第56話(2-14)姫将隊と賊軍と、代官屋敷の攻略

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 後に姫将隊顛末記きしょうたいてんまつきを発表することとなる、オーニータウン守備隊の魔法支援班長キジー。

 彼の両親は、時を遡ること一年前、重税と過重労働に苦しむ村の窮状を救おうと代官に訴え出て、領都で生きたまま火あぶりにされた。

 街角の遠隔映像受信魔法機に映し出された父母の最期と、それを見ながら薄ら笑いを浮かべる悪徳貴族の顔は、今もなおキジーの胸に刻まれている。

 キジーは、クローディアス・レーベンヒェルムを憎んだ。

 子供だった彼も村を追われ、飢えに苦しみ泥をすすりながら、復讐の機会を待ち続けた。

 そんなキジーが、テロリスト集団”赤い導家士どうけし”に加わったのは自然の成り行きといえるだろう。

 チャンスは、思いの他早くやってきた。

 復興暦一一○九年/共和国暦一○○三年 晩樹の月(一二月)、農園を焼き討ちに加わったキジーは、遂に求め続けた仇と向き合った。

 赤い導家士は、農園を焼き払い、従業員達を叩きのめし、彼らを守ろうとした少年少女に瀕死の重傷を負わせることで、クローディアス・レーベンヒェルムをおびき出した。

 そうして、幹部のひとり、ダヴィッド・リードホルムが複数の契約神器で特別な術を用い、弱体化させることに成功したのだ。

 目つきの悪いひょろひょろした体格の少年貴族は、農園の従業員達が避難した、火のくすぶる木造倉庫の入口を背に堂々と立っていた。

 

『あいつらは僕が守る!』


 刹那。キジーの視界が歪み、崩れおちた膝が大地に当たって鈍い痛みを感じた。

 ダヴィッド・リードホルムが何かを叫んでいたが、キジーは衝撃のあまりよく聞こえなかった。

 なぜ誰も気づかないのか。気づこうとしないのか。なるほど背格好は似ている、顔だって生き写しだ。

 でも、目の前の少年と、父母の仇では瞳に宿る輝きが違う。背負っているものが違い過ぎる。

 数百の軍勢に囲まれて、無敵の力を奪われながらも、追い詰められた民衆を守ろうと、片手剣を手に毅然と立つその姿――。

 あの少年が、父母の命を奪ったクローディアス・レーベンヒェルムであるものか!


(影武者なのか……。本物のクローディアスはどこにいるんだ? 探し出して、父さんと母さんの仇を取らないと)


 しかし、キジーは、心のどこかで理解していた。

 自分の仇はきっと、永久に失われてしまったのだと。

 キジーは仇討ちを目的に赤い導家士に参加したため、破壊活動に進んで加わることもなく、結果として罪も比較的軽かったため、釈放された後は兵士として雇われることができた。

 領軍に志願した理由は、ただ知りたかったからだ。両親の命を奪ったクローディアスはどうなったのか? 今、悪徳貴族を演じている少年は誰なのか?


(なにが今、このレーベンヒェルム領で起きているのか。――ボクは、知りたい)

 

 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 恵葉の月(六月)三〇日早朝。

 キジーは、副隊長であるアリスと共に、警察と協力して、混乱するオーニータウンの市民を誘導して代官屋敷へと避難させていた。

 シーアン・トイフェル代官が住む屋敷は、戦闘が予想される街中から離れている上に敷地も広く、土塀や水堀も整備されて防備が整っていたからである。

 女子供や老人は代官屋敷に隠し、男達は近くの森へ避難させるように、というのが守備隊長、セイの指示だった。

 街に迫る山賊たちから決死の覚悟で逃れてきた町民たちを、シーアン率いる鎧兜を身につけ弩と槍で武装した自警団が出迎えた。

 キジーは、慎重に距離を取ったまま、シーアン代官に向かって呼びかけた。


「シーアン代官、屋敷の門を開けてください。山賊が攻めてきました。もうすぐ街は戦場になります」

「キシシッ。山賊だって? 何を言っているのかね、小僧。彼らは、この町を邪悪な辺境伯から解放する為に来たのだよ」


 代官の顔は、血色の悪い普段にも増して青白く、目も赤く血走っていた。

 風貌に狂気すら帯びた彼の命じるまま、自警団に弩を向けられて、キジーは絶句した。

 シーアン代官とアーカム自警団長……。トイフェル兄弟が山賊と内通している可能性は、セイによって指摘されていた。有事の際、オーニータウン自警団は敵に回るだろう、と。

 それでもキジーは、仮にも代官職に就いたものがと、信じたくなかったのだ。


「解放ですって? ここからでも聞こえるでしょう? 彼らは町を破壊しているんです。これまでだって、金品目当てにどれだけの罪もない町民が襲われて、殺されたと思っているんですか?」

「小僧、分を弁えたまえよ。相手が殴ってきたからって殴り返してどうする? 寛容こそが相互理解の第一歩だ。彼らが奪うというのなら、分け与えてやればいいのだ」

「そ、そんなの詭弁です。現実を見てください。誰にだって、生きて、自分の生活と財産を守る権利があります」


 キジーの抗議を、シーアン代官は鼻で笑った。


「やはり劣等民族は、きっちり叱ってやらないと勘違いをする。上から目線とでも思うかね? 親が子供を叱るのと一緒だよ。崇高かつ偉大な我々にただ従えば良いのだ。それがわからぬなら、躾の時間だ。撃て!」


 めちゃくちゃだ! と抗議する時間もなかった。キジーは、町民達を守るために魔術文字を綴り、吹きすさぶ風をまとった魔法盾を創りだした。


「た、ぬ!」


 アリスもまた、避難民達を狙って矢が放たれた瞬間、腕から衝撃波を放って吹き散らしていた。

 キジーが命じるまでもなく、魔法支援隊の班員たちが矢避けの障壁や魔法盾を生み出し、あるいは抱えた銃で応戦した。

 相対した距離は、敵自警団が所持する弩の、有効射程ぎりぎり二〇〇メルカ

 炸裂音が響き、閃光が奔り、わずかな矢が魔法盾を叩いて、自警団員の一部がおり重なるように倒れた。

 実のところ、シーアン代官の指示に従って民衆に矢を射掛けたのは、自警団のうち二割に過ぎなかった。

 半数以上が弩を手放してその場に伏せ、あるいは代官に協力する団員達に弩を射て、槍で斬りかかった者さえいた。

 たった一射。守備隊が次弾を装填する前に、決着は付いていた。


「き、キシ、きしゃまら、なにを考えている」

「黙れシーアン・トイフェル。お前は我々の親なんかじゃない!」

「これ以上命令を聞けるか、この人殺し!」

「ぶっ殺してやる!」

 

 同胞殺しを命じたシーアンに、マラヤディヴァの自警団員は、そして町民達は激怒していた。

 手に石や棒切れをもって、今にも殴りかからんと吼えたけっていた。

 キジーやアリス、守備隊員たちが阻まなければ、 彼らの怒りはすぐにでも爆発したことだろう。

 一人の年老いた警察官が、手錠を手に進み出た。


「シーアン・トイフェル。貴方を殺人教唆の現行犯で逮捕する」

「わ、わかっているのかね? アタシの後ろには共和国がいるんだ。我々は小国いじめはしない。だが、小国側も理由なく騒ぎ立てるべきではない。冷静に考え直すのだ」

「冷静になるのは、貴方の方だ。仮にも政治に関わるものならば、法律に従いなさい」

「法律だと? アタシたちを蛮国の法で縛ろうとすることこそが、そもそもの間違いだとなぜわからんのだあ!」


 シーアンは、半ば白目をむいて、腰にいたサーベルを抜き放ち、警察官に斬りかかった。

 キジーが魔法の盾を生み出し、警察官が後方に飛びのいた瞬間、シーアンの首元から真っ赤な血が噴出した。


「ばが……な、ずぃにだくやい……」


 シーアン・トイフェルは、まるで太陽に焦がされた真夏のミミズのように身体をくねらせて事切れた。


「この役立たずが……」


 銃声は聞こえなかった。否、シーアンの首に突き刺さった弩の矢が、下手人が自警団員に紛れ込んでいると、なによりも雄弁に証明していた。


「あとちょっとだったんだよ、あとちょっとで叛乱が広がったんだ。それを、それをっ。なにが新兵器だよ馬鹿馬鹿しいッ。オレの偉大な戦略を台無しにしやがって、この無能が!」

「お前は、ダヴィッド・リードホルム!?」


 キジーにとっては、忘れもしない、テロリスト集団”赤い導家士どうけし”の指導者の一人が自警団に紛れ込み、弩をシーアンに向けていた。


「たぬ!」


 アリスが勢いよく跳躍して、ダヴィッドへ肉球のついた掌を伸ばす。

 しかし、彼は近くにいた無関係の自警団員を盾として使い、稼いだほんのわずかな時間に羊皮紙の巻物を地面に叩きつけていた。

 巻物から発する光に包まれて、ダヴィッドはそのまま跡形もなく消えてしまう。


「転移の魔術道具だって? そんな高価なものをどうやって……」


 キジーは、まだ知らない。

 この時、ダヴィッド・リードホルムを逃がしたことを、彼は生涯悔やみ続けることになる。

 後世において、”悪徳貴族”クローディアス・レーベンヒェルムと双璧をなす、災厄の独裁者と忌まわれる男はかくして窮地を脱した。

 一方のキジーたちはそれどころではなく――


「愚かな劣等民族どもよ聞けっ。我々はすでに本陣を陥落させ、小娘は討ち取った。降伏するがいい!」


 自警団団長アーカム・トイフェルによる勝利宣言を聞き、街の遠方で燃える砦の黒煙を見ながら、奥歯を噛み締めていた。

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