第四章 暴れん坊貴族、圧制の大地へ向かう

第72話(2-30)一方其頃


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 義勇軍の派遣を決めた後、クロードたちは軍需物資の準備や、仕事の引継ぎ作業に追われた。

 公安情報部長ハサネは、国外も含めてあらゆる情報を収集して出陣に備えた。

 そして規模としては小さいものの、その後の歴史を一変させる、あたかも台風のような大事件が起こる。


 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 紅森の月(一〇月)一〇日。

 はるか東方の、ガートランド聖王国ニューカルナフィア州にて、共和国とナラール国の共同工作部隊が、遺跡から発掘されたばかりの第五位級契約神器の強奪を謀ったのだ。


 ロジオン・ドロフェーエフが知る平行世界の歴史では、ある少女がその神器と契約し、聖女と祭り上げられて、非業の死を遂げるまで戦い続けることになる。

 ……が、この世界で契約を結んだのは、まったく別の少年だった。


 王国公安警察の協力者と目される少年は混乱の中で、共和国およびナラール国の工作部隊を壊滅させた。

 更には、偉大なる冒険者、共和国軍閥領袖エーエマリッヒ・シュターレンの懐刀であるニーダル・ゲレーゲンハイトと交戦し、彼をも撃退したのだ。

 二〇歳に満たぬ少年が、シュターレン領最強の工作員から大金星を上げた――残念がら、世間はそう素直にとらえなかった。

 

 ニーダル・ゲレーゲンハイトなんて、恐れるに足らず。

 盟約者ですらない遺跡荒らしの強さは、詐術に過ぎなかった。


 そのように受け止められた結果、ニーダルの命を狙って、共和国内外から呆れるほど大人数の暗殺者が送り込まれて、狂騒劇が始まった。


「ニーダル・ゲレーゲンハイトが、ガートランド聖王国で素人に敗北した……という噂が立っています」


 七日後、領主館の応接室で、尋ねてきたハサネから報告を受けたクロードもまた、ついにこの日が来てしまったと天を仰いだ。


「なんてこった。金髪爆乳の美人? 楚々とした大和撫子? どんな相手に痴情のもつれをやらかしたんだよ」


 クロードは、メロドラマ風の絶望と渇望を歌い上げる挿入歌が流れる中、ニーダルが交際相手にナイフで横腹をメッタ刺される光景を、まぶたの裏でありありと思い浮かべることができた。

 しかし、ハサネは否定した。


「いえ、相手は男です」

「男のにまで手を出したの? どれだけ業が深いんだよ!」


 あの先輩は、いったいどこの地平を目指しているんだ!

 そう勘違いしたクロードは、思わず白目をむいて泡をふきだした。


「辺境伯様。信じられないのも理解できますが、戦場の真ん中で堂々決闘を果たした、とのことです。目撃者によると、相手は眼鏡をかけた大柄な少年だったそうです」

「……残酷な話だけど、きっとチャンスなんだろう。共和国は、動かせる手駒を、ニーダル・ゲレーゲンハイトにぶつけるはずだ。エングホルム領に乗り込むには、今しかない」

「わかりました。計画は続行します。続報が入り次第、お伝えします」


 ハサネの去った応接室で、クロードはソファから立ち上がろうとして、がくりと膝をついた。

 彼には、ニーダルを倒したという少年の容貌に心当たりがあったからだ。


「会計先輩、アンタいったいなにやってんだぁあッ!?」


 あのファヴニルを相手に二度も引き分けて生存し、痛撃を与えたニーダル・ゲレーゲンハイトこと、演劇部長、高城悠生たかしろゆうきは、この世界でも有数の戦闘能力保持者と考えて良いだろう。たいていの相手に不覚はとるまい。

 しかし、と、クロードは、前提を放棄する。

 演劇部会計こと、赤枝基一郎あかえだきいちろうだけは例外だ。高城部長と赤枝会計は、無二の親友で、好敵手なのだから。


「こ れ だ か ら、川原で殴り合いをするのが友情だって信じてるリア充はおかしいんだっ」


 クロードは想像する。

 夕暮れの河川敷で、部長と会計が爽やかな挨拶を交わす。 


『うほっ、いい親友』

『殴り合いを、やらないか』


 このあと滅茶苦茶どつきあった。

 なんて、考えるに阿呆なことをやらかしたに違いない。


「異世界までやってきたのに、あの先輩達、まるで変わっちゃいない。それでも、無事で良かったよ」


 これで二人、生存を確認できた。


(まだ逢うことは叶わないけれど、ファヴニルとの決着をつけて、もしも生き延びることができたなら、きっと)


 クロードは、夕刻までに業務を終えると、いそいそと皮鎧と短剣を身につけた。

 古代遺跡ダンジョンで特訓するのだ。鎖による拘束や、火矢等による攻撃だけでは、同じファヴニルから力を与えられたダヴィッドを相手に、どこまで通じるかわからなかった。

 農園での戦闘で一度手札を見せている以上、次の戦いでは対策を立てられている可能性がある。


「僕も、強くならないと」

「力を望まれるのですか、領主様」


 玄関の前で、しずしずと歩み出たのは、桜色の貝の髪飾りをつけた青髪の侍女、レアだった。

 彼女は、赤い瞳に珍しく緊張を浮かべ、大小一揃いの日本刀をクロードに差し出した。


「レア、これは、どうしたの?」

「こちらの打刀を雷切らいきり、こちらの脇差を火車切かしゃぎりと申します。粗雑な模造品ですが、貴方に、この力をお伝えします」

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