第73話(2-31)雷切と火車切 

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 復興歴一一一〇年/共和国歴一〇〇四年 紅森の月(一〇月)一七日夕刻。

 旧エングホルム領への遠征を控え、古代遺跡で特訓しようとしたクロードは、侍女のレアから大小一揃いの日本刀を受け取った。


雷切らいきりに、火車切かしゃぎりだって……?」


 クロードは預かり知らぬことだが、その称号を受けた刀は複数存在する。

 曰く、雷神を斬った。曰く、老猫が変じた火車と呼ばれる妖物を斬ったとされる業物わざもの達。


 最も有名な雷切の伝承は、九州豊後の戦国大名、大友氏に仕えた宿将、立花道雪たちばなどうせつ佩刀はいとうであろう。壮年の頃、落雷に遭った彼は、愛刀で雷を切り伏せて生き延び、半身不随となるも齢七十を越えるまで戦場で活躍し続けたという。後に道雪が養子に迎えた武者こそ、西国無双と名高き益荒男ますらお立花宗茂たちばなむねしげである。


 また北陸地方において越後の竜、常勝不敗の軍神と畏れられた上杉謙信うえすぎけんしんは、愛刀家としても知られ、無数の宝剣名刀を収集していた。彼が残した遺産の中から、出羽米沢藩初代藩主、上杉景勝うえすぎかげかつが卓越した鑑定眼で選び抜いた三十五刀の中に、火車切かしゃぎりと呼ばれる脇差が含まれている。


 が、クロードが男装先輩と呼ぶ少女、苅谷近衛かりやこのえならばいざ知らず、彼はこういった逸話をとんと知らなかった。部活の茶飲話に聞いて、相槌を打っていたものの、大半は記憶の奥底に仕舞われてしまっている。

 だから、彼が以前レアから受け取ったレプリカ、八丁念仏団子刺はっちょうねんぶつだんござしのオリジナルが、雑賀衆由来の「斬鉄剣の如き伝承を持つ名刀」だと言うことに気づかなかったし、八龍の鎧がいわゆる「源氏重代の宝鎧」であることも想像の余地外だった。まさに豚に真珠、猫に小判である。


「僕にはよくわからないけど、二刀流ってかっこいいね。どうかな、レア。この構え!」


 クロードは、いそいそと刀を抜いて、まるでロボットアニメの主役機が決めるような、両手に刀を持って孔雀が翼を広げるようなポーズを取って見せた。


「お渡しした雷切には雷の、火車切には炎の魔力が宿っています。模造品といえ、マジックアイテムとして十分な逸品です。ソフィさんたちが戻られるまで、訓練場で練習をしましょう」


 クロードとレアは、領主館を出て階段を降り、訓練場で向かい合った。


「それでは、領主様。練習をはじめましょう」

「うんっ」


 レアが、右手に持ったはたきを突き出す。

 クロードは、先ほど同様のポージングで受け止めようとするも、眉間に直撃を受けて三秒で叩き伏せられた。


「あ、あれ? も、もういっかい」

「はい」


 仕切りなおして、クロードは打刀と脇差を十字に重ね、上半身の守りを固めるそぶりを見せた。要はかっこいいポーズそのにである。

 レアは無言ではたきを投げつけて、クロードの腹部を直撃した。 


「ば、バカなっ。もういっかいっ」

「はい」


 最近のクロードは、手加減こみといえ、セイやソフィと訓練で打ち合えるくらいには、成長している。

 しかし、それはあくまで、一本の刀を手にした場合だ。

 クロードが演劇部の先輩、苅谷近衛に叩き込まれた車の構え、即ち脇構えからの回避、あるいは迎撃は、彼自身の卓越した判断力もあって有効に機能していた。

 が、構えもへったくれもあったものではない見得を決めつつ、慣れない二刀で戦うのは、さすがに無理があり過ぎた。

 

「領主様。マジックアイテムだと申し上げたはずです」

「あ、ああ、そうだった」


 クロードは、右手に持った雷切と、左手に持った火車切に意識を集中した。打刀からはわずかな紫電がほとばしり、脇差からはゆらゆらと火の玉がまろびでる。


「さあ、来い」

「はい」


 レアがはたきを投げつける。

 クロードは、雷切から小さな電撃を飛ばして動きを止めて、火の玉で焼き払った。


「どうだっ?」

「お見事です、領主様。次は、こちらです」


 青髪の侍女は、クロードを褒めると、静かに赤い瞳を閉じた。


「鋳造――はたき」


 レアの白く小さな手に輝きが生まれて、束ねた白布を先端に巻きつけた棒切れが現れる。


「重ねて複製鋳造――はたき一〇二四本」


 彼女の手のひらに包まれた一本の布つき棒は空中へと浮いて、まるで重なった影が二つに分かれるように、二本に増えて、二本が四本に、四本が八本に……と、増殖を続けた。

 やがて、一呼吸を終える頃には、二人の頭上を埋めつくすほどの膨大な数のはたきが、ゆらゆらと揺れながら渡り鳥のように旋回していた。

 クロードの顔から訓練を楽しむ余裕が消えて、血の気がひいて真っ青になる。


「ちょっと待って、レア。分身の術? いくらなんでも多すぎだっ」

「領主様、何を恐れることがありましょう。これらはただのはたきです。戦場で飛び交う矢弾とは、危険性が比較になりません」

「だ、だからって、これは無理だろぉおお」


 悲鳴をあげて、飛来する大量のはたきに埋もれてゆくクロードの細い身体を、レアは感情を封じた赤い瞳で見送った。

 所詮は、はたきだ。一本一本ならば、当たったところでさして痛いとも感じないだろう。しかし、多くの兵士に囲まれ投げつけられれば、それは恐るべき脅威となる。

 ましてや戦場で放たれるのは、非殺傷のはたきではなく、殺意のこめられた凶器なのだ。この程度も捌けないのに、エングホルム領へ行かせるわけにはいかないと、レアは強くはたきの柄を握り締めた。

 抵抗軍レジスタンスの結成を決めた会議の後、セイはレアに告げた。


『棟梁殿がロジオン某から受け取った手紙には、こう書かれていたよ。オッテルなんていない。ダヴィッド・リードホルムのちからは、ファヴニルとおなじものだ。……と。レア殿、あやつをこのまま行かせれば死ぬぞ』


 そうだ。たとえ一〇〇〇人の兵隊が、矢やつぶてを浴びせかけても一顧だにせず、平然と踏み潰すからこそドラゴンは脅威なのだ。

 そして、ただの人間ヒトに過ぎないクロードが挑むのは、邪竜ファヴニルという正真正銘の怪物に他ならない。


「も、もういっかい……」


 はたきの山に押しつぶされたかに見えたクロードだが、直前に足先で魔術ルーン文字を綴り、とっさに穴を掘って逃れたらしい。

 離れた地面から、もぐらのようにひょっこりと顔を出した。 


「領主様、それが正しい選択です」

「きっついなあ。僕の実力じゃ、チャンバラとはいかないか」


 なんとか地面に這い上がったクロードは、再び右手に雷切を、左手に火車切を握って、構えを取った。

 余分な力の抜けた彼の佇まいは、くしくも二刀流の名手、宮本武蔵を描いた絵姿に似たものだった。


「いきます。はたきよ――飛んで」


 レアが指を鳴らすと、一〇二四本のはたきはふわふわと浮かんで散らばり、再び三六〇度全方向からクロードを目がけて直進した。


「雷切、火車切、たのむ」


 クロードの周囲を雷のカーテンが包み込んで防御し、六つの炎の球体が大小の円を描きながら、はたきを焼き落とす。

 彼は、もはや邪竜ファヴニルの力をほとんど使っていない。

 過去に演劇部の先輩たちから受け継いだ知識を活かし、ソフィから学んだ魔法の力を己がものとして、エリックやセイ達と共に古代遺跡ダンジョンで磨きあげてきた経験が、今の彼を支えている。

 対神器用特殊弾にこめた空間破砕の魔術さえ、今のクロードはファヴニルの力を引き出すことなく再現できる。


「領主様、貴方は強くなりました。きっともっと強くなります」

「うん。この力で、レア、君たちを、レーベンヒェルム領の皆を護るよ。だから、もういっかい、お願い」

「はい。鋳造――」


 再びはたきを生み出し、複製しながら、決して顔に出さずにレアは胸中で泣いた。

 彼女が呟く、音のない言葉は、夕暮れの風に消えて誰にも届くことはない。


「でも、領主様。私の大切な貴方。強くなって、より強くなって、その先に、貴方はいますか?」


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