第204話(2-157)悪徳貴族と重なる心

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 復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 霜雪の月(二月)二八日早朝。

 レーベンヒェルム領を中心とする三領軍が、血の湖ブラッディスライム雌雄しゆうを決する日がやってきた。

 ショーコは、自身を囮とする作戦を「手出し無用」と却下された日から、すねて領主館の地下室に引きこもってしまった。

 クロードは、せめて食事を皆で食べようと何度もドアを叩いたが、彼女の反応はなしのつぶてだった。


「おはよう。ショーコさん。今朝はいい天気だよ」


 クロードが木製の大扉の前に立ってドアを軽くノックしたが、地下室は静まりかえっている。


「雨季もそろそろ終わりかな? でも予報じゃあ、昼頃に降るってさ」


 稀に聞こえてくる健康器具の稼働音も今は聞こえない。

 まだ眠っているのだろうか? それでも届いていると信じて、クロードはドア越しに言葉をかける。


「帰ってきたら、話したいことがたくさんあるんだ。朝ごはんはここに、昼ごはんは食堂のバケットに置いてあるから食べてね」


 クロードはお手製のおにぎりと野菜スープ、乾燥納豆テンペをのせたお盆を地下室の前に置いて、階段を上った。

 作戦開始時間は近い。レアも、ソフィも、セイもすでに任地に向かっている。クロードは屋敷の戸締まりを確認すると、やや俯いて瞬間転移魔法を使った。

 さてその頃、ショーコが何をしていたかというと、隠れてやり過ごした後、彼の姿がロビーから消えるのを見送っていた。

 あざやかなアジサイの花を連想させる紫色のショートの髪と、アメジストさえかすむ輝きを宿す瞳、白く抜けるような肌が印象的な、マリンブルーのツーピースを着た少女。実は彼女の正体こそ……、クロードが好敵手ライバルとみなす古代遺跡の青いスライムである。

 本当はショーコを拘束するなんて、最初から不可能なのだ。洞窟の割れ目や通風孔つうふうこう、割れたレンガのヒビなど、水がしみ出す程度の隙間があれば、彼女はどんな場所にだって移動できる。


「ふうん。肩を落としちゃって。パクッ。いい気味よ。ハムッ」


 ショーコは食事を地下から台所のテーブルへ運ぶと、小さな口でついばむようにしてぺろりと平らげた。

 ストレス解消には甘いものが一番だ。彼女は次に冷蔵のマジックアイテムに保管されていたスイカジュースを飲みほし、壺に入っていたイモ餅と果実のシロップ漬けを頬張りはじめる。


「ぜーったい、許してあげないんだから。ハムハムッ、ごくん」

「怒らないで欲しいたぬ。クロードはショーコちゃんが心配だったぬ」

「そんなのわかってるわよ。よく考えたら、クロードは私の正体を知らないわけだし、あの言い方じゃ特攻作戦って誤解しても無理ないわ。でも、乙女のプライドがあるのよ。男の子なら、花束のひとつでも持って、僕が悪かったぐらい言えないの?」

「そんな風に気が回ったら、クロードじゃないたぬ」

「甘い。甘いわ、アリスちゃん。貴方達がそうやって甘やかすから、こんがらがった状況になっているのよ。五角関係なんていけないことだわ。わたしまで変な気分になっちゃうじゃない」

「たぬう。そ、それは困るたぬ」


 丁々発止ちょうちょうはっしとやりあった末に、ショーコはギギギとびたブリキ細工のようにぎこちなく振り返った。

 彼女の隣の席には、金色の虎耳と猫目、ふさふさとした黒い尻尾をもつ獣娘アリスが、いつの間にやら座っていた。

 まったく気配を悟らせなかったアリスの忍び足が凄いのか、あるいはお菓子を前に気を緩めすぎたのか、ショーコは致命的な失言がなかったことに胸を撫で下ろした。


「こほん。じ、冗談よ。アリスちゃんは屋敷に残っていたんだ?」

「クロードが、ショーコちゃんが心配だから一緒にいてあげてってたぬに頼んだぬ」


 こういうところだけは頭が回るんだから、と、ショーコはわずかに頬を赤く染めた。


「決戦の日だものね。わたしも引きこもってばかりいられないわ」

「でも、ショーコちゃん。最初の日から、レアちゃんとソフィちゃんのお手伝いとかしていたたぬ?」

「二人には黙っていてってお願いしたのに、ひどいっ」


 ショーコは彼女の提案を蹴ったクロードが無茶な作戦を立ててはいけないと、屋敷の地下室を抜け出して契約神器・魔術道具研究所に忍び込んだのだ。

 そこで、うっかりクロードの侍女、レアとすれ違ったのがまずかった。見敵必殺サーチアンドデストロイとばかりに偽装を看破かんぱされた上に清掃バケツへ閉じこめられ、ぐいぐいと詰め寄られた。

 幸い通りがかった執事のソフィが助け船をだしてくれて、クロードに知られないよう手伝いたいと正直に打ち明けたら解放されたものの、ショーコはレアの剣幕に久方ぶりの恐怖を感じた。

 二人から聞き出した作戦は、クロードらしい奇抜きばつな発想に基づくものだが、果たして上手くいくものか……?


「たぬが勝手に察しただけたぬ。もぐっ。でもセイちゃんもボーさんもお手伝いさんも、クロード以外は気づいてるたぬ。もぎゅっ。だっておやつがいっぱい減ってるたぬっ。もぎゅぎゅっ」

「お、お菓子が美味しいからつい食べちゃったの。ところで、アリスちゃんはさっきから何をしているの?」


 アリスは黒い尻尾をぴんとたてて、ぷるぷると震え始めた。

 彼女の頬は風船のように膨らみ、口元にはイモ餅やシロップ漬けの食べかすがべっとりと残っている。

 アリスはゆっくり飲み干すと、大きな口を開けて答えた。


「な、なにもしてないたぬ?」

「びんじょーはんだっ。おやつ食べたのわたしだけじゃないじゃないっ」

「だって、たぬも欲しかったぬーっ」

「それならそうと言えばいいじゃない」

「だって、レアちゃんが怖いたぬぅー!」


 アリスが叫んだ瞬間、ショーコは深い共感を覚えた。互いに右手を差し出して、心を重ねる。


「だから、ショーコちゃん、一緒に謝ってくれるたぬ?」

「ええ、一緒に行って……帰ってきて謝りましょう」


 二人は、固い握手で結ばれた。

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