第127話(2-81)鉄道敷設計画の進捗

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 クロードは、先月末にレーベンヒェルム領の鉄道敷設計画を認可したのち、ブリギッタ・カーンに交渉を委任した。

 マラヤディヴァ国には、北方のスコータイ国と南の都市国家シングを結ぶ鉄道路線があり、マラヤ鉄道公社という政府直轄企業が運営していた。しかし、首都クランが緋色革命軍によって占拠されていて、力を借りることは出来なかった。

 やむを得ず海外に入札を呼び掛けたところ、ガートランド王国、西部連邦人民共和国、ナロール国の鉄道会社と建設会社が名乗りをあげた。

 クロードが、流入する避難民の雇用確保、資本投資による経済振興、有事における兵力の迅速な展開、といった目的達成のために、ブリギッタに提示した必須条件は以下の三つだ。


「ブリギッタ。交渉先には――、

 ひとつ、地元の人員を雇うこと。

 ふたつ、建材を可能な限りレーベンヒェルム領、ヴァリン領から調達すること。

 みっつ、一年半の工期で完成させること。

 ――を、約束してもらいたい」

「辺境伯様。企業連うちとしても、一番目と二番目の条件は大歓迎よ。でも、三番目の工期一年半はいくらなんでも無理でしょう? 駅を作って鉄道で結んで橋をかけて、超タイトなスケジュールじゃない?」

「ファヴニルの脅威がある。工事は戦火で中断するかもしれないし、天災で延期したり、地盤の沈下や川の増水で足止めされたりするかもしれない。だから急ぐんだ」

「わかったわよ。やればいいんでしょう。やってやるわよ!」


 かくして交渉が開始され、まずナロール国が脱落した。

 ブリギッタが資料を検討したところ、首都クランで二つの塔が連なる一つの高層建築を王国とナロール国の業者が一塔ずつ受け持った際に、ナロール国側の塔が傾いて修正するという信じがたい前歴があった。

 他にも他国で橋を落とす、高炉を吹き飛ばす、ダムを決壊させると、ずさんな工事が目白押しであり、まるで信用に値しなかったからである。


「辺境伯様、ナロール国は断るわ。技術力では王国に及ばず、安さでは共和国に及ばない。彼らは自分たちをサンドイッチに例えていたけれど、傷んだ具なんてあたしはいらない」

「帯に短し、たすきに長し、と。わかった、王国と共和国を相手に交渉を進めてくれ」


 ナロール国は、経済大国を自称していたものの、鉄道工事だけでなく、産業自体が王国や共和国とまるかぶりする、あるいは真似たものだった。

 技術力で王国に劣り、安さで共和国に劣るという窮状は、以後も変化することはなく、ナロール国はゆっくりと、しかし確実に景況が悪化してゆくことになる。

 ともあれ受注競争は、ナロール国の脱落によって、王国と共和国の一騎討ちとなった。しかし、ブリギッタの父は共和国系帰化人である”楽人”の名士であり、また共和国企業連の頭目であったため、影響力は計り知れなかった。

 共和国が優位のまま、もはや勝負は決したか、と思われたが。


「辺境伯様、共和国から見積もりが届いたわ」

「安いじゃないか。これで決まり、って、なんだこれ!?」

「レーベンヒェルム領がコンサルタント会社を作って、王国と共同で事前調査して設計図を組むの。情報を全部抜いた上で、王国との交渉を断り、西部連邦人民共和国の”安い労働力と建材で作れば”安価で完成するわ」

「なるほど完璧な作戦だ。ゲスすぎて言葉もない点に目をつぶれば……。いちおう確認するけど、こっちの出した条件は?」

「共和国は、かけらも呑む気がないわよ。最初からこちらを小国と見下してるんだもの」

「わかった。そんな連中と組むわけにはいかない」


 ハサネ公安情報部長が独自に調査したところ、西部連邦人民共和国は、国外で安価に工事を請け負い、半ばまで完成させた後に代金を釣り上げるという詐欺行為を世界各地で働いていた。

 跳ね上がった代金を払えなかった海外の工事は、王国が尻拭いして完成させ、あるいは放置されて無残な骸をさらしているのだという。

 共和国の傲慢で悪質な営業手法は続き、数年後には近隣諸国に敬遠されて、イシディア法王国等でいくつかの大規模プロジェクトを逸注いっちゅうすることになる。


「あとは王国だけど、見積もりが高すぎて無理よ。戦費がかさんでいる今、債権の発行もままならないし、なによりも決済用の外貨が足りない。計画の凍結を進言するわ」


 国際取引や為替取引には、十分な信用があり、額面価額とおりの価値を広く認められた国際決済通貨ハードカレンシーが必要となる。

 この世界の場合、絶対的な経済強国であるアメリアの通貨を筆頭に、妖精大陸連合の通貨、そしてガートランド聖王国の通貨などが続く。

 西部連邦人民共和国は威勢こそ良いものの、その通貨は国際市場において流動性がほとんどなく、他国の通貨と自由に交換できないため、事実上紙切れほどの価値しかなかった。

 そしてレーベンヒェルム領が保有する財産は、いくばくかの決済用預金を除けば、マラヤディヴァ国および西部連邦人民共和国の通貨が大半であり、鉄道敷設プロジェクトを実行するだけの外貨はさすがに保有していなかったのである。


「いっそ物々交換でもお願いしようか。武器を鹵獲ろかくしたところで、たいした儲けにならないし、工事の代金に引き取ってもらえないかな?」

「世界各地でテロリスト相手にドンパチやってるアメリアじゃあるまいし、そこそこ平和な王国が買うわけないでしょう。夢みたいなこと言ってないで現実を直視して。…あら?」

「どうしたんだ、ブリギッタ。おや、待てよ」


 クロードとブリギッタは、同時にはたと気がついた。


「「武器庫のこやしになってる契約神器!」」

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