第41話 お忍び領主とサラリーマン

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 復興暦一一○九年/共和国暦一○○三年 晩樹の月(一二月)一八日午前。

 ガートランド聖王国のウェスタン建設営業部長、エドガー・ヒューストンにとって、マラヤディヴァ国への営業出張は波乱の幕開けだった。

 まず首都クランで受注寸前だった橋梁きょうりょう工事が、土壇場で白紙化された。


「申し訳ありませんが、赤い導家士どうけしによる大規模テロの影響で、来年度の工事予算が降りなくなりました」


 窓口を勤めていたオクセンシュルナ議員の家宰、リヌスはそう言って頭を下げた。


「リヌス殿。御尽力に感謝しやす。次の機会も是非当社をご用命ください」


 議会決議の結果だし、テロによる被害者支援は急務だろう。こればかりは仕方が無い。

 次に、最後まで受注を争っていた、ソーン領の競技場屋根増設工事をナロール国のワイル建設会社に奪われた。


「ざまあないな、王国猿。貴様なんてお呼びじゃないのさ。時代は今、ナロール国だよ。お引き取り願え」

「ちょっと、乱暴な真似はよしなさいってば……」


 ワイル建設会社の社員に半ば蹴りだされるようにして役所を追われ、エドガーが向かい喫茶店のテラスで頭を抱えていると、ナロール国の女優がソーン侯爵の馬車に同乗して出てゆくのが見えた。

 

「これも、結果ですかねェ」


 エドガーは、整髪油を撫でつけた頭をひとつ掻いて、煙草に火をつける。

 薄い紫煙が、青空に吸い込まれるようにたなびいて消えた。

 その後、飛び入りで首都クランにあるいくつかの企業を回ったものの、結果はかんばしくなかった。

 九割九分決まった仕事と見込んで、同行してもらった現場監督や職人達には悪いが、今回の渡航は骨折り損のくたびれもうけで終わりそうだった。

 エドガーは、気分を変えて昼食でも取ろうと、屋台で目玉焼きがのった野菜ピラフ弁当を買ったものの、鞄を覗いてがっくりと気落ちした。


「やれやれ、あたしとしたことが」


 エドガーは無類の梅干好きだったが、今回の出張に限って、持参するのを忘れてしまったのである。


「確か、商店街の百貨店で売られてやしたね」


 赤い導家士のテロを受けた商店街だったが、幸いにも復旧が進み、お目当ての百貨店も無事営業していた。

 が、再開したばかりで王国からの輸入に支障を来しているのか、梅干は最後の一瓶だけが棚に残されていた。


「ふむ、なけなしの運ってやつですかい。と、おや?」

「良かった。ここのところツイてなかったけど、残ってた。あれ?」


 エドガーが隣を振り返ると、わざと寝癖みたいに真ん中でおったてた黒髪に、妙に目立つ肩当てとピンで飾り立てた革シャツ、裂いた綿ズボンという珍妙ないでたちの青年が、同じように手を伸ばしていた。


(どこの貴族のご子息でやすか? 勘違いしたパンクファッションが、驚くほど似合っていない)


 こんなうつけめいた輩には、関わり合いにならない方が良いと、エドガーは手を引っこめて、一礼して店を出た。


「ちょっと、そこのおにいさん、待って! あ、ごめん、レーベンヒェルム領宛でツケといてくれる?」

「あ、貴方様は。は、ひ、ひぃひっ」


 店では、何かもめていたようだが、エドガーは気にせず百貨店から出て――。


「いただきっ!」

「なにしやすっ!?」


 不意のひったくりにあった。

 鞄の持ち手をナイフで切り裂いて奪い逃走したひったくり犯は、あっという間にエドガーを引き離したものの、急に何かに足を取られたかのように転んだ。

 しかも、さっき百貨店ですれ違ったパンク青年が、いつの間にか追いすがり、ひったくり犯が奪ったエドガーの鞄を掴んでいる。


「返せ。この鞄はお前のものじゃない」


 だが、ひったくり犯も負けじとばかりに、青年の胸元を掴んで食いかかった。


「おい、横から口出すんじゃねえぞモヤシ野郎。俺を誰だと思ってやがる。あの赤い導家士の。あ、あん、いいいいいびやぁあっ」


 凄もうとしたひったくり犯だが、突如顔を歪めると、奇声を上げて一目散に逃げ出した。

 まるで凶悪なモンスターにでも遭遇したかのような錯乱ぶりで、街道の一部に湿った水溜まりと異臭が残されていた。


「……いったい、なにがどうなったんでやすかい?」

「さあ? この鞄、貴方の物でしょう。どうぞ。僕はクロードと言います」

「ご丁寧に、あたしはエドガー・ヒューストン。ありがとうございやす。昼食は、もうとられやしたか?」


 鞄を取り返して貰った恩を返そうと、エドガーはクロードと名乗ったパンク青年に弁当を奢り、二人で公園のベンチに座って昼食をとった。

 クロードは、格好こそ奇奇怪怪で明らかに浮いていたが、態度はむしろ大人びて堂々としたものだった。

 エドガーがガートランド聖王国出身だと知ったクロードは、興味津々とばかりに質問を繰り返していたが、やがて心なしか沈んだ声で尋ねた。


「ガートランド聖王国では、今回のテロ事件はどのように報じられているのですか?」

「評判のよくない領主が、危険な思想団体を自領に招き入れたら、武装テロを起こされて危うく革命騒ぎになりかけたって、報道されてやす」

「ああ、うん、こっちでもだいたいそんな感じです」

「顔色が悪いけど大丈夫ですかい?」


 身内に不幸でもあったのか、と、心配したエドガーだったが、クロードは無言で首を横に振るだけだった。


「それにしても、はるばるマラヤディヴァ国に来るなんて、大変なお仕事ですね」

「ハハ。実はですね」


 エドガーが、出会ったばかりの地元の青年に思わず口を滑らせてしまったのは、恩人ゆえに心を開いたからか、それとも受注失敗で気を落としていたからか。

 彼は、近年ガートランド聖王国が長い不況、特に通貨高とデフレーションで苦しんでいて、企業が次々と海外に脱出したり、倒産したりとていることをざっくりと説明した。


「うちらも恥ずかしながら閑古鳥かんこどりでね。どうにか食いつなごうと外へ出ようとしたのですが、バチが当たったのかもしれませんね」

「景気は人間の手に余りますから。でも、政策次第でいつまでも通貨高が続くとは限りませんよ。将来的には国内回帰もありえるんじゃないでしょうか。ところで、どんな会社に勤められているのですか?」

「失敬。ウェスタン建設って言いやす。これでも、王国じゃちっと名の知られた土建屋ですよ」


 直後、クロードが内ポケットからメモ帳を取り出して猛然と繰りはじめた。

 エドガーは、鬼気迫る顔に驚き、まるで肉食獣のような凄みをパンク青年に感じた。

 クロードはメモ帳を閉じると、最後に残した目玉焼きを飲み込んで、いかにもな営業スマイルで笑いかけた。


「エドガーさん、実は、僕、知りあいに貴族がいるんです。それも今すぐ工事をやりたいって人が」

「なんだって。そ、それは本当でやすか?」

「はい。一緒に来てくれますか?」


 ――勿論、と答えて、エドガーがクロードの手を取った時、周囲の景色が一瞬で変わった。

 頭上の青空は変わらない。しかし、堀と柵に囲まれたどこかの要塞の中に転移していたのだ。


「へ?」


 先ほどまで一緒に弁当を食べていた青年が、瞬間移動すら可能な高位魔術師であったことにエドガーは衝撃を隠せなかった。

 状況は更に加速する。リヌスと似た執事服を着た赤いおかっぱ髪の少女が、親しげにクロードに声をかけてきた。


「クロード様、遅かったね。梅干はちゃんと買えた?」

「うん。ソフィ、最後の一瓶をこの人に譲ってもらったんだ。客人のエドガー・ヒューストンさんだ。応接室に案内してもらえる?」


 エドガーを紹介された、赤い髪のおかっぱ髪の少女は、口を右手で押さえて目をまんまるに見開いていた。


「クロードくんっ、な、なんて格好してるの? レアちゃんが見たら気絶しちゃうよっ」

「あははっ。ちょ、似合わなすぎ。ひょっとして、変装のつもり?」 


 少し離れた場所で、何かの作業員らしい人足を指揮していた、結わえた山吹色の長い髪と白い作業服が目立つ上流階級らしい雰囲気の娘が、呆れたような笑いをあげて近づいてきた。


「ソフィもブリギッタも、失礼な。これは由緒ある……」

「どんな由緒があっても、アンタが着たら山賊そのいちなの。早く着替える!」

「なんでだぁっ」


 クロードはブリギッタに連れて行かれてしまい、エドガーもまた「普段はああじゃないんです。もうちょっとマシな格好なんです」と恐縮するソフィによって古い応接室に案内された。

 そして、事態はまさに風雲急を告げる。先ほどのパンク青年、クロードが、髪を整えて貴族の盛装に身を包んで現れたからである。


「改めてこんにちは。エドガー殿。辺境伯、クローディアス・レーベンヒェルムと申します」

「!!??」


――

―――


「うつけのボンボンかと思いきや、規格外の大うつけでやした」


 後に出版した回顧録かいころくで、エドガー・ヒューストンは、このように記している。

 エドガー自身は、高報酬で金払いこそ良かったものの、無理無茶無謀な工期で発注を繰り返すクローディアス・レーベンヒェルムを油断のならない顧客と見ていたらしい。

 とは言え、個人としては好い印象を持っていたらしく……。


「悪徳貴族? 三年で領を立て直した男をどうしてそう呼べますかい。クローディアス・レーベンヒェルムは、うつけですが、稀に見る傑物でやした」


 とも、回顧録に書いている。

 うつけと呼んだのは、出会った当初、辺境伯が身につけていた衣装があまりに不似合いであったことや。


「トンネル工事だな。魔法で山を掘り抜くなら任せろー」

「崩落しやすよっ。すわっててくだせぇ」


 以上のような、笑えないやりとりが、いくつかの工事において交わされたことを踏まえてのことだろう。


 ウェスタン建設は、技術指導料込みといえ、レーベンヒェルム領の工事でかなりの報酬を得て業績を向上させた。

 レーベンヒェルム領も、共同企業体、あるいは下請けとして技術を吸収し、やがてはマラヤディヴァ国有数の技術力を誇る数社の企業を得ることとなる。

 もっとも、ウェスタン建設とは得意分野を異にして、マラヤディヴァ国伝統のデザインに回帰、最新技術との融合を図るコンセプトへと移行した。

 その結果、王国流の建設技術とは住み分けることが出来たのだが、これはクローディアス・レーベンヒェルムの意向が強く働いたものだという。


「恩人の真似をした挙句に、同じパイを争うなんて、愚かなことだろう?」


 そう言い残したとも伝えられるが、明確な一次資料は残っていない。

 余談ではあるが、同時期にソーン侯爵家が受注し、ナロール国のワイル建設が施工した競技場の屋根は、完成後わずか一年で崩壊するという無惨な結末に終わっている。


 クローディアス・レーベンヒェルムとエドガー・ヒューストンの逸話は、おしのび服がまったく似合っていなかったことから、マラヤディヴァ国内では評判が良くなかった。

 一方、王国では、近年珍しいサクセスストーリーであったこと、またクローディアス・レーベンヒェルムが後のダヴィッドの乱を鎮圧してマラヤディヴァ国を守った由縁により善人として受け止められ、意外な人気を博した。


 旅中でたまたま出会った領主とサラリーマンが、荒れ果てた領地を再興する痛快娯楽劇として各種メディアで取り上げられたのである。


 数年後、二人の濃密な絡みを描いた同人誌が世にでた時、偶然入手したニーダル・ゲレーゲンハイトは、笑いすぎて呼吸困難に陥ったという。

 また五十年後に、クローディアス・レーベンヒェルム影武者説を採用した映画が製作された際は、よりにもよって女性領主と外国人の秘めたる恋なんてラブストーリーになっていた。

 映画を見たアリス・ヤツフサは「クロちゃん演じた子可愛い過ぎ。次は是非アリス役をお願いしたいたぬ」と大絶賛し、エドガーの孫は「営業だったはずの祖父ちゃんがチャンバラ企業戦士になっていた」と腰を抜かしていたらしい。

 事実はともかくとして、遠い王国の地で、クローディアス・レーベンヒェルムの名前は、一風変わった形で愛されて、今も残っている。

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