第252話(3-37)悪徳貴族と神焉戦争(ラグナロク)Ⅰ

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 千年前の世界大戦で、第一位級契約神器ガングニールを手に、巨人族を導いた若き指導者ヴァール・ドナク。

 彼女の前に立ちはだかったのが、避難先のガートランド聖王国出身の幼馴染みだと聞いたクロードは、重苦しい気分で口を開いた。


「それは、ヴァールさんが幼馴染みたちに機密情報を流してしまった、ということか?」

「いいヤ。ソッチは、あまり問題視されなかっタ。オレ達巨人族は敗者ダ。国を滅ぼされタ時に軍事情報なんテ全部敵国に渡っている」


 テルは、データが格納された宝石を爪でパチパチと叩いた。

 水晶玉から出力された画像は特に画質が悪かったが、光輪を連想させる美しい翼が空を舞っていた。


「あのジャーナリスト、よく撮っタと思うゼ。コレがいわゆる秘伝の魔術なんだガ、象徴的な意味がほとんどだっタ。言っちまえバ、ヴァール様でもなけりゃ使いこなせない、拡張性が高いだけのハリボテだ。いくらあの方が優れた指導者でも、子供の頃に不十分な設備で作っタ神器や、伝えタ知識がどれだけの脅威になるヨ? 問題ないト、そう長老たちハ判断したのサ」


 なるほど、と、クロードは納得した。


「つまり、ヴァールさんが、伝えた相手が悪かったと?」

「ソウ、なるんだナア」


 テルによると、アザード、フローラ、ルドゥインの幼馴染み三人は、聖王国が侵略された初期の戦いで名を挙げて、最新鋭だった航空巡洋艦の乗組員になったという。


「聖王国は専守防衛を掲げてナ、ロクな遠征戦力も持っていなかっタ。それでも、世界情勢が混沌としていたカラ、海外有事の際に同胞を救出できる艦が必要ダって次善の策セカンドプランとして建造しタらしい。で、進水式からほどなくして神焉戦争ラグナロクが起こっテ、最前線で戦い続けタ。王国には他に艦隊司令部を担える船がなかっタっていうんダカラ、驚きだよナ」


 テルはおかしそうに笑ったが、クロードは苦虫を噛み潰したような仏頂面になった。

 いまレーベンヒェルム領が、否、大同盟が保有する艦船で、艦隊旗艦としての役目を果たせるのは、ボルガ湾海戦で分捕った龍王丸だけだ。 

 テルの口ぶりから察するに、巨人族は千年前の戦いで、相当な戦力をかき集めていたようだ。


「デ、その艦ハ、王国を守るために複数の国々と戦っテ、攻め込んできた当代最強の一角ト呼ばれた超ド級航空戦艦スキーズブラズニルをも撃沈しタ。いくつもの会戦を越えて、艦のベテラン船員は軒並み戦死、神器のコアも破壊されて入れ替えたんダと。旧スキーズブラズニルを沈めて、名前を継いだのは……あの方が創られた契約神器だっタ。盟約者のアザード・ノアもまた若輩ながら、艦長代理に就任シタ」


 テルは、わずかに背中を震わせて言葉を続けた。


「でも最初の肩書きハ、艦長代理心得見習戦時特別待遇だっタらしいぞ」

「長いよっ!」


 ガートランド聖王国は、どういった意図でそんな肩書きを用意したのか。


「マ、コッチの調査じゃ王国の軍上層部は、アザードを、いいやアノ船を露骨に疎んじていたゼ。フローラとルドゥインを加えた三人が、ヴァール様の幼馴染みで巨人族の技術ヲ使っていルこともバレていたからナ。旗艦に代用できる船を鹵獲ろかくした後は、いつ裏切っテモいいように捨て駒扱いダッタ。その癖、名前だけは売れてイタから、学徒動員兵だけ補充して陽動おとりに使われたのサ。ジャーナリストの話じゃ、司令官のエレキウス・ガートランドだけが連中に味方して、補給を用立てテいタらしいゼ」


 エレキウス・ガートランド。

 いまの世界にも伝わる、ガートランド聖王国中興の祖である。

 といっても、マラヤディヴァ国にいるクロードには詳しい事績はわからず、ヴァリン領の大学では出所不明な伝説が山ほど出てきただけだった。


「じゃあテル、スキーズブラズニルの活躍は誇張されただけで、そんなに強くはなかったのか?」

「それがナア。あの船が囮として激戦地に放りこまれるダロ? 各国の名将や猛将が沈めにかかるダロ? それを全部返り討ちにするワケよ? 周辺諸国で、あの部隊についた仇名は死神部隊とか厄病神部隊だッタゼ」


 クロードは、セイの横顔を思い浮かべた。なんとなく彼らの強さがイメージできた。


「そういうわけデ、スキーズブラズニルは聖王国近海で暴れまくっていたんだが、遠く離れた戦場にいたオレたちにとってハ、別段関係なかっタ。オレたちが喧嘩を売った神族の国と聖王国は同盟関係ダったから即時開戦したんダが、さっきも言っタように、当時の聖王国には遠征戦力がなかッタ。自国の防衛と、同盟国への支援で手一杯デ、巨人族としても脅威の優先順位が低かったンだ」


 テルの言葉に、ひょっとしたらとクロードは思った。

 ヴァールは、そのように巨人族を説き伏せたのかもしれない。

 幼馴染みの故国を、自らの手で焼かないために。


「あと、ナ。同じ被差別民族だったせいか、それともお国柄か、交渉は出来たんだヨ。民間人は巻き込まないようにしよウ、とか、お互いの捕虜を交換しよウ、とかナ。条約は無視するのが当たり前、合意は覆すのが当たり前って国もあル。あの末期的な情勢じゃア、会話が通じるってだけでもマシだっタ」


 クロードとしても理解できる。生き馬の目を抜くような騙し合いが常の外交とはいえ、常に裏切りしか考えないような勢力と付き合うのは、ひどく疲れる。


「ダカラ、オレたちは甘く見ていたんだろうナ。数え切れない国が滅んデ、残っタ国が両手で数えるくらいに減っタ時、オレたち巨人族は聖王国に協力をもちかけタ。ヴァール様の導きで、戦争で亡くなった人々も生き返らせようって。エレキウスは、会談の席でこう答えたヨ」


 クロードは、ごくりと生唾を飲んだ。


「我々は、この戦争で愛する家族や戦友を、多くの隣人と同胞を失った。貴方がたは、このうえ彼や彼女の死まで奪う気か。――ってナ」

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