第342話(4-70)無双の剣と鉄壁の鎧
342
復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 紅森の月(一〇月)一二日昼。
クロード達大同盟軍五〇〇人と
大同盟艦隊は、緋色革命軍を艦隊射撃で海岸から山際へと押しやり、予め兵を伏せていた山麓から奇襲をかけたのだ。
クロードと共にメーレンブルク領に上陸したチョーカー隊とリングバリ隊は、混乱した革命軍にライフル銃による十字砲火を浴びせ、戦況を優位に進めていた。
しかし、アンドルー・チョーカー率いる部隊は、国主グスタフ・ユングヴィが付近の砦にいる事を知って、功を焦ったか銃撃を止めて突撃してしまう。
クロードもまた彼らを止めるべく山を飛び出そうとしたが、青髪の侍女レアが彼の手を引き、カワウソのテルも鼻を鳴らして前足を緋色革命軍に向けた。
「お待ちください。領主さま」
「マア、待テ、クロオド。あの隊長モ、考えなしに飛び出したワケじゃなイ」
チョーカー隊が抜剣突撃をしかけたタイミングとほぼ同時に、緋色革命軍の兵士達が灰色の仮面を被った。
彼らの全身を魔術文字が覆い、仮面は短い触角の生えたドクロのようなヘルメットへと変わり、灰色の軍服もまた節とくびれの目立つメタリックな装甲に変化して、アリじみた装甲服が完成した。
「これこそ異界の技術を極めた、我らが切り札たる
装甲服を貴金属でごてごてと飾り付けた、敵軍の隊長らしい壮年の男がふんぞり返って笑いをあげた。
なるほどリングバリ隊の銃撃は、奇怪な装甲服に弾かれて、もはや傷一つつけることが叶わなくなった。
「我々は常に進化し、進歩を続けているのだ。貴様達のような地を這う虫ケラが、高貴にして先進たる革命軍に歯向かおうなど笑止千万。絶対たる上下の格差、この世の理を知るがいい」
優位を確信した革命軍兵士達だったが、そこにアンドルー・チョーカーが先頭に立った部隊が、剣や槍に炎や雷といった魔法を宿して切り込んだ。
「それは結構。ならば小生が教えてやろう。至高の軍略とは、高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処することに他ならん」
チョーカー隊が繰り出す魔力を付与された剣や槍による集中攻撃は、銃撃を含む物理攻撃に絶大な防御力を誇る異界のパワードスーツを、あたかも障子紙のように切り裂いた。
「こ、これはいったいどういうことだ。虫けらの攻撃がなぜ届く?」
「進化? 進歩? ただひとつの御託にこだわって硬直した時代遅れが、革新を騙るなんぞヘソで茶がわくわあ」
「ば、馬鹿なああっ」
緋色革命軍が誇るパワードスーツは、異世界からの転移者にして比類無き天才ドクター・ビーストが試作し、自らが用いるに能わずと放棄したものだ。
それをダヴィッド・リードホルムが量産して、自派閥の部下達に与えた。鉄壁の物理防御力を誇るが故に、使いどころさえ誤らなければ強力な兵器だが、この世界の法則から外れた兵器故に魔法に弱い。つまり、用い方を間違ってしまえばどうしようもない。
「あいつ、こうなるって読んでいたのか」
「チョーカー隊長は、領主さまと一緒にアネッテ様とエステル様を救い出した方です。こと少人数の部隊を率いた時の強さは、同盟軍でも屈指のものです」
「フッ、慢心していナイ時のヤツは、そうそう負けン」
「ええっと、もし大軍を率いたり、あいつが慢心したら?」
クロードの問いかけに、レアとテルはそっぽを向いた。
チョーカーの強みは、咄嗟の判断力と臨機応変な用兵にこそある。
大軍を率いることで柔軟な指揮が執れなくなったり、本人が天狗になって大雑把に力攻めをしたりすれば、彼の持ち味は完全に死んでしまう。
(ある意味、緋色革命軍のパワードスーツに似てるのか)
逆に考えるならば、使いどころさえ正しければ、無双の攻撃力を発揮するのがチョーカーだ。
緋色革命軍は魔法の盾や障壁を生み出して対抗しようとしたが、そこにリングバリ隊からの青く輝く矢が降り注いだ。矢を受けた兵士達は氷漬けになって、次々と物言わぬ彫像となっていった。
「魔術文字を綴り、呪文を詠唱しようとすれば無防備になるのは、当然のことだろう。チョーカー隊がわざわざ囮役を買って出てくれたのだ。ルクレ領の底力を見せてやろう。終わったら宴会だ」
「うおおおっ、リングバリ隊長の鍋が食えるぞ!」
「我らが勝利の美酒のため、礎となれよ緋色革命軍」
魔術詠唱で隙をさらした魔道士隊や、チョーカー隊に蹴散らされた歩兵隊は、リングバリ隊にとって格好の獲物だった。
そもそもコンラード・リングバリという男は、古くは身勝手なルクレ領の貴族達に苛まれ、次にマクシミリアンら横暴な緋色革命軍の尻拭いに奔走しと、恵まれない友軍に合わせて戦い続けた歴戦の将である。
多少とんがってはいるが、合理的に動くチョーカー隊に合わせて作戦行動を取るなど、彼にとっては朝飯前だ。
「料理とは全体の調和を以て完成する。チョーカー隊の突飛さは、言わば我らを引き立てる香辛料だ」
「リングバリ隊め、勝手なことを言う。小生達こそメインディッシュだぞ」
二人の隊長は、仲が良いのか悪いのか。
十字砲火から挟み撃ちに変化したものの、チョーカー隊とリングバリ隊は緋色革命軍を容赦なくすり潰していった。
「もういい、契約神器を出せ! 国主さえ殺せば我らの勝ちだ。劣等たる平民如きが、我ら高貴にして時代の最先端たる革命軍に逆らった罰を与えてやる」
すり減らされた革命軍の中心で第五位級の契約神器だろうか、背に針山を背負った亀のような異形の巨人が立ち上がった。巨人の手足には貴族の家紋らしい文様が描かれていた。
「領主さま」
「うん、行こう。レア」
事前の調査で掴んでいたが、少なくない貴族が緋色革命軍に寝返っていたようだ。
ユーツ領で戦ったマルグリット・シェルクヴィスト男爵や、神官騎士オットー・アルテアンのようにやむを得ず所属しているという可能性も、彼ら自身の言動が否定していた。
「チョーカー隊長、リングバリ隊長。神器の相手は僕がする」
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