第229話(3-14)悪徳貴族と若き侯爵

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 マルク・ナンド侯爵率いるナンド領艦隊と救援に向かったヴァリン領艦隊が、ヨハンネス・カルネウス提督が指揮する緋色革命軍マラヤ・エカルラート艦隊と接触、壊滅した。

 幸いサメ――自称イルカ型ゴーレムを駆る謎の民間人の協力で、敵味方を問わず多くの海軍兵が救助されたものの、多大な戦力を失ったことには変わりはない。

 グェンロック方伯領沖海戦の敗北を受けて、レーベンヒェルム領役所会議は、いつものように紛糾ふんきゅうした。

 再建中のレーベンヒェルム領艦隊と、ルクレ領、ソーン領の艦隊が残っているため、かろうじて現制海権を保持できたが、これではメーレンブルク領の援護どころか反攻作戦もおぼつかない。


「今さらナンド侯爵を責めても事態は好転しない。戦は水ものだ。どんな名将とはいえ常勝とはいかん」

「セイ司令が言っても説得力がないんですが……」

「何を言ってるんだ、ヨアヒム。私は先の模擬戦で敗れたばかりじゃないか?」

「四倍の戦力差で圧倒されて、チョーカー隊長が反則ギリギリで勝ちを拾うって。ええ、侯爵の敗北を責める資格はぼくたちにはありません」

「アンセルとコンラード隊も働きが目覚ましかったぞ。胸を張れ」


 現在、レーベンヒェルム領陸軍は開戦当初から従軍していた古参兵の大半が入院し、訓練期間が半年に満たない新兵ばかりで成り立っていた。

 特に課題であった指揮官の不足は甚大であり、イヌヴェ、サムエル、キジーといった大隊長は重なる負傷から治療に専念、小中隊規模を統率する士官や下士官も不在という散々な状況だった。

 セイは、そんな目を覆うばかりの弱卒一〇〇〇人を率いて大同盟の模擬戦に参加したのである。

 模擬戦のルールは、同条件の装備と兵数を揃えてのバトルロワイヤルだった。ただし、アンセルはルクレ領軍に参加、ヨアヒムは実戦指導の為にヴァリン領軍に招かれ、ソーン領軍はチョーカーが、ナンド領軍はマルク侯爵が陣頭に立った。

 他の同盟領が、姫将軍、あるいは飛将軍とおそれるセイとレーベンヒェルム領軍を真っ先に狙ったのは、自明の理と言えるだろう。

 マルク侯爵を先頭にナンド領軍は開始と同時に突撃し、ヨアヒムが助言するヴァリン領軍がこれを支援、更にアンセルを担いだルクレ領軍と、チョーカー率いるソーン領軍が合流した。迎え撃つは弱卒を抱いた手弱女たおやめひとり、のはずが……。

 この窮地きゅうちでレーベンヒェルム領の新兵たちが奮起、セイの采配さいはいに従って蟻も通さぬほどの防備を固めた。

 結果、ペーペーの新兵たちが同盟領の精鋭を相手にちぎっては投げちぎっては投げと無双し、最後の最後でチョーカー隊に敗れるまで戦い続けたのだ。観戦していた同盟領の首脳部は新兵たちの奮闘を大いに称えて拍手喝采はくしゅかっさいした。


「胸を張るも何も……。セイ司令と相対したコンラード主席監察官の気持ちがわかりました。とんでもないタイミングで矢が飛んでくるし、ちょっとでも乱れたら切り崩されるし。あんなのかないっこありませんよ」

「後輩たちにカッコイイところ見せようとしたら完敗って。オレも、セイ司令と戦うのは二度と御免です」

「その、すまない」


 討議の末に参加者一同は先の模擬戦を振り返った上で、マルク・ナンド侯爵への対処をクロードに一任、むしろ丸投げすることを決めた。


「重要なのはむしろこれからどうするかだろ? 足りない艦船はどうするんだ? 買うのか、作るのか?」

「エリック。レーベンヒェルム領にこれ以上割ける予算はないわ。船の調達は同盟領に任せて、うちは彼らに武器を売りましょう。新式火薬砲は役に立ったのでしょう?」

「ブリギッタ嬢。火薬砲の攻撃力は、魔力砲と比較すればまだまだ劣る。だが、駐退復座機ちゅうたいふくざきを装備したことで、速射性能と命中精度が飛躍的に上昇した。武装商船ならば一蹴、おそらく装甲艦を相手取ることも出来るだろう」

「それなら売りこむに充分ね。いよーっし。稼ぐわよっ」


 クロードは、ロロン提督に太鼓判を押されて意気軒昂とするブリギッタを見て、ツッコミを入れずにはいられなかった。


「ブリギッタ。資材はどうするんだ? 鉄道工事と飛行自転車の量産で、今のストックは限界だろう?」


 この世界はクロードたちがいた地球と比較して、鉱物資源や燃料資源が非常に貴重だ。

 マラヤディヴァ国はまだ恵まれている方で、基本は錬金術で石くれを変化させるか、古代遺跡ダンジョンの機械系怪物を鋳潰して利用するかの二択となる。

 領内のダンジョンから採取できる金属資源では、大砲の量産は不可能と言って良かった。


「ほら、辺境伯様が最近見つけたルンダールの遺跡。あれを発掘しましょう!」

「あの遺跡は……」

「シンジロウ・ササクラ氏の遺族からは、許可を取っています。よろしいのでは?」


 ハサネもブリギッタに口添くちぞえし、クロードは目を伏せた。

 レーベンヒェルム領が送った使者がササクラの遺族と面会すると、孫娘だという少女は相続を拒否した。手紙や宝石箱はともかく、他国の遺跡の鍵だの探索権だのは間違っても引き継ぎたくないだろう。それはクロードにもわかる。


「叶うなら、僕が直接会ってから発掘したかった……」

「それはそれで先方も戸惑うのでは?」


 内戦中の他国から、評判のよろしくないトップがお忍びでやってくる。

 常識的に考えて――先方にとってはとんでもない厄ネタだった。


「わかった。はじめて探索する遺跡だ。念のため僕も立ちあうよ。セイは新兵たちの訓練を頼む」

「棟梁殿。お任せあれ!」

「じゃあ、契約神器・魔術道具研究所からも職員を出すね。すぐに鑑定出来た方が便利だし」

「ソフィ。よろしく」


 こうしてルンダールの遺跡探索が決定したのだが、ひょんなところから厄介事が降ってきた。

 父である先代侯爵に統治を任せ、謹慎したマルク・ナンド侯爵がクロードの執務室を訪ねてきたのである。


「クローディアス・レーベンヒェルム殿。私は先の戦いで多くの部下を失いました。彼らの命で私の命を繋いでもらったのです。だから、今度は私の命で、マラヤディヴァ国の命を繋ぎたい。どうか一兵卒として、貴方の元で戦わせてください」


 クロードは胃を抑えた。なぜ厄ネタが真正面から飛び込んでくるのだろう。


「ナンド侯爵。先日も申し上げた通り、僕はただの影武者です。本来ならば、皆を率いるどころではない大罪人だ。そんな僕に」

「関係ありません! クローディアス・レーベンヒェルム殿。貴方が緋色革命軍と戦い、楽園使徒を退け、あの”血の湖ブラッディ・スライム”を打ち倒した。父も、十賢家の誰もが出来なかった。貴方だけが成し遂げた。英雄とは血で決まるものではない。何を成し遂げたかで決まるのです」


 クロードの自己評価は、この世界に来た時とまるで変わらず低かった。

 だから、マルク・ナンド侯爵がなぜ自分をそこまで高く買うのか理解できなかった。

 そんな二人が決裂する前に、ソフィとセイが助け船を出した。


「ナンド侯爵、お久しぶりです。すぐにお茶を用意しますね」

「棟梁殿、こっちへ……」


 セイは若き侯爵のことを知ってから、彼を強く気にかけていた。


「無理を承知で頼む。引き受けてくれないか。マルク侯爵は守りたくて、でも守れなかった頃の私に似ているんだ。私は棟梁殿に出会って救われた。彼にも道を見出して欲しいんだ」

「……遺跡探索に立ちあう一週間。その間なら引き受ける」


 結局、クロードは折れた。

 マルク侯爵を兵士として扱うのではなく、いち冒険者として共に遺跡を探索しよう。

 命の危険はあっても、いい社会勉強になるだろうという目論見だった。

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