第341話(4-69)大同盟首魁と悪友

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 緋色革命軍は、艦砲射撃を受けて散り散りになり、東の山際へと迂回して部隊を立て直し始めた。


「馬鹿め。今更遅いわ。国主の首をとれば我々の勝利だ」

「革命万歳! 略奪の時間だぁっ」


 革命軍兵士達は、一応の統率者であったダヴィッド・リードホルムを失った直後にもかかわらずメッキがはげ、ただの賊徒である本性を隠せなくなっていた。もはや指揮系統も定かでなく、軍服すらまちまちで、その行動にはまったく品がない。

 彼らは確かな展望も未来絵図もなく、ただ見つけた価値ある存在を食い尽くす、そんな刹那的な欲望だけで結びついていた。


「乱世といえ酷いもんだ。平和な時代でも、国や国民の為に何ができるかを考えるんじゃなくて、火をつけようと騒ぎ立てるか、議会を延々サボるかの二択なんていう政治集団が実在するけどね。……緋色革命軍、それでも一国を奪おうとした政治組織のつもりかい? もう末期だぜ」


 クロードは上陸して山際に隠れて聞き耳をたてていたが、緋色革命軍の間に飛び交う叫びを聞いて、侍女のレアと協力して銅鑼どらを鳴らし、狼煙のろしをあげた。

 同じように木々の茂みに潜んでいた、アンドルー・チョーカー率いるソーン領の兵士と、コンラード・リングバリが指揮するルクレ領の兵士達が、集合中の無防備な敵陣にありったけの銃弾を浴びせかける。


「な、チョーカー。セイの言った通りだったろ。艦隊を見せれば、海岸沿いを避けて山へ来るって」

「ぐぬぬ。そ、そうではあるが。たまには小生にも大軍を任せろというのだ」


 通信用の水晶球に映るカマキリめいた印象の青年指揮官は、銃隊に的確な指示を与えながらも、顔を紅潮させていかにも悔しそうだった。

 先日の会戦で、ダヴィッド・リードホルムを葬ったレーベンヒェルム領と、ヨハンネス艦隊を押し留めたナンド領の功績はずば抜けて高かった。

 こと戦に関しては領民からも不安視されていたマルク・ナンドも、今回の活躍で不死鳥ふしちょう侯爵と讃えられ、おおいに評価を改めることになった。

 クロードに関してはなにをいわんや、だ。兵士達の中では『クローディアス・レーベンヒェルム』を褒める声はただの一つも無かったものの、『クロード・コトリアソビ』については、司令官であったセイもかすむほどの快哉の声があがっていた。

 大同盟の士気は最高潮に燃え上がったまま、ユングヴィ領首都クランの解放に着手した。そこで、主力として選ばれだのはヴァリン領、ユーツ領だった。


「コトリアソビよ、政治配慮にも程があるだろうが! 戦後の中心になるヴァリン領に手柄を立てさせ、難しい立場にいるユーツ領に花をもたせる。それはわかる。わかるが、首都の攻略だぞ。なぜ大同盟最強の指揮官たる小生を作戦から外したのだあ!」

「うーん、最強は言い過ぎじゃないかなあ。そりゃあ頼りにしてるよ、だからこうやって一緒にメーレンブルク領を助けに来たわけだし」


 アンドルー・チョーカーという男は、元緋色革命軍の降将ながら、挙げた戦果だけを見れば総司令官であるセイに次いだ。

 彼はクロードと共に魔術塔に囚われた侯爵令嬢を奪還し、占領されたルクレ領とソーン領を解放し、敵地深くにあるユーツ領に拠点を築くという、絢爛けんらんな功績を立てていた。

 敵として緋色革命軍に所属していた時でさえ、一度は間接的に、もう一度は直接クロードをあわやという所まで追い込んでいる。ただし――。


(だって、チョーカーはやらかすじゃないか)


 同時に、アンドルー・チョーカーはたいがいな問題行動で知られていた。

 彼は、緋色革命軍時代、警備隊長にもかかわらず奴隷オークションに参加してユーツ侯爵家の後継者ローズマリーを落札しようとしたり、大同盟の指揮官になってからもルンダール行きの旅行で女子風呂を覗いて事態を混迷させたり、豊穣祭で酔い潰れて醜態をさらしたりと、一歩間違えればクビになりかねない所行を何度もやらかしている。


(万が一にも首都解放戦でやらかされたら、目もあてられないよ)


 というわけで、クロードはチョーカーを伴い、模擬戦で相性が良かったコンラード・リングバリを指揮官に抜擢、ルクレ領・ソーン領の兵士達を連れてメーレンブルク領の救援を買って出た。しかしながら、どうやらとんでもない戦場に割り込んだようだ。


「それに、アタリを引いたみたいだ。敵軍の通信を傍受したんだけど、どうやらあの砦には国主様がいるらしい」


 クロードの言葉に、チョーカーは目を見開いて沈黙した。一瞬遅れて彼の唇が笑みを形作る。


「やる気が湧いてキター! 野郎ども、いくぞぉ!」

「ま、待てチョーカー。馬鹿野郎、なにやってんだーっ」

 

 クロードの制止も聞かず、チョーカー隊は山麓の木々を抜けて敵軍へと突撃した。

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