第286話(4-15)悪徳貴族と月下の決意

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 月明かりの下で船に揺られながら、ラーシュは血がにじむほどに手を強く握り、赤い血のような言葉を吐きだした。


「バーツさんの遺体には、緋色革命軍が使う焼印の痕がありました。でも、ルンドクヴィスト家もシェルクヴィスト家も、納得しなかった。ユーホルト伯爵だって諦めろと言いました。オレは、マル姉を討つしかないんでしょうか?」

「……」


 クロードは、似たような状況を知っていた。

 男装先輩の母親が暴走して、演劇部が崩壊の間際まで追い詰められた時のことだ。

 合理的な解決方法は明らかだった。

 それでも、それでも、間違えてはいけないことがある。


「ラーシュくん、キミが守りたいのは何だ? マルグリットさんか、それともルンドクヴィスト家か?」

「……え、選べません。マル姉は誰よりも大切な存在です! でも、生き残ったルンドクヴィスト家の戦友たちだって、オレにとってかけがえのない家族みたいなものなんです」

「だったら、もう答えは出ているじゃないか」


 クロードは、月明かりの下でにやりと笑った。


「両方を守れ。緋色革命軍をユーツ領から叩きだして、すべての真相を明らかにしろ。ルンドクヴィスト家とシェルクヴィスト家を和解させろ。大丈夫だ――」


 俺がなんとかする。と、部長は言った。

 クロードには、同じことは出来ない。

 でも!


「ここには僕がいる。アリスがいる。ローズマリーさんがいて、ヨアヒムが、チョーカー隊長が、ミーナさんが、ミズキちゃんが、解放軍の仲間たちがいる。ラーシュくんだけでも、僕だけでも無理でも、皆と一緒ならやれる」

「辺境伯様っ……」


 ラーシュは声を出さずに、しかし瞳から涙を溢れさせて泣いた。

 おそらく、彼はやっと年相応の顔を出せたのだ。


「たぁぬっ。クロード大好き!」

「あらあら。うん、クロードに言われずともやるつもりだったけど。ユーツ領をなめられちゃ困るわ。恋人の一組や二組、幸せに出来ずに何が次期領主ですか」

「オレっちも手伝うっすよ。正直、国だの領だのを救うより、そっちの方がわかりやすくて好みっす」


 アリスがクロードにじゃれつき、ローズマリーが片目を閉じて微笑み、ヨアヒムが親指をあげる。


「え、小生はバカップルを手伝うとかヤダ。うそ嘘っ! 小生こそは愛の為に戦う男、だからミーナ殿はつねるのをやめて、ミズキは銃を降ろせ。痛いし怖いっ」

「つーん」

「あのさあ、もう撃っといた方がいいんじゃないかって」

「よくなーい!」


 チョーカーとミーナとミズキは相変わらずだったが、間違いなく協力してくれるだろう。

 ラーシュは船内の馬鹿騒ぎを聞きながら、涙を拳で拭いて微笑んだ。 


「はいっ。お願いします」


 クロードたちはその夜の内に、ヘルバル砦近郊に上陸。山に潜んで陣を張った。

 明けて、復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 涼風の月(九月)一九日の朝。

 幸か不幸か、この日は天候が悪く、雨がしとしとと降っていた。

 クロードたちは、簡単な食事を終えてヘルバル砦攻略のために陣を補強したり、罠を準備したりしていた。そこへ偵察に出たミズキ隊が、とんでもない情報を持ちかえった。


「ヘルバル砦だけどさ、反乱の見せしめに処刑するって、親衛隊が朝早くから近くの町や村で人々を砦の中へ引っ立ててる」

「連中は阿呆か。守りも固めずにかっ!?」


 クロードは朝から地図を片手に、いかに砦から敵部隊を引き剥がすかと頭を悩ませていた。

 しかし、偵察隊が持ち帰った情報は意外なものだった。倒木に腰かけたまま唖然あぜんとするクロードを、ミズキが補足した。


「んん。どうも昨日の関所での勝敗が、砦には伝わってないみたい。もしかしたら通信貝とか、連絡用の魔術道具がないんじゃないの?」


 彼女の推測はもっともだった。

 魔術道具は、強力な付与魔術師や魔道鍛冶師が長期間の儀式を経て製作するか、遺跡からの発掘品に頼るしかない。そのため貴重で、どうしても絶対数が少なくなる。

 古代遺跡と冒険者に恵まれたレーベンヒェルム領でさえ、隊長級に支給するのが精一杯なのだ。


「有り得るな。緋色革命軍の主力は北上しているから、魔術道具をメーレンブルク領討伐に集めたのかもしれない」

「リーダー、これまで落とした高山都市アクリアや収容所の装備を見ましたが、親衛隊は装甲車や強化服、魔術杖みたいな直接戦闘に使う武器ばかりを重視して、補給物資や通信機材、修理備品がおざなりのようっす」


 例外は、マルグリットが指揮していたオトライド川関所だけである。


「ふはは。正面装備ばかりを重視して、後方装備をおろそかにするとは、緋色革命軍など恐るるに足らず。しょせんはメッキよ、小生が真の強さというものを見せてくれるわ」


 チョーカーが木に足をかけて偉そうに胸を張るも、彼の手をミーナが必死で引っぱって止めた。

 これまで彼が参加した作戦の準備をしてきたのは、クロードやヨアヒム、ミズキだったからである。


「そこの馬鹿隊長は放っといて、どうするのさ。クロード、まさか指を咥えて見ているんじゃないだろう」

「当然だとも。そうだな、鋳造――っと」


 クロードは足元の落ち葉を一枚拾い、親衛隊が着る灰色の軍服へと変化させた。


「マクシミリアンを筆頭に、これまで僕らは緋色革命軍に内側へ入り込まれて、めちゃくちゃにされてきた。だったら意趣返ししたって、罰はあたらないさ」


 ユーツ領の崩壊だけでなく偽姫将軍の乱など、散々に手を焼かされた。

 だが、こういった欺瞞作戦ぎまんさくせんは、トロイの木馬が伝承されるよりも昔、それこそ人類が戦を始めた頃からあったのだ。


「わあ、悪いこと考えてる。アンタってば、本当に悪徳貴族さねえ」

「ほっとけ、ヨアヒム。皆を集めてくれ。ヘルバル砦、今日の内に落とす」


 クロードが立ち上がり、ぬいぐるみ姿のアリスがぴょんと頭の上に飛び乗る。

 まったくもってしまらない格好だったが、こうしてヘルバル砦攻略戦は始まった。

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