第270話(3-55)悪徳貴族と豊穣祭『契魔研究所展示』

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「クロードくん。ひとつ気になる点があるんだ」


 石柱の解説を終えたソフィが、慎重に言葉を選んで付け加えた。


「ほら、アリスちゃんが、アネッテさんやエステルちゃんと各地の伝承を探したでしょう?」

「教育福祉部の出し物だね。面白かったから、ソフィもあとで見るといいよ」

「うん。それでね、わたしも結界装置の候補地を調べるために同行したんだけど、ルクレ領とソーン領で、ちょっと変わったものを見つけたの」


 ヨアヒムが念写真を配る。そこには先ほどの結界出力装置同様に、魔術文字が彫り込まれた星型の石柱が映っていたが、見るも無惨に破壊されていた。


「大学で解析したら、およそ千年前のものだって。でも、効果は違って、特定神器の魔力反応を阻害するための結界を張る仕掛けなんだ」

「ほう。単純に守るのではなく、より踏み込んだ罠――むしろ封印というものか」

「ソフィ。特定の神器というのは?」


 クロードにはもうわかっていた。わかっていてなお、確認せずにはいられなかった。


「ファヴニルだよ」

「っ」


 クロードは奥歯を噛みしめた。

 偶然ではないのだろう。おそらく神剣の勇者たちはファヴニルを封じた後に、保険をかけた。

 邪竜がその性能を万全には発揮できないよう、各地に封印結界を施したのだ。

 しかし、ルクレ領とソーン領の結界は破られ、レーベンヒェルム領の封印もきっともっと昔に壊されている。

 あるいは、封印はヴォルノー島だけに留まらず、マラヤ半島にすら及んでいたのかもしれない。


「ヨアヒム。ヴァリン領とナンド領に報告書を送れ。公爵とマルクには、僕からも伝えておく」

「了解です。もう準備は出来てます」


 ヨアヒムが通信用の水晶玉を懐から出し、部下になにやらと指示を出し始めた。


「棟梁殿。たとえヴァリン領とナンド領の封印が無事でも……」

「わかってる。セイ、それでも連絡は入れておかないと」


 クロードは声を震わせた。

 思い返せば、ファヴニルにとっては緋色革命軍マラヤ・エカルラートの蜂起と戦争さえも、万全の力を取り戻す為の計画の一部だったのだろう。

 神剣の勇者たち、千年前の先達がマラヤディヴァ国に残したファヴニル封じの楔は、すでに崩れたと見ていい。


「千年前の封印か」


 あるいは……と、クロードは思った。

 うろ覚えの奇妙な夢を思い返す。ファヴニルの盟約者である自分が、彼を視点にした兄妹の物語を垣間見たのは、封印が失われたことによる影響だったのかもしれない。


「僕たちはその存在を今まで知らなかった。そして、失われたことを知った今も、やることは変わらない。ただファヴニルを討つだけだ」

「ああ」

「うん」

「おう」


 クロードの言葉に、セイもソフィもヨアヒムも声をあげて賛同した。 

 真に頼るべき絆は、いまここにある。


「そろそろ時間だね。会場へ行こうよ。クロードくん、セイちゃん、こちらをどうぞ」

「ソフィ姐さん、謹製ですぜ、アンケートは是非、契魔研究所へ」


 ソフィに手渡されたものは、ウサギを象ったクッキーだった。

 立ち昇るバターの香りとなめらかな食感、ほのかな甘みにクロードとセイは舌づつみを打った。



 さて、結果から言うと、ショーコが披露した発明、契魔研究所の出し物は大成功に終わった。

 彼女は、デフォルメしたコック帽を被ったピンク色のウサギゴーレムを創り上げたのだ。


「さあさあ、遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ。これこそはウサギちゃん二号。全国の奥様旦那様大喜びの全自動調理ゴーレムです!」

「チョウリシマス!」


 ショーコの宣言に従って、ピンクウサギが皿にのせられた卵にハンカチをかぶせる。すると卵が手品のように消えて、わずかな時間の後に皿に日傘をかけると、なんとアチアチの目玉焼きがのっていた。


「「オオオオオオオオッ!!」」


 観客は大ウケだった。

 さすがに煮込み料理などの調理に時間のかかるものは不可能だったが、ゆで卵やオムレツといった卵料理や、サラダ、青菜炒め、野菜春巻などを、ピンクウサギは次々と手品のような振り付けで作って見せた。

 クロードも両手を叩いて喝采をあげ、ショーコの実験は大反響のうちに幕を閉じた。

 大天幕に移動したショーコは、堂々と胸をはった。


「どうかしら、クロード。私のサプライズ計画、楽しんでくれた?」

「最高だったよ」


 クロードの賞賛は、偽りなき本心だった。


「魔法って、こういうことも出来るんだ。いいや、きっとこれこそが、あるべきやり方なんだろう」

「技術は人を幸せにするためのものよ。ウサギちゃん二号は、大勢のひとの食事を準備できるの。だから、もしも炊き出しの機会があるなら」

「その時には是非に。感謝する」

「チョウリシマス」


 不意にウサギゴーレムがきしみをあげた。


「ショーコ」

「クロード」


 二人は見つめ合う。


「チョウリシマス……。ギ、ギギギギ!」


 クロードとショーコは見つめ合う。恋愛的な意味では勿論ない。

 隣では、ウサギの耳がねじくれたドリルのような角に変化し、穏やかな微笑は般若のごとき相貌となった。

 きしみをあげてパーツが蠢き、どこか脱力感を漂わせるピンクのシルエットは隆々たるエメラルド色の筋肉へと裏返った。


「ショーコ、これはいったいどういうことかな?」


 クロードがこめかみをひくつかせる前で、ショーコは冷や汗を流す。

 ピンクウサギは、エメラルドグリーンの悪魔像へと変身を遂げてしまった。


「暴走しちゃった☆」

「阿呆かあぁああっ!」

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