第98話(2-52)巡洋艦奪取(アボルダージュ)作戦
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復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 木枯の月(一一月)一〇日黎明。
ルクレ領艦隊旗艦、巡洋艦”海将丸”に隠れ潜む共和国の監察官、薄桃色がかった金髪の少女は、緋色革命軍司令官ゴルト・トイフェルの危惧をまるで本気にしていなかった。
ルクレ領艦隊は奇襲を受けたものの、見張りが即時報告を上げて、上陸していた船員たちが即座に船に乗り込んで応戦の準備を整え、見事な単縦陣を敷くことができた。
一方の、レーベンヒェルム領艦隊は単横陣でゆるやかに前進してくるものの、船は小さかったりボロかったりと、いかにも泥縄で準備した間にあわせといった仕様で、隊列も微妙に不揃いかつ隙間が空いていて、練度の不足を伺わせた。
そもそも船自体が違うのだ。ルクレ領艦隊は、旗艦”海将丸”と護衛の駆逐艦という二隻の軍艦に加え、戦闘艇も武装商船も、大型弓や固定魔杖といった立派な艤装を施され、ケタ違いの威容を誇っていた。
「ゴルトの兄貴は、ドクター・ビーストの焼き鏝を使って聞き出した火薬式の大砲とやらを警戒していたけど、とても巡洋艦の装甲を撃ちぬける水準じゃないって話じゃないか。これは決まりだね。今なら浴室も無人だろうし、シャワーでも浴びてこようっか」
気配消失の魔法をかけて、
とうとう恐怖に耐え切れなくなったか、レーベンヒェルム領艦隊は大型の商船二隻を艦隊から切り離して、ルクレ領艦隊に向けて先行させた。
「ちょっと、指揮官まで無能なの? 切り札の船を盾に使ってどうしょうってのさ。すぐにやられちまって、あとは雑魚ばかりじゃん!」
少女の予想した通り、大型商船二隻はルクレ領艦隊の砲火を浴びて、たちまちのうちに大破炎上し、――爆発した。
「!!??」
距離はまだ空いていた。大量の火薬を無人の船内いっぱいに詰め込んで、魔法で指向性を制御しつつ爆破したのだろう。爆風と衝撃波に煽られたルクレ領艦隊は、魔法障壁を全力展開し、かろうじて転覆を免れたものの、大きく隊列を崩した。
桃色髪の少女は、レーベンヒェルム領艦隊の中心、本当の旗艦らしき商船の甲板に立つ、薄墨色の髪をひとつにくくった敵指揮官を人間離れした視力で視認した。
夜が明け、日の出の光を浴びて、彼女の髪が銀色に輝く。
「撃て!」
湾一帯に響き渡った、レーベンヒェルム領軍司令セイの号令が、海戦の流れを決定づけた。
彼らが保有するレ式
少女がゴルトから事前に聞いていた通り、なるほど長射程ではあるものの、威力は必ずしも突出しているとは言えなかった。
しかし、先ほどの爆風を防ぐため消耗したルクレ領艦隊は防御障壁を維持できず、蜂の巣となって一隻また一隻と沈められてゆく。
少女はようやく理解する。レーベンヒェルム領艦隊の隊列が微妙に不揃いだったのは、大砲の射程距離に差があることを加味して、わざと空けていたのだと。
「やられた。兵器の性能差だけが勝敗を決めるわけじゃない。軍制が古いって、こういうことか、ゴルトの兄貴……」
桃色髪の少女が見ている前で、巡洋艦”海将丸”の搭乗員も、僚艦の船員もバラバラな行動を取り始めた。個人が勝手に動いているわけではなく、所属する集団や血族に従って、全体の和を逸脱するからより性質が悪い。
ルクレ領艦隊の船も、乗員たちも、誰もがトビアス・ルクレ侯爵に忠誠を誓っていたわけではなかった。侯爵自身は、領民全員の畏怖と崇敬を集める独裁者になりたいと常々願っていたが、大豪族や騎士団、有力商家の総意を反映する代表調停者という立場が現実だった。
ゆえにこそ、マラヤディヴァ国十賢家では開明派にも旧弊派にも属せず、ルクレ領は日和見の中立派に甘んじた。トビアス・ルクレは誤った野心をこじらせ、売国行為に及んでも自らの地盤を作ろうと躍起になった。そんな彼を、家臣や領民たちはどう見ていただろうか?
勝ち戦のうちは良い。勝っている間は、不都合な現実を無視しても、果実を得られるのだから。しかし、負け始めた途端に、甘い汁を吸うことだけを目的とした烏合の衆は四分五裂を繰り返す。
「あっちのレーベンヒェルム領艦隊は、なに、あの高すぎる士気と一糸みだれぬ行動は? きたえられたアイドルオタクかっての!?」
少女の指摘は、いくぶん
セイという司令官がもつカリスマと才能に寄りかかっていたものの、領兵たちは所属する家や集団、出身の利害にとらわれることなく、ただレーベンヒェルム領を守るために一丸となって戦っていた。
「他の船に比べて、”海将丸”への攻撃が甘いね。砲撃がきかないので諦めたのかな? そんなはずない。イスカの話じゃ、クローディアス・レーベンヒェルムは、あのニーダルさんの友達だ。しかもおにいちゃんおにいちゃんって、イスカの慕いっぷりから見てかなりの変人に違いないんだ。……まさか!?」
クロードが聞けば抗議必須の思い込みから飛躍して、桃色髪の少女は、ほぼ正確にセイの作戦を把握した。
少女がマストを飛び降り船倉に駆け込むと同時に、トビアス・ルクレ侯爵は、手に持った魔符で巡洋艦の前方魔力障壁を
しかし、時すでに遅い。ダウ船やボートで接舷したレーベンヒェルム領の兵士たちは、鉤付き縄や
ルクレ領兵士たちは、足並みを乱したまま槍や弩で応戦するものの、レーベンヒェルム領の艦船からライフル銃の援護射撃を浴びてバタバタと倒れてゆく。
少女がありったけのマスケット銃を背負い、侵入してきた兵士たちを無力化しながら甲板に戻った頃には、すでに相当数が艦内部に入りこんでいた。
「やられた。連中、最初からこの船を分捕るのが目的だったんだ。動きが止まった? もう機関室を押さえられたのか!」
旗艦はすでに掌握され、トビアス・ルクレもまたセイによって太刀を突き付けられ、降伏を迫られている。
桃色髪の少女はマスケット銃を構え、目の端で別の階段から上ってきた侍女を見つけた。青い髪、赤い瞳、戦場のど真ん中だというのにエプロンドレス姿。妹分から話に聞いたレアという侍女に間違いないだろう。
「ちょっと様子を見させてもらおうかな」
少女が、マスケット銃をセイの眉間に向けて視線を固定すると、レアがはたきを投げつけてきた。その一投で射線は封じられ、歪んだ銃身を補正しながら撃ちこんだ弾丸は、見事はたきに防がれた。
「あたしは特務部隊”殺戮人形”のロットナンバー
そして彼女は、堂々と名乗りをあげた。
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