第509話(6ー46)龍神が邪竜に堕ちた日
509
一〇〇〇年の昔、
生き残った第三位級契約神器ファヴニルは〝ファフナーの一族〟と呼ばれる盟約者と共に焼け出された人々を救い、荒廃した大地にオアシスの如き一角をつくりあげた。
しかし、その豊かさ故に、大陸に
「レア、過去は過去だ。僕たちは、未来を変えられる」
クロードは震える青髪の侍女レアを正面から抱きしめ、マラヤディヴァの澄んだ空を見上げた。
「僕は〝
クロードに抱かれたレアは緋色の瞳を閉じ、金色の狸猫アリスは寝そべって柔らかなお腹を見せ、姫将軍セイは彼と友達になった頃の浮かれぶりを思い出して赤面した。
赤いおかっぱ髪の女執事ソフィは、実際に接触したからだろうか。大ぶりの果実のような豊かな胸の前でパンと柏手を打った。
「そっか。イスカちゃんと、セクハラさん。ううん、ニーダルさんがやってきたんだ!」
「ソフィ、訂正しなくていいぞ。次に会ったとき、あの痴漢部長は絶対にぶん殴るから」
クロードは、ニーダルがソフィの胸に触れたことを絶対に許さない。
「でも、ソフィの言うとおりだよ。僕達の元へ、ニーダル・ゲレーゲンハイトとイスカちゃんがやって来て、レーベンヒェルム領は変わった」
クロードにとって、マラヤディヴァ国へ来たばかりのニーダルは、残念ながら味方とは言えなかった。
なるほどニーダルは〝四奸六賊〟やファヴニルの敵だった。つまり彼から見れば、
しかし、クロードは戦うべき相手を間違えず、〝四奸六賊の
一方……。
「そして一〇〇〇年前。ファヴニルの元には、〝神器の勇者〟と呼ばれる英雄と、戦争で生き別れた兄、第三位級契約神器オッテルがやってきたんだ」
ソフィは腕の中で大きく息を呑み、アリスは尻尾を丸めて猫目を光らせ、セイは目尻を下げて悲しげに口を開いた。
「棟梁殿、レア殿。オッテルとは、〝カワウソのテル殿〟のことで間違いないな?」
「うん、そうだよ」
「認めたくありませんが、あの空気が読めない獣は、私とファヴニルの兄なのです」
ソフィ、アリス、セイは生暖かい目で、クロードの胸中のレアから視線を逸らした。
(テルくん、いい子なんだけどね)
(たぬは知ってるたぬ。アレは〝お兄ちゃんウザい〟って言われるたぬ)
(テル殿は、クロードとレア殿をくっつけようとあれやこれや世話を焼いたが、やることなすこと逆効果だったからな)
愛情はあっても、すれ違うのが家族だ。
そして、一〇〇〇年前。もつれた感情と因縁は、およそ最悪の形で実を結んだ。
「私とファヴニルにとって、長兄オッテルが連れてきた〝神剣の勇者〟は、
そしてファヴニルは、公人としての判断ではなく、個人としての憎悪を優先した。
「待ってね。ここにササクラ先生が集めた、当時の手記があったはず……」
ソフィは、クロードが馬車に乗せて持ち込んだ鞄の中から、彼女の師匠が残した資料の写しを取り出した。
「うん。龍神様は勇者を憎んで襲おうとしたって書かれてる。必死で止めたのが、妹のレアちゃんだって」
「ソフィ。私がお兄さまを止めたのは、良心からでなく、勝てなかったからです。けれど、私達の執着と狭量が……、貴方の祖先を、私達の愛する家族を殺してしまった」
レアの赤い瞳から、透明な雫がボロボロと溢れ、クロードの胸を濡らす。
ファヴニルは救い手たる勇者の受け入れを拒み、ファフナーの一族もあくまで平和的解決手段に拘った。
ゲオルクの尖兵達に虐げられていた、他の村人達が暴発したのは自然な流れだろう。
グリタヘイズの民衆は、〝神剣の勇者〟を追放した龍神に見切りをつけ、譲歩ばかりを繰り返す指導者一族に殺意の刃を向けた。
「たぬ? 今まで守ってくれたレアちゃん達を捨てて、新しいユウシャを迎えようとしたぬ? たぬは、そういうの大嫌いたぬ!」
「アリス殿、私にも覚えがある。人間は絶望に瀕している時よりも、希望を与えられて奪われることを、より恐れるんだ」
アリスの義憤とセイの諦観は、彼女達が辿ってきた半生が色濃く反映されていた。
「僕は、グリタヘイズの人々を責める気にはなれない。それでも、レアもファヴニルも被害者だった」
もしも其処で踏みとどまれば、悲劇の龍神だった。
たとえ拳を振りかざすにせよ、復讐者、報復者になれた。
けれど、ファヴニルは悪い意味で弾け、闘争に愉悦を見出したのだ。
「だけど、ファヴニルが最初に襲ったのは、アイツに追放されてヴォルノー島を去る〝神剣の勇者〟の交際相手マーヤと、その妹メアが乗った船だったんだ」
クロードの弾劾に、青髪の侍女レアは浅い息を吐いて悔恨に沈み……。他の三人は惚けたように驚愕した。
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