注ぎ込まれて、マルクは盛大に咳き込んだ。


「ごほっ、げほっ。な、なにをする」

「マルクくん。貴方こそいったい何をしようとしたんです。理由はわかりませんが、辺境伯様は貴方に指揮を委ねた。ここにいる全員を見殺しにするつもりですか?」


 マルクはガブリエラを、傷ついた冒険者や探索班を、まだ無事な戦友たちの姿を見た。

 どこか足元が不確かなふわふわとした非日常めいた高揚が消えて、息もできないほどの重圧を感じた。


「私はっ、私はぁあっ」

「しっかりなさい。お姉さんもついてます」


 オレンジ色の髪と、同色の瞳の冒険者に抱きかかえられて、マルクはどうにか立ちあがった。

 鼻をくすぐる香水の匂いに、失禁を恥じる気持ちが湧いてきたが、彼は奥歯を噛みしめた。

 今まさに、それ以上の恥を晒そうとしたのだ。たかが失禁程度がどうだというのだ。


「そうだ。味方の士気が下がっている今こそ、私は手本を示さなければならない」


 マルクは壊れた兜を脱いで、水に濡れた駱駝色の髪を後ろで束ねた。

 鎧は半壊、剣も折れた。それでも彼の黒い瞳には、再び意志の光が灯っていた。


「辺境伯様は必ず戻られる。私達も必ず生還しよう。それが我々の戦いである!」

「「おう!」」


 マルク・ナンドとガブリエラは残存部隊をまとめ、地上へ向かった。

 そして、クロードとソフィは――。

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