第77話(2-35)緋色革命軍侵攻

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 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 紅森の月(一〇月)二五日。

 緋色革命軍マラヤ・エカルラートを率いる、『一の革命者』ダヴィッド・リードホルムと、『オッテルの巫女』レベッカ・エングホルム、『革命軍司令官』ゴルト・トイフェルは、マラヤ半島最南端の領都エンガを出立、傭兵を中心とした二万人の軍勢を率いて北上を開始した。

 レベッカは十賢家という大貴族の猜疑心さいぎしんを煽り、ゴルトは戦火に追われた難民をあえて流出させることで、クロードとレーベンヒェルム領を一ヶ月の間足止めすることに成功し、――その間に、旧エングホルム領の組織を掌握したのである。

 これは、会議でクロードに掣肘せいちゅうを加えた、メーレンブルク公爵や、ソーン侯爵、グェンロック方伯にも想定外のことであり、状況を把握した彼らは恐慌状態に陥った。


「頭は革命一本槍、指揮官は外様とざまで、内務を取り仕切るのは年端もいかない小娘。ええ、侮る気持ちもよくわかります。でも、ね。ワタシには『前世の記憶』がありますのよ」


 レベッカは、燃えるような緋色の髪を風になびかせて、馬上でそう嗤うと、首からネックレスのように下げた養父母のしゃれこうべを漆黒の瞳で見つめ、接吻キスした。

 彼女の言う『前世』とは、魔法で覗き見た平行世界の記憶だ。成長したもうひとりのレベッカは、妖艶な美貌を活かしてテロリスト集団”赤い導家士どうけし”の幹部達をたらしこみ、樹立した革命政権の一翼を担っていた。

 洗脳、脅迫、色仕掛け。成長した”もうひとりの自分”の手管を駆使して、レベッカもまた旧エングホルム領の有力者や官僚をとりこにした。

 中でも、もっとも有効だった手段は、ごらくきょうふだろう。


 紅森の月(一〇月)二八日。

 緋色革命軍は、制圧下にあるエングホルム領と、北東のユーツ侯爵領、北西の首都クランを擁するユングヴィ大公領を結ぶ商業都市エルレトに駐屯し、マラヤディヴァ国軍の南下を牽制けんせいした。

 彼らは防衛の準備を整えると、競技場を召し上げて、かつては健康的なスポーツや文化的なコンサートで聴衆を楽しませた場所で、退廃的な娯楽あめ恐怖むちの一大イベントを始めた。

 競技場の中央に追い立てられたのは、捕虜となったエングホルム領の兵士や協力を拒んだ民衆だった。

 彼らはドクター・ビーストが創りあげた焼きごてで肩や胸に刻印を焼き付けられ、魔法の力を封じられていた。

 司会が声も高らかに開会を宣言し、処刑ショーが始まった。無作為に選ばれたクジにより、ある者は首を刃で落とされ、ある者は油をかけられた上で火をつけられ、またある者は獣に四肢を引かれて八つ裂きにされた。

 上階のVIP席では、ダヴィッドたち緋色革命軍の指揮官が捕らえた良家の子女を引きずり出して、陰惨な悲鳴をBGMに酒池肉林の宴に溺れている。


「ああ、なんて心に染みる悲鳴。素晴らしい光景ですわ。そう思いませんか? ゴルト卿」

「おいには、よくわからんよ」


 上気したレベッカ・エングホルムに水を向けられて、牛のように巨大な体躯を誇る浅黒い肌の若者、ゴルト・トイフェルは伸びた芥子色の髪の下、褐色の瞳を歪めて眉間にしわを寄せた。

 ゴルトは思う。きっと聡明なグスタフ・ユングヴィ大公も、偉大な政治家であるマティアス・オクセンシュルナも、このような狂気が行われると想像すらしていなかっただろうと。

 緋色革命軍は、狂っていた。

 狂っていることこそが、彼らの強みだった。

 そして、この目前の惨劇を見ながら、レベッカとのチェスに興じているゴルトもまた、すでに正気とはいえないだろう。


「レベッカよ、これからどうするつもりだ? 海を渡り、ヴォルノー島のレーベンヒェルム領に乗り込んで決戦するという選択もあるが」

「やめておきましょう。彼我の戦力差を考えれば、賭けとなります。マラヤ半島を支配し、ヴォルノー島に橋頭堡きょうとうほを築く。それを決戦の狼煙のろしといたしましょう」


 マラヤディヴァ国の国土は、エングホルム領のある西のマラヤ半島南部と、レーベンヒェルム領がある東のヴォルノー島北部に分かれている。

 まずはユングヴィ大公領、メーレンブルク公爵領、グェンロック方伯領、ユーツ侯爵領、エングホルム侯爵領のあるマラヤ半島を制圧し、その強勢を駆ってヴォルノー島に進軍すべきだというのがレベッカの提案だった。


「それとも、ゴルト。今の状態で勝てますか? あのレーベンヒェルム領の領軍総司令官に?」


 ゴルトは、一〇倍以上の兵力差を覆した薄墨色の髪と葡萄色の瞳を持つ少女を思い返した。


「戦術家としてそれほど差があるとは思わんが、セイという女にはおいにも、そしてレベッカにもないものがある」

「人を狂わせる才能、ですか?」


 お前も大概だろうに? そんな煽りを酒と一緒に飲み込んで、ゴルトは白のポーンを盤上に進ませた。


「そうだ。兵士が戦場に立つ理由なんてひとつだ。明日を生きるため――、傭兵も軍人も変わりなんてない。だがあの娘は、そんな当たり前の前提さえ、塗りつぶしてしまう。この女のためなら死んでも構わないと、部下達を死地に駆り立てる。性質の悪い伝染病みたいなものだ」


 効果の実証されていない新兵器を装備して、自爆前提の拠点に立て籠もって一〇倍の敵を迎え撃つ……冷静に考えれば、そんな作戦に付き合う兵士などいるはずがないのだ。

 にも関わらず、セイという少女に魅了されたオーニータウン守備隊は、まるで怖れを感じていなかった。

 信じられない高い士気で戦って、結果的には、ただの一人も脱落することなくアーカム・トイフェルの集めた傭兵団を壊滅させている。


「運命の歯車がもし噛み違えば、悪質な宗教の教祖にでもなったか、あるいは、おいたちと同じような反乱をやらかしたんじゃないか?」


 ゴルトが進めた白のビショップを、レベッカは黒のクイーンで討ち取った。

 しかし、盤面はゴルトが圧倒的に優勢で、もはやレベッカの自陣にはほとんど駒がない。


「勝利する方策はありますか?」

「強すぎる将は反発や猜疑心を呼ぶ。いかに最強の女王とて、一枚一枚味方を剥ぎ取り、衣すら奪ってしまえばただの女子だ。煮るも焼くも思いのままに……といきたいが」


 複数の駒に囲まれて逃げ場を失い、ついにレベッカが操る黒のクイーンは、生き残った白のポーンによって敢え無く最後を遂げた。

 半ば勝負を制したはずのゴルトは、しかし、膨大な黒色の駒が盤面を埋め尽くす光景を幻視した。それは、オーニータウン攻防戦で、実際に起こった事実だ。

 もしも、叔父のアーカムではなくゴルトが全面的な指揮を取り、戦況を優位に進めたとしても、最後にはあの援軍によって包囲殲滅されただろう。

 つまり、セイという少女は、そこまで打ち合わせた上で囮を引き受け、己が任務を全うした。


「キングが、クローディアス・レーベンヒェルムがいる限り、クイーン、セイには潤沢な補給と兵士が供給されてしまう。忌々しいことですね」

「くさびを打ち込むなら、そこだな。セイを倒すなら、彼女を孤立化させるのが一番手っ取り早い」

「聞けば、彼女、クローディアスの愛人を自称してはばからないとか。恋愛感情を刺激して、ソフィおねえさまあたりと分断しますか。絶望に曇るおねえさまの目が今から楽しみです」


 レベッカは、黒のキングが討ち取られるその時まで、投了をしなかった。彼女の信じる勝負とは、そういうものであったためだ。

 ゴルトが前進させた白のポーンが昇格プロモーションし、クイーンとなって王が落とされてなお、レベッカはあやしげな薄笑いを浮かべていた。


「それにしても、最後に邪魔になるのが、クローディアス・レーベンヒェルムを演じる影武者だなんて。忌々しいこと……」

「最初にファヴニルと盟約を交わしたのは彼だろう。当然のことだろうに、どうかしたのか?」

「いいえ。なんでもありませんわ」


 レベッカは、一週間ほど前、出資金を募り、裏工作を進めるために西部連邦人民共和国に渡った。

 そうして訪れた大陸有数の商業都市シャンファで、仕官先を求めるムラサキという少女と出会い、二人は意気投合して一夜を共にしたのだ。

 少し年上のムラサキという少女は、レベッカに迫る淫猥さと、刮目かつもくに値する知識量、奇妙な迫力をもった傑物で、緋色革命軍に勧誘したものの断られてしまった。

 ファヴニルと盟約を交わした名高い悪徳貴族と戦おうというのだから、尻込みしたとしても無理はないのだが、ムラサキの断った理由がレベッカの心を逆撫でした。


『レベッカ・エングホルム。君は確かに特別な存在のようだ。だからこそ、その愛すべき凡人に敗れるだろう』


 ソフィも、ファヴニルも、ゴルトも、そして出会ったことの無いムラサキさえもが、影武者風情を無駄に高く買っている。


「たまたま見初められただけの玩具、チェスで言えば、ポーン風情にいったい何が出来るというのです?」

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