第349話(4-77)第六位級契約神器ルーンホイッスル

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 ミーナは目をこぼれ落ちそうな程に広げて、チョーカーの真意を問いただした。


「アンドルー、さよならって、どういうことですのっ?」


 チョーカーは、ミーナの唇を閉ざすように自らの唇を重ねた。

 彼は赤面する少女の髪をすき、うっすらと唾液をひいた口に笛をつけて吹き鳴らす。

 第六位級契約神器ルーンホイッスルが輝き、心と体を惑わす音色が、嵐のように戦場に鳴り響いた。世界を書き換える魔法の力がここに顕現けんげんされる。


「術式――〝人形使役〟――起動!」


 その瞬間、戦場で斧や槌を振り上げていたクレイゴーレムが一斉に動きを止めて、大同盟の兵士達を守るべく凶器を緋色革命軍へ向けた。


「やはりな。理性の鎧パワードスーツを機能させるため、土塊人形を人間に誤認させるような仕掛けを組んだのだろう。だったら、小生の神器が覿面てきめんにささる。意志のない操り人形を操ることなど容易いことよ」


 チョーカーは、自分たちの間近まで迫っていたゴーレムの一体に、茫然自失ぼうぜんじしつとなったミーナを託した。


「人形よ、ミーナ殿を守れ。頼んだぞ」

「アンドルー、何を言ってますの。また勝手に暴走して。冗談でしょう。離しなさい、この、この!」


 ミーナは我に返って暴れ始めたが、土塊人形が身につけたアリ型装甲服のパワーは、羊人サテュロスの少女さえも押さえ込んだ。


「全隊員は、これより艦隊まで前進。奴らの相手は、このアンドルー・チョーカーとクレイゴーレムが引き受けた!」


 『楽園使徒アパスル』との戦い以来、激戦を潜り抜けてきたルクレ領とソーン領の兵士達の反応は早かった。

 彼らはアンドルー・チョーカーという男を信じた。大同盟盟主クローディアスと共に、数々の困難を乗り越えてきた自らの隊長の命に殉じた。

 チョーカー隊の兵士達は、クレイゴーレムという肉盾を失って混乱する緋色革命軍北部隊を貫いて、まるで海を割るようにまっすぐに戦場を切り開いた。

 ただひとり、最後尾を守っていたコンラード・リングバリだけが、決死の覚悟を決めた同僚の元へと駆けつけた。


「チョーカー、後は私が引き受ける。お前は辺境伯様の元へ急ぐと良い」

「いいや、リングバリ。この人形を操れることが出来るのは小生だけだ。指揮権を全て渡す。ミーナ殿と兵士達を、コトリアソビの元まで連れて行ってくれ。そして、伝えろ。――絶対に勝て。と」

「……お前も追いつくんだろうな?」

「当然だ。小生を誰だと思っている? マラヤディヴァ国最強にして最高の軍略家だ」


 断言するアンドルー・チョーカーを翻意させるすべは、コンラード・リングバリには無かった。


「男同士の約束だ、生きて戻ってこい。手段は問わん!」

「いいから行け!」


 チョーカーは尻を蹴飛ばすようにして同僚を追い出し、自身を中心に円を描くようにアリ型装甲服を着た人形を配置した。数は三〇〇程度だが、

 愛する少女の、ミーナの悲痛な叫びが耳朶じだを打つ。それでも、彼には残る理由があった。


(大同盟の不利は止められん。誰だって、苦しむ同胞がいたら救いたい。その想いで戦線を広げ過ぎた)


 緋色革命軍の総指揮官ゴルト・トイフェルが動き出した時点で、向こうは勝ちを計算している。

 だから、チョーカーは崩すと決めた。この一手が、敵の計略を突き崩す蟻の一穴となると信じて。


(小生も、かつてコトリアソビに勝つ方策を考えた。一番確実なのは選択肢を奪うことだ。あいつは手札を組み合わせて戦術を編み上げるから、手札が無い状況ならば勝機はある)


 故に、チョーカーが狙ったのは、孤立した状況を創り出した上での暗殺で――。

 ゴルト達が仕掛けたのが、クロードをヴォルノー島からマラヤ半島に引きずり出した上でのベナクレー丘での抹殺だ。

 今回も似たような策謀を考えているに違いないと、チョーカーは目星をつけた。

 熊に乗った大男は、辛子色の髪を風で揺らしながら豪胆な笑みを浮かべ、泰然自若たいぜんじじゃくとばかりに距離を詰めてくる。


「ゴルト、残念だったな。小生へ真っ先に声を掛けたのは、我がルーンホイッスルの力を怖れたからだろう。だが、見くびられたものだ。将軍の位だって? 小生を籠絡したければ、色っぽいネーチャンでも連れてこい」

「いいや、おいは本気で誘ったとも。なにぶん、こちらも人手不足でね。チョーカー、降伏は恥ではないぞ」

「お断りだ、戦争狂。小生はコトリアソビに恩がある。なにより、色男である小生は優雅に華麗に生きるのだ。ここでお前を討って、汗臭い軍隊生活ともおさらばだ」


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