第316話(4-45)降りそそぐ花火

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 炭鉱町エグネの上空に、奇怪な影があった。

 大型の自転車ながら、前後左右に設置したローダーと魔法仕掛けで空を飛ぶ躯体こそ、ヴォルノー島大同盟に所属する、全領の力を結集して作られたクロード専用の傑作機、天馬号である。

 クロードは、背後に侍女であるレアを乗せ、更に彼女の背にマルグリットを乗せた三人乗りで飛行しながら眼下の光景を見つめていた。

 彼が炭鉱町エグネ攻略のために用意した作戦は、失敗した場合に用意した次善策を除けば、以下の三段階だ。


 第一段階は、アリスが挑発して町に籠もる緋色革命軍親衛隊を引き離す。

 第二段階は、分断した親衛隊を山中に仕掛けた各種の罠で足止めする。

 最終段階は、手薄となった廃坑の要塞を"精密爆撃"で破壊する。


「辺境伯様、部下達がうまく引きつけています。親衛隊兵の誘導に成功しました」

「領主さま、あれだけ町から離れれば、もう町の住民が人質にされる心配もありません」

「うん、じゃあこっちも始めようか」


 クロードは自身がベナクレー丘で大敗した経験もあって、骨身にしみて知っていた。

 戦は、勝ったと思い込んだ瞬間こそ最も脆いのだ。

 灰色の軍服を着た緋色革命軍親衛隊兵達は、アリス達を追うのに夢中になって、見張り櫓からも離れてしまっていた。

 門を守る衛兵こそ健在なものの、あれではろくな索敵もできないだろう。

 町の中は、酷い有様だった。緋色革命軍親衛隊が暴れた跡がそこかしこにあってスラムと化し、町の奥にある処刑場らしき演台は今も赤い血で濡れている。


「作戦を開始します。鋳造――はたき」


 青髪の侍女の白く美しい手に光が灯り、先端に白布を束ねた棒きれが出現する。


「重ねて複製鋳造――はたき一〇二四本」


 はたきは揺らめきながら、一本の影が二本に分かれ、二本が四本にと増殖して、その数はまたたく間に一〇〇〇本を超えた。

 今では懐かしい、レアがクロードに雷切と火車切を伝授した際、練習メニューとして使った手段である。クロードは、このはたきを応用する。


「レア、操縦権コントロールを僕にくれ。鋳造変化――防御結界作動、半自動による爆発属性を付与する」


 クロードは、レアから受け取った一〇二四本のはたきを防御結界で包み込み、望むタイミングで爆破できるよう細工した。最後に……。


「マルグリットさん。契約神器の強化をお願いします」

「はい。術式――月想げっそう――起動!」


 マルグリットが、左手首を飾る銀の腕輪をかざす。

 蜜柑色のショートカットの下で輝くリムレス眼鏡の奥、彼女の灰色の瞳に力がこもる。

 わずか一〇〇グラム程度の重さだったはたきは、マルグリットのルーンブレスレットの力で加速度的に"重さ"を増して、三〇〇〇倍、実に三トンもの重量へ変化した。


「ここまでやれるとは思ってなかった。やっぱりマルグリットさんの神器は凄いです」


 クロードは喝采をあげたが、マルグリットにとってはむしろ彼のアイデアこそが驚嘆すべきものだ。


「じゃあ、行こうか、緋色革命軍。新しいことをやるのなら、"他の誰かに決めつけられたアタラシイコト"じゃなくて、自分が決める"誰もやろうとしなかった新しいこと"をやろう。こっちの方が派手で、洒落てるだろう?」


 クロードが最初にはたきを放ったのは、町の門付近だった。

 わざと減速させて、爆発の威力も低めた。それでも、重量を増したはたきは門付近に小クレーターを作りあげ、門を消して衛兵を吹き飛ばした。おそらくは死んではいないだろうが、仮に生き残っても町の様子を見る限り死罪は免れないだろう。


「領主さま、熱源と生命反応を探知して、転送します」

「頼む、レア。引き金を引くのは僕だ。ためらうな」

「いいえ、領主さま。これは私たちの戦いです」


 クロードは、緋色革命軍親衛隊に混乱する時間を与える気すら無かった。

 町の隅に設えられた見張り櫓と武器貯蔵庫を穴ぼこに変えた後は、廃坑へとはたきを叩きつける。

 それは、あたかも降りそそぐ花火。地中貫通爆弾による精密爆撃こそ、炭鉱町エグネ奪還のための秘策だった。

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