第271話(3-56)悪徳貴族と豊穣祭『サプライズイベント』

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「これだからぶっつけ本番は危険なんだ」

「な、何度か試運転したけど、これまでは問題なかったの」


 ショーコが作った調理用のウサギ型ゴーレムは暴走して、隆々たる肉体美を誇るエメラルドグリーンの悪魔像へと変わってしまった。


「ギギ。ピピ。ビービービーッ!」


 チョウリシマスと言っているつもりなのか。

 ゴーレムは、言葉の代わりに歯車のきしむ音と謎のビープ音を発して、身の丈ほどもある出刃包丁を手の中に出現させた。


「まずいっ。祭りの最中に暴走なんて、冗談じゃないぞ」


 歯噛みしながらも、クロードは思う。

 調理という言葉を聞くとき、人はいったい何を思い浮かべるだろう?

 まずは包丁で切る――ではないか?

 とはいえ、あんなデカブツでは切られたが最後、人間だって真っ二つだ。


「被害が出る前に、拘束する!」


 クロードは魔術の鎖を創りだし、ゴーレム目がけて射出した。

 悪魔像も黙って見過ごすはずもなく、巨大な体躯を生かして大剣を扇風機のように振り回した。

 頑丈な鎖も耐えきれずに千切れ飛び、天幕の中に運び込まれていたテーブルやイスも、剣圧に巻き込まれて四散する。


「だったら、これでっ」


 クロードはゴーレムの大ぶりな連続攻撃をどうにか避けて、両掌から雷の矢を放った。


「ギギッ!」


 しかし、悪魔像もまたさるものだ。空中に描いた魔法陣から大串を取り出すや、地面に投げつけて迎撃した。

 雷の魔術は、槍のように長い鉄串に吸い込まれ、避雷針の要領で無力化されてしまう。

 串だって、団子を食べたりバーベキューを焼いたりする際に、必要不可欠な調理道具である。


「暴れないで。すぐに修理してあげるから」


 クロードがゴーレムの意識を引きつけている隙に、ショーコもまた、別方向から組みつこうと間合いを詰めていた。


「ビーッ。ビービーッ!」


 魔像はビープ音を高らかに鳴らし、串を投げつけて、包丁を叩きつけた。

 けれど、ショーコに物理攻撃は通じない。

 彼女は投てきされた鉄棒を掴みとって衝撃を地面に逃がし、叩きつけられた大剣のエネルギーをそのままウサギちゃん二号に向かって跳ね返す。


「ギギイイイイ!?」


 練り上げられた体術と魔術による物理反射こそ、ショーコの真骨頂しんこっちょうである。


「ギギギッ、ゴォオオオッ!」


 悪魔像は反射された衝撃が直撃し、上半身を大きくのけぞらせながらたまらぬとばかりに口を開いた。

 しかし、ノコギリの刃を連想させる牙の隙間、喉の奥では燃える炎が明々と灯っていた。


「いけない。ショーコ、伏せろ」


 クロードはとっさに足先で魔術文字を刻み、ショーコと魔像の間に土の壁を作り出した。

 間一髪。ゴーレムが吹き出した灼熱の吐息が、熱風となって土壁と天幕の中を焼き焦がす。


「あちちっ。クロード、助かったわ」

「下がれショーコ。火が相手なら僕がする。鋳造――火車切!」


 クロードは、袖口のボタンを愛用の脇差しへ変化させて、ショーコを庇って割り込んだ。

 悪魔像が再び厚い胸板を膨らませるものの、火車切ならば炎を無力化できるのだ。


「悪いがその手はくわない、ってまさか!?」

「フウウ、クオオオオッ!」


 ゴーレムが吐き出したのは、炎ではなく大量の水蒸気だった。


「なあッ、ゴホッ。ゲホッ」

「こほっ。こふっ」


 湯気を吸い込んでしまったクロードとショーコは、喉を痛めて思わずたたらを踏んだ。

 忘れてはいけない。火で焼いたり煮たり蒸したりして加熱するのもまた、調理の為の大切な手段なのだ。


「こほっ。いけない。クロード、火がテントに燃え移ったわ。一度退きましょう」


 天幕の中はもはやしっちゃかめっちゃかだった。

 あくまで休息所を兼ねた物置であって、ほかに人がいなかったのは幸いだが、すでに布張りの天井と木製の柱には赤い炎がゆらめいていた。


「ソフィ、セイ。緊急事態だ。ゴーレムが暴走した。イベントに偽装して、観客を避難させてくれ」


 クロードはショーコの手を掴み、走りながら連絡用の水晶玉で呼びかけた。


「わかった。みずち、結界を張って消火作業をするよ」

「棟梁殿。いま、そちらへ向かうぞ」

「ビービー! ビビビビーッ!」


 クロードとショーコが飛び出すや、燃え盛る天幕へ向けてソフィが消火用の備蓄水を叩きつけた。

 観光客の目を誤魔化すためか、湯気はカラフルな色に染められて、したたる音はサーカス風の音楽へと変えられている。


「さすがはソフィ、そつがない。それに、あのみずちって杖は何でも出来るんだな」

「感心している場合じゃないでしょう。ウサギちゃん二号が来るわよ」


 いやあれもうウサギじゃないよ。デビルくんとかデモンくんだよと脳裏でツッコミを入れながらも、クロードは火車切を手に身構えた。


「ただいまより、サプライズイベントを開始します。観客の皆様は水の壁より後ろに下がってください」


 ソフィが水の結界を構築して観客の安全を確保し、拡声器でイベントの開始を宣言する。

 ほぼ同時に、カラースモッグの中からエメラルドグリーンの悪魔像が現れた。

 おそらく劇か演目だと受け止められたのだろう。観客は騒いでいるが、いまだ恐怖の色は無いようだ。


「ショーコ、この貸しは高くつくぞ」

「こ、交渉しましょう。話せばわかるわ」

「そうか。無条件降伏でいいのか……」

「ちょっと、高すぎるわよ!」


 民衆の反応はどうあれ、クロードとショーコは互いに軽口を叩きあいながらも、額に冷や汗をかかずにいられなかった。

 ゴーレムは右手にどでかいハンマーを掲げ、左手にギザギザの盾、全身に回転する刃をまとっていたからである。

 しゃもじで叩いてつぶす。おろし金ですりおろす。ミキサーで砕く、それもまた大切な調理法だろう。

 調理とは、食材を加工することで害を無くし、消化吸収を助け、美味しさを引き出す作業であり、人類が有史以来育んできた大切な文化だ。

 だからこそ、忘れてはならないことがひとつある。


「お前。調理器具を、他人に向けるんじゃあない!」

「おしおきタイム!」

「ビーッ。ビビビーッ!」


 クロードとショーコは、ゴーレムを挟み撃ちにしようと、対角線上から8の字を描いて動き出す。

 二人を迎え撃つウサギちゃん二号に、もしも誤算があったとすれば、それは予期せぬ三人目の闖入者ちんにゅうしゃであったろう。


「では、行こうか」


 戦場イベントかいじょうへと踏み込んだセイは、動作の妨げとなる褐色のウイッグを落とし、視界を狭める伊達眼鏡を外した。

 陽光を浴びて、薄墨色の髪が銀色に染まる。白の単衣チュニックと、青の洋袴ズボンを穿いた彼女は、まるで一輪の白百合のように気高く美しかった。

 ウサギちゃん二号が、暴走してなおも両の瞳を釘づけにするほどに。


「一手所望する!」


 セイが進む。おそらく届けられたばかりであろう竹刀を手に、ゴーレムに向かって一直線に。

 竹刀は立てて右手側に寄せ、左足を前に出すことを意識した八相の構えだ。クロードの知る現代剣道では用いられることは少ないが、乱戦に向いたこの構えは、乱世で育だったセイには慣れ親しんだものだった。


「ゴォオオオッ! クォオオッ!」


 セイに気圧されたのか、悪魔像はたて続けに炎と水蒸気のブレスを吐いて、彼女の接近を阻もうとする。


「二度目はないさ」

「させないよ」


 しかし、クロードが火車切で火を巻き取り、ソフィがみずちを用いて湯気を消したため、観客からはゴーレムがカラーミストを吐いたようにしか見えなかった。


「っ!」


 セイは力任せに振るわれたハンマーを横っ飛びで避け、盾の防御をかいくぐり、袈裟がけに悪魔像を打ちすえた。


「ビギャーッ」


 セイの鮮烈な一撃は、竹刀とはいえゴーレムを棒立ちにさせるに充分だった。


「鋳造――雷切」

「非常停止コード、入力」


 その瞬間、クロードは雷切を出現させてウサギちゃん二号に電気ショックを与え、麻痺したところをショーコが停止させた。

 とはいえ、観客からはセイが悪魔像を一撃で倒したようにしか見えなかっただろう。


「うおおおっ、さすがはセイさま!」

「こんなサプライズイベントがあるなんて、ここに来て良かった!」

「契魔研究所、最高!」


 セイは結界が解かれるや、押し寄せる観客たちによってもみくちゃにされてしまった。


「しまった。やってしまったあ!?」


 セイの悲鳴が、クロードと過ごすデートの終わりを告げていた。

 ……このサプライズイベントが幸を奏したか、後日アンケートの集計結果で契魔研究所のお土産クッキーは見事一位を獲得する。

 とはいえ、いくらなんでも反則かつ問題が大き過ぎたということで、賞金は各展示コーナーで山分けとなった。



 さて、ウサギちゃん二号の暴走という特大級のトラブルに見舞われたものの、豊穣祭はつつがなく終わった。

 クロードはホスト役として夜会を無事差配し、セイはソフィやショーコと共に後始末に駆けまわった。

 だから、クロードとセイが再び顔を合わせたのは、深夜○時を回った蒼葉の月(八月)二日のことだった。

 すでに豊穣祭会場での作業は一段落し、クロードは領役所の執務室で残務処理に取り掛かっていた。

 ドアが控えめにコンコンとノックされる。


「棟梁殿、明かりが点いているようだがまだ起きているか?」

「セイか。大丈夫だよ。入ってくれ」


 クロードが招き入れると、セイはお盆に二組の茶碗とスプーンを乗せていた。

 香ばしい匂いが、残業で空いた彼の腹を刺激する。


「ほら、今日はお祭りで、色んなものを御馳走になっただろう。レア殿、アリス殿、ソフィ殿……。だから、私も作ってみようと思ったんだ。薬膳かゆだ。味は保証できないけれど。一緒に食べてくれるか?」

「もちろんだよ、セイ」


 クロードは箪笥から折り畳み式のちゃぶ台を取り出して茶碗をのせて、セイと二人で向き合って座った。


「私のはじめての……料理だ。一緒に食べてくれるのがクロード殿で、嬉しい」

「僕こそ、光栄だ」


 そうして、二人はスプーンを手に薬膳かゆをひと口すすった。


(……これは!?)


 クロードは衝撃を受けた。香ばしい匂いとは裏腹に、生臭い食感と脳天を貫くような違和感と、恍惚こうこつとした脳内麻薬が噴出する。

 それは暴走する衝動であり熱意であり、いかなる形をも持たない無形の雲影であり、虚空の果てで泡立つ幻想であり、螺旋渦巻く究極の混沌であった。


 ぶっちゃけていうと――とてつもなくマズかった。


 クロードはセイに向かって手を伸ばした。セイもまたクロードに向かって手を伸ばした。二人は分かちがたく手を結び、そのまま意識を失った。

 それから三〇分コーツ後、執務室のドアを叩く者が現れた。ショーコである。


「クロード、ごめん。起きてる? 今日は、悪かったわ。反省してる。だから、お詫びってわけじゃないんだけど、特製ドリンクを持ってきたの。美味しいからきっと感動するわよ。ねえ、ちょっと、返事がないけどどうしたの。入るわね?」


 そうして、ショーコがドアを開けると、そこには重なり合うように倒れ、事切れたように見えるクロードとセイの姿があった。


「ウソ……でしょ……」


 ショーコが立ちすくむ間に、階下から上気した声が近づいてきた。


「クロードよぉ、起きてるかあ」

「辺境伯様。こんな日まで残業なんて馬鹿らしいですよ」

「リーダー。皆で茶でも飲んで騒ぎましょうよ。あれ……」


 エリックたちが見たものは、得体の知れない瓶を抱えておろおろするショーコと、倒れ伏したクロードとセイの姿だった。


「まさか、暗殺?」 

「違うわよぉっ!」


 二日未明。レーベンヒェルム領を揺るがせた一大事件は、闇から闇へと葬られた。

 しかし、人の口に戸は立てられないもの。

 豊穣祭の夜、姫将軍が悪徳貴族に献じた料理は、彼を昇天させるほどの美味マズさだっと伝えられ、後世では幻のメニューとして復刻が望まれている。



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復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 蒼葉の月(八月)二日のレーベンヒェルム領


農業      A 水田の導入など、より積極的な振興が進んでいます。


商業      B 富裕層向けの商品開発が賑わっています。


工業      B 同盟領との交流で工業技術が向上しています。


治安      B 緋色革命軍マラヤエカルラートの圧政に耐えかねて逃げ出した流民と、紛れこんだ工作員の流入が問題となっています。 


支持率     F マイナス10%(但し、人民通報による。マイナスは、無理がありませんか?)


          冒険者ギルド瓦版等の調査では、変わらず40%前後を推移しています。


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