第五章 来訪者達の協奏曲(コンチェルト)

第23話 侍女たちの前奏曲(プレリュード)

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 復興暦一一○九年/共和国暦一○○三年 晩樹の月(一二月)八日。夕刻。

 青い空が徐々に茜色に染まる中――。

 メイド服を着た少女、レアはクロードを抱きしめたまま、肩まで伸びた青い髪をなびかせて、舞うようにはたきを繰り出し、襲い来るテロリスト“赤い導家士どうけし”達を地に叩き伏せた。

 先ほど「傷は浅い」と激励したものの、クロードの容体は悪化していた。

 意識が朦朧もうろうとしているのか、目の焦点もあわず、よく見えていないようだ。

 鎧を身に着けていたといえ、ダヴィッドによる殴打の直撃を受けたのだ。

 正常ならば機能するはずの、契約神器の加護や防御術式が欠落したばかりか、反動でショック症状まで引き起こしている。


「ファヴニル。これが、盟約を交わした相手への仕打ちですか」


 おそらくは、ファヴニルから力を引き出そうとした瞬間、強制的に経路パスを絞られたのだろうと、レアは推測した。


(あたたかい、です)


 細い体と、ほんの少しだけついてきた筋肉。

 砕けた鎧越しに、クロードの心音が聞こえてきた。

 失いたくないと、レアは願った。ひきかえに、今まで積み上げてきた全てを、失うことになったとしても――。


「領主様、力をお借りします」


 唇を重ねる。

 ココロを同調する。

 刹那。レアが見たのは、夕暮れの小さな部屋だ。

 様々な機材と、溢れんばかりの書物や小物、衣装が詰め込まれた混沌とした空間で、見たことのない六人の少年少女……。

 否、”面影に見覚えのある”一人の少年と、初めて見る五人の少年少女が楽しそうに騒ぎながら笑っている。

 主観となる視点はクロードだ。

 決して彼や彼女に届かないという諦観と、いつか並びたいという憧憬を抱いて、少し離れて見ている。


(本当に、すっとこどっこいなんですから)


 視点に向けられる柔らかな視線は、とっくにクロードを仲間だと認めているのに。

 そんな幸せな光景を、胸の奥底に刻み込んで、レアは瞳を閉じた。

  

「同調終了。魔力経路の仮接続とエラー修復を確認。オールグリーン。領主様の容体は安定」


 瞳を開き、唇を離す。

 淡い光に包まれて、胸から腹にかけて負った打撲傷の癒えたクロードが、真っ赤な顔で大気に溺れる魚のように、口をパクパクしながら硬直していた。


「領主様。緊急事態につき、人工呼吸に準ずる応急手当を行いました」


 読唇術で読み取るに、心肺蘇生法で大事なのは心臓マッサージの方だ、なんて的の外れたツッコミを入れているようだ。まるで無粋ないつも通りの反応に、もう大丈夫だろうとレアは胸をなでおろす。


(ひょっとして、私と同じ、はじめて、だったのかしら?)


 唇から全身に奔った小さな熱を、レアは、気付かなかったことにした。

 援軍のうち、冒険者と共和国企業連の私兵団を除いた大半、農園で働いていた農民や、町の領民達はまともな武器防具もなく、ただ気合いだけで戦場に出てきている。

 彼らを支援しなければ、多くの命が失われるだろう。


「クローディアス・レーベンヒェルム。人民の敵めっ」

「おのれ、辺境伯。悪徳貴族がっ」


 レアとクロードを包囲した赤い導家士たちは、遠巻きに矢を放ったが、新しく魔術文字を刻んだ、矢よけの加護に弾かれて、二人に届くことはない。


「まだわからないのですか……。今、領民に敵対しているのは、他ならない貴方達だということに」

「我々に従わない人民は人民などではないっ。悪質な反革命分子だ」

「貴方達はそうやって、都合のいい幻想に逃げこむのですね。いいでしょう。私は私の大切な人を守ります」


 レアは複数の魔術文字を綴り、祈るように指を折って、手のひらを重ねた。


「連続鋳造。――”エンチャントアーマー” 重ねて連続鋳造。――”エンチャントウェポン”」


 戦場の一角で、大きなときの声が響き渡った。

 突如として、数十人もの農民たちが一斉に光り輝く鎧をまとい、彼らの手には槍や弩が現れたのだ。

 丸腰の非武装と侮って、罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせながら武器を手に突撃したテロリストたちは、農民たちによって逆に叩きのめされ、ほうほうの態で逃げ出した。

 クロードとレアを包囲する赤い導家士のひとり、幹部級だろう壮年の男が、恐怖に顔をひきつらせながら、焔を灯した杖を手に近づいてきた。


「小娘、い、いま、なにをした!?」


 レアは応えない。ただ、はたきを手に、クロードの前に立ちふさがるだけ。


「あの規模の魔術を、盟約者でもない人間が使えるはずがない。お前はいったい何者だ!?」

「ただのメイドです」

「黙れ魔女っ。そんなメイドが」


 壮年の魔術師は、最後まで言葉を続けることができなかった。

 叫びとともに放った巨大な火球は、クロードが作り出した土の壁に阻まれ、直後に壁の陰から踏みだした彼の拳が、魔術師の腹部にクリーンヒットしたからである。

 吐瀉としゃ物を撒き散らして倒れる魔術師を見捨てて、赤い導家士の構成員たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


「やったぞ、レア。会計先輩直伝、正拳突きだ」


 拳を高々と挙げて、クロードは元気そうに飛び跳ねている。

 どうやら本当に、怪我の心配はいらないようだった。


「領主様、ストレートでは?」


 先ほどの直線的な殴打には、回転がなかった。


「……あっ、あれ? そうだっけ」


――

―――


 間近で見れば命の危機だったが、遠目からはただいちゃついているだけに見えるクロードとレアの姿に、パウル・カーンは戦場で張り詰めていた相好そうごうを崩した。

 特別に親しい使用人なのか、あるいは正式に交際しているのか分からないが、どうやらクロードには想い人がいるらしい。

 ブリギッタとの婚礼を断ったのは、そういう理由かと納得し、パウルは老いた目を細めた。


「辺境伯殿は無事か。……久しいな、ダヴィッド」

「懐かしい顔だな、カーンのおっさん。アンタは味方だと思っていたんだがな」


 かつて、このレーベンヒェルム地方の役所で、出納長を務めたボリス・リードホルムの遺児にして、いまはテロリスト集団”赤い導家士”の構成員に身をやつした青年、ダヴィッドのことをパウルは昔から知っていた。


「私もだよ。ダヴィッド。パトロンが手を回したのだろうが、なぜこのような暴挙に出た? 領主は変わり、領民も変わりつつある。君達の本願は叶った。もはや変革は成立しつつある」


 パウルも所属する、共和国企業連の重鎮のひとり、ヘルムート・バーダーは、マラヤディヴァ国における”赤い導家士”の非合法活動を支える、最大のスポンサーであり、後ろ盾だった。

 領再興を志す、反骨心旺盛な辺境伯を、共和国思想に凝り固まったヘルムートが忌み嫌うのはわかる。しかし、”赤い導家士”側には、農園を焼き、街を荒らす理由などなかったはずなのだ。


「びょうっ! オレ達の思い通りにならないものが、どうして変革なものか!」


 パウルは理解した。理解してしまった。今の辺境伯が、真の意味で改革者であればこそ、改革を騙る”赤い導家士”たちにとって、許されざる天敵となってしまったのだ――と。


「自称とはいえ、革命家が変革を恐れるのかね? で、あれば、君達はただ停滞したまま、乾いてゆくだけだ」

「枯れ果てるのは、おっさんのような年寄りだ。若いおれたちには無限の力と可能性がある!」


 ダヴィッドは吼えるように叫び、逃げ出したテロリストの剣を拾い、力任せに斬りつけてきた。

 パウルは、涼しい顔で腰に差したサーベルを抜き放ち、勢いを逸らして軽く受け流す。


「その力と可能性を、どうして調和と協調に使おうとしない?」

「ほざけっ」


 幾度か剣を交えるも、老練なパウルの剣さばきは、既に契約神器の加護を喪失したダヴィッドを寄せ付けない。

 単純な技量だけなら、クロードと比較するのも馬鹿馬鹿しいほどに巧みだった。

 パウルは、複数のフェイントを交えてダヴィッドの剣を引き寄せ、サーベルで絡め取るようにして、弾き飛ばした。

 しかし、ダヴィッドもまたタックルじみた突進を強行し、パウルの傍をすり抜けていった。


「ブリギッタ、おてんば娘め。いま父が迎えに行く。生きておれよ」


 パウルは、ダヴィッドを追わなかった。

 彼は、”赤い導家士”を討つためではなく、娘を助け出すためにここに来たのだから。


―――

――


 その頃、レーベンヒェルム領の古代遺跡では、黄昏に染まる戦場を、金銀の糸で織られたシャツを着た見目麗しい少年が、上空に飛ばした使い魔の目を通して俯瞰ふかんしていた。


「レア。馬鹿なやつ。本当にあいつを選ぶなんて」


 呆れたように、艶めいた唇を歪ませて嘲笑う。

 少年、ファヴニルにとって、クロードの生死は、究極的には問題なかった。

 ニーダル・ゲレーゲンハイトを討つための準備はすでに整っていて、ペナガラン要塞をはじめ、複数の拠点に罠を張り巡らせ、魔力の外部貯蔵も万全だった。

 たとえクロードが自害しようと殺されようと、決戦に勝利したあとで、ゆっくり新しい盟約者オモチャを探せばいい。


(たとえば、あの赤い髪の女とか、ね)


 ただひとつだけ。ファヴニルは、先ほど見えた景色を無視できなかった。


「あの六人が、クローディアスの宝物で憧れで、劣等感とコンプレックスの原因なのはわかる。……でも、どうして其処に、ニーダル・ゲレーゲンハイトがいるんだ?」


 クロードは、ファヴニルに心を閉ざしているから、たとえ盟約を交わそうとも、深層心理までは見通せなかった。

 レアは、クロードが心を許していたからこそ、あの一瞬だけ覗き込めたのだろう。


 そこには、若き日のニーダルと思しき少年の姿があった。


「どうしようかなあ?」


 レアは、ニーダルに取り憑いた、レプリカ・レヴァティンの危険性を承知している。

 いわば、神器と盟約者を狩るため無差別に吹き飛ばす、導火線に火がついた動く爆弾のようなものだ。

 暴発の危険性がある以上、たとえ昔の友人だと知っても、クロードの傍には招くまい。


 ファヴニルはどうか?

 ニーダルと戦う上で、クローディアスは生きている方が望ましいが、生存は絶対条件ではない。

 知己であったというのなら、娘ともども拘束して、人質として使ってもいい。


 しかし、人質である以上、ニーダルを殺す瞬間まで、生かしておく必要があるのが気にかかる。


 一番厄介なのは、万が一救出されて、連携をとられた場合だ。

 単純な火力だけなら、ニーダルは、ファヴニルに匹敵する破壊力を持っている。

 土壇場におけるクロードの判断力と勇気は、決して馬鹿にできない。

 そして、支援役に娘が入った場合、面倒さは更に倍になる。


「イスカといったか。まさか千年前、ベルゲルミル様のパートナーを務めた方と、互角の狙撃手がいるとはね」


 では、片方を殺すべきか?

 イスカだけ殺した場合、ニーダルがレーベンヒェルム領にやってくるかは未知数となる。

 クロードだけ殺した場合、致命的ではないものの、ファヴニルの力が低下するので旨みもない。

 予定は狂ったものの、赤い導家士を最初に当てて正解だったと、ファヴニルは嘆息した。

 戦力を調査してみれば、クロードもイスカも、ニーダルとは引き離して置くに越したことはない。


「ニーダルは今どこに? ふうん、そう選んだのか」


 ファヴニルがプランを修正しようと悩み始めると、不意に遺跡の中で奇妙な魔力反応を感じた。

 ニーダルを待ち受けるため、大量の罠を仕掛けていたから、誤作動を起こしたのかと疑ったが、それにしては、あまりに規模が大きすぎる。


「あれ? あれれ!?」


 反応を調べるために、ファヴニルが瞬間転移した場所は、はじめてクロードと出会ったフロアにほど近い、遺跡奥の一角だった。


「……し、しにたくないたぬ、しにたくないたぬ……」


 そこにいたのは、人間ではなく、漆黒の毛並みをもった大柄な虎だった。

 頭や胴には無数の傷跡、左足には矢傷を負い、喉奥を切り裂かれて、今にも息絶えそうだ。


「こいつ、異世界から招かれたのか? 先代のクローディアスが作った出来損ないの魔法陣と儀式が、ボクの仕掛けた罠に反応して、予定外の機能を発揮した?」


 とはいえ、召喚されたのは人間ではなく、道具、機械でもない。

 ある意味では、ファヴニルと近しい魔術的な存在で、破壊を目的として生み出されたモンスターのように見えた。


「幸先がいいね。いい贄だ。こいつの魔力を喰らえば、外部貯蔵の魔力量がもう少し増やせそうだ」


 天使のような笑顔で、悪魔のようなドス黒い意思を抱いて、ファヴニルは止めを刺そうと右腕を振り上げた。


「ひとりぼっちで、しぬのはいや、たぬ……」


 まったく聞いたことのない別世界の言語だが、翻訳の魔術は正常に機能して、黒い虎が絞り出した、最期の言葉をファヴニルは理解できた。

 彼は、止めを刺そうとした手を、虎の大きな口腔の中に突っ込んで傷を癒し始めた。


「ヒトならば弄ぼう。でも、ヒトでないのなら、ボクが愛する理由も憎む理由もない、か」


 少なくともニーダルとの決戦に備え、クロードやイスカを牽制する程度の役には立つだろう。


「ねえ、生きたい? だったら、キミの執念を見せてくれ。名も無きかいぶつよ」

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