第317話(4-46)炭鉱町エグネ奪還
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クロードはレアが感知した生命反応を避けながら、丁寧に廃坑への爆撃を続けた。防御結界で守られた数トンの重さをもつはたきは、大地を貫く爆弾となって廃坑を削り取る。
ピンポイントの精密爆撃は、死傷者が少なくなるよう配慮した結果だった。けれど、緋色革命軍親衛隊にとっては、真綿で首を絞めるように追い詰められて、たまったものではないだろう。
はたきが投下されるたびに、爆発で洞窟が埋まり武器や資材が失われ、人員は地下から地上へと追い立てられてゆくのだ。
クロードとレアの背後で、地図を片手にはたきの投下目標を助言していたマルグリットだが、雨のように降り注ぐ爆弾の、圧倒的攻撃力を前に感嘆せずにはいられなかった。
「辺境伯様、この飛行自転車があれば、ユーツ領の解放も容易いのではありませんか?」
「マルグリットさん、それは買いかぶりです。でも今後は、飛行自転車隊の活躍が増えるかもしれませんね」
マルグリットだって、言われずとも理解している。
この作戦は、寡兵ゆえに選んだ奇策中の奇策だ。もしも十全な戦力があるのなら、砲撃系の契約神器を集め、大量の兵を動員して攻略した方が確実極まりない。
それでも彼女は、窮地を好機に変えたクロードの機転に魅了される。
「辺境伯様。貴方は、決して勝利を諦めないのですね。わたしは諦めてしまった。マクシミリアン・ローグがこのままでは変えられないとクーデターを企んだ時、エカルド・ベックが兄さんをペテンにかけた時、もう無理なのだと考えることをやめてしまった」
「ラーシュくんのことも、諦めたんですか?」
クロードの少し意地悪な質問に、マルグリットは赤面する。
「諦めたくない。今も会いたい、です」
「だったら、会いに行きましょう。ラーシュくんは、ずっと貴女のことを思っていました」
「嬉しい、な」
爆撃に耐えかねたのだろうか、親衛隊兵の一隊が廃坑を飛び出した。
恥知らずにも「人質を取るのだ」などと叫びながら、要塞と町を結ぶ坂に向かって駆けだしている。
「はい、一丁あがり」
クロードが、親衛隊兵の眼前で坂をクレーターに変えるや、彼らは武器を手放してへたり込んだ。
「次は、北の隠し通路と南の水道を狙いましょう」
「おいす。はたき、おかわりはいります」
クロードは自らの気障な台詞に照れたのか、それとも密着した侍女の息づかいに緊張しているのか、冗談のようなかけ声で、冷徹に確実に爆撃を続けてゆく。
炭鉱町エグネの廃坑は、進入路に乏しく、迎撃に適した難攻不落の要塞であった。
だからこそ、クロードは逆利用した。
親衛隊兵の眼前で、数少ない逃げ場をひとつひとつ砕き、袋のネズミとなった敵の士気を叩き折るのだ。
全ての脱出路を破壊し尽くした後で、クロードは魔術で声を拡大して地上に叫んだ。
「こちらユーツ領解放軍指揮官、クロード・コトリアソビだ。お前たちにもう一度降伏を勧告する。要塞もろとも生き埋めになるか、武器を捨てて白旗を上げるか選んで欲しい。いますぐに決めろ」
すでに一度、アリスが降伏勧告を済ませている。
それでも戦おうというのなら、クロードは情けを捨てて応えるつもりだった。
実のところ、この要塞にいるのがセイやチョーカーだったら、なにかしら反撃の手段を考えついても不思議はないのだ。
もしも演劇部の先輩達だったら? 有無をいわさず生き埋めにしてから、正気と胃壁を削りとるドキワクなホラーショーの始まりだ。
「この基地の指揮官だ。降伏する。これ以上の攻撃はやめてくれ」
要塞の守備隊はもはや精も根も尽き果てたらしい。白旗を掲げて続々と廃坑から出てきた。
指揮官の声にはまだ力があったため、あるいは偽装投降して、先に出撃した親衛隊兵と合流を果たし、反撃するつもりだったのかもしれない。
けれど――。
「クク、完敗か」
「たぬったぬう。クロード、援軍に来たたぬ」
町の方角、少女が鎖でぐるぐる巻きになった親衛隊兵を引きずってくるのを見て、さすがに観念したようだった。
「マラヤディヴァ国万歳! ユーツ領万歳! 解放軍万歳!!」
炭鉱町エグネに、爆音よりも大きい町人達の歓声が響き渡った。
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