第149話(2-103)悪徳貴族と彼女の切り札

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「たぁぬぬうっ♪」


 アリスはミーナにじゃれついて、哀れにも失神させてしまった。

 その後も、クロードが刀身に電撃をまとわせて麻痺させ、アリスが肉球でパンチし、セイが手足を射ぬいて、ミーナ隊の兵士が壊滅するまで3分とかからなかった。


「ミーナ嬢!? 全員抜剣。くそっ。わけのわからぬおもちゃなどに頼ったのが間違いだった。これより接近して悪徳貴族の首を取り、友軍を救出する。魔術師は支援せよ」


 チョーカーは、銃撃戦ではらちがあかぬと即座に作戦を切り替えた。

 その決断力は、彼のある意味で非凡な才能を裏付けていたのだが、今回ばかりは相手が悪かった。


「いかせないよ」


 彼らの進路には、仁王立ちしたソフィが、刃だけでも1mはあろう長大な薙刀を手に立ちはだかっていた。

 あるいは、それこそマスケット銃を手にしていれば違っていたかもしれない。

 しかし、狭い森中の戦闘を見越して丈の短い剣しかもたなかったチョーカー隊の兵士たちは、彼女の踊るような槍捌きとリーチによって足止めされてしまう。


「まだだっ。魔法班、撃てい」

「悪いがそれも、予測済みだ。火車切かしゃぎりっ」


 クロードの左手の脇差しから焔がほとばしり、森から射出された氷の槍や風の刃を焼き払った。

 そのまま、彼はソフィやアリスと肩を並べて一人倒し二人倒し、ついにはチョーカー隊長ひとりになった。


「降伏しろ。アンドルー・チョーカー」

「冗談ではない。ミーナ嬢はな、この小生に頼んだのだよ。助けてくれ――と。ゴルト・トイフェルには路傍ろぼうの石がごとく扱われ、レベッカ・エングホルムにも見限られたこの小生に! ダヴィッド・リードホルムにも正義はないだろう。しかしお前のような鬼畜外道のロリコンに、ミーナ嬢を、エステル姫を、このマラヤディヴァ国を好きにはさせん。我が剣にて未来をひらく。とおうりゃああっ」


 アンドルー・チョーカーの大上段からの切りおろしは、特別に優れた速さや技があったわけではなかった。

 それでも、クロードは迷いのない剣筋だと、そう感じた。しかし。


「ひとつ言っておく。僕はロリコンじゃない。あとお前のような色惚けに鬼畜とか言われたくないっ」

「ぎゃふん」


 クロードは、雷切を一閃させてチョーカー隊長を気絶させた。


「レア、無事か。え――」


 彼が後方を振り向いた瞬間、耳をつんざく轟音が周囲一帯を震撼しんかんさせた。


 

 レアが投じたはたきを触媒に生み出した防御障壁は、クロードたちが走り出すと同時に砕けて散った。

 マスケット銃は射程に劣り、命中精度も低い。しかし、威力だけならば、人間ひとりを殺めるに十分すぎる。

 当たらないはずのマスケット銃を百発百中で当て、兵士たちが装弾する銃を次々と手にして放つミズキの存在は脅威以外の何物でもなかった。


「鋳造――楠木之垣盾くすのきのかきだて


 レアが大きく腕を横に振り、彼女の足元を光の帯が覆う。

 作りだされたものは、連結可能な一枚盾を千に連ねた即席の城壁だ。


「これは、時代に抗ったせんしの誇り、其の象徴。破れると思わないでください」

「戦士の誇り、其の象徴? こいつは傑作だ。そんな時代は終わる。他ならない貴方たちの大将が、クロードさんが終わらせる。泡のように幻のように!」


 ミズキの槍のような指摘が、レアの耳朶じだに突き刺さった。

 彼女は知っている。クロードが歩んできた道が、そういうものであることを。

 天下無双の英雄ではなく、絶対無比の邪竜ではなく、人々が集い力を合わせて苦難を乗り越える道を彼は示した。

 今は小さな芽生えに過ぎなくとも、志は受け継がれるだろう。やがて大樹となり花を咲かせるかはわからない。しかし、レーベンヒェルム領を氷漬けにしていた停滞は、彼によって解き放たれた。


「たとえ今という時間が夢のように消えるとしても、私はあのひとを信じて寄り添うだけ……」

「は、あのひと、ねえ。それって本当にクロードさんのこと?」

「え?」


 レアは、先ほどミズキが告げた言葉を思い出した。

 だから、ここであたしも見極める――だ。

 彼女が見極めようとしているのは、ひょっとしてクロードではなく、レアだったのか。


「レアさん。あたしはあんたが信用できない。探した、探った、あらゆる記録を追っかけた。ソフィちゃんの裏はすぐ取れたし、アリスちゃんとセイちゃんは妹のイスカが異界からの転移を確認してる。無いんだよ、レーベンヒェルム領以外に、あんたがいた痕跡が。それだけの魔術を行使して、一流の仕事をこなすあんたの記録がどこにもない。こんな馬鹿なことがあるもんか! あんたはたぶん毒虫だ。あの邪竜ファヴニルが仕込んだ獅子身中しししんちゅうむし埋伏まいふくの毒だ」


 蝶が羽ばたくように、ミズキの袖口から鋼糸があふれ出た。マスケット銃が糸にからめとられて中空を舞い、魔術によって固定される。百の銃で千の盾を穿つことこそ、彼女の狙いだ。


「クロードさんの恨みや憎しみはあたしが背負ってやる。だから、あんたはここで往生しなっ」


 銃声が爆発した。

 垣盾は、えぐられて千々に吹き飛び大半が消し飛んだ。それでも、わずか数枚、穴だらけの板きれがレアを守って風に吹かれていた。


「これが、ラストショット」


 ミズキがレアに見せつけるように、銃弾を装填そうてんした。

 いかなる理由で流出したものか、それは厳重に管理されていたはずの、レーベンヒェルム領軍の切り札だ。オーニータウンにて、ゴルト・トイフェルを退散させ、山賊軍を討ち破った立て役者。クロードが直々に魔法をこめて作り上げた空間破砕弾だった。


「あ」

「よせ、よすんだ。やめろぉおおおっ」

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