第39話 工業振興

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 復興暦一一○九年/共和国暦一○○三年 晩樹の月(一二月)二七日。

 セイが火を吹くトカゲを討ち取った後、クロードは警備隊に捕縛したテロリスト達を引渡し、絞首刑に処された五四人の最期を看取った。

 公開処刑にするべきだ、という意見陳情も数多く寄せられたが、彼は却下した。


「たとえ多くの命を奪った残虐非道な犯罪者だったとしても、死の尊厳は守られるべきだ」


 クロードは役所の広間に集った部下達に対して、事前にそう伝えていた。

 法と倫理を優先する彼の立居振舞は、セイにとって好ましいものだ。

 外国勢力や商人の干渉を毅然と跳ね除けた態度は、見惚れるほどに見事なものだった。

 賊徒を崩す為に、武力を直接行使するだけではなく、社会的地位を崩壊させて金銭の流れを断つという戦略を講じた手腕も頼りがいがある。

 

(難点を挙げるならばひとつだけ、棟梁殿は優しすぎる)


 家族や恋人を奪われた遺族達の嘆きが今も胸中で反響しているのか。

 クロードは馬に乗って、というか馬にしがみつきながら沈鬱ちんうつな表情でうつむいていた。


(そんな顔をされては、寂しいじゃないか)


 死刑囚の遺体は、ヴァン神殿の神官や修道女達によって、先ほどクロードとセイの立会いのもと丁重に葬儀があげられた。

 これらの対応についても、領都レーフォンの市街中心地で反対の示威行進が起こっていると、先ほど警備隊を指揮するエリックなる少年から連絡があった。

 背後で扇動しているのが、よりにもよって死刑囚達が所属していた賊徒”赤い導家士(どうけし)”だというから、どうしようもない。

 

(友人として、棟梁殿に何かしてあげたいのだが……)


 クロードは馬車を屋敷へ届けるボーと別れ、次に懲役刑が科された囚人達が収監された刑務所に向かうのだという。

 セイもまた、同行を申し出た。


「セイ。刑務所なんて、女の子が見ても、きっとつまらないよ」

「棟梁殿。私は、この国の施政に興味があるのだ。是非勉強させて欲しい」

「学ぶことなんて、あるのかな」


 クロードは首を傾げながらも、厩屋にどうにか停めて、セイと共に古い収容所を改装した刑務所へと入った。

 そこで見た光景に、セイは思わず口を右手で押さえた。

 囚人達が、刑吏に鞭打たれながら、牛馬のように追い立てられている?

 あるいは、牢名主に指示されて、汚物と塵にまみれた不潔な環境で這いずり回っている?

 否――。


「せーのっ! せぇーっ!!」


 セイの眼前に広がったのは、大工職人が五人ずつ組んで丸太を運び出し、一定の規格に沿って木材として加工している大規模な作業場だった。


「棟梁殿も人が悪い。刑務所だなんて、私をかついだな。新しい城でも作るのか? ひょっとしたら協力できるかもしれない」

「ううん、ここは刑務所だよ。彼らは囚人。今作っているのは、家の部品(パーツ)なんだ。ああやって、組み上げて、遠くにある宿舎ができたら完成だ」

「なん、と?」


 クロードがセイにかいつまんで教えてくれた説明によると、なんでもプレハブ工法なる建築法の一種らしい。

 あらかじめ切り出し、製造したパーツを組み上げることで、短時間での建築が可能になるのだという。


「……なんという一夜城。これも棟梁殿がいた世界の知識か」

「うん、僕は模型とか好きだから」

「では、彼らの指導も、棟梁殿が?」

「ち、違う違う。僕には構造計算や設計は無理だし。この前首都クランに行った時、受注に失敗してしょげていたガートランド聖王国の建設業者を見つけたから、口説き落としたんだ」


 現状、マラヤディヴァ国においては、共和国企業連にせよ自国業者にせよ、伝統的な木造建築や煉瓦建築が主力である。

 これでは、今後大型の店舗や工場を作る上で時間がかかり過ぎてしまう。最低限必要な施設や道路は、資材を輸入してでも迅速に作り、工事期間中に技術を習得するのが狙いだとクロードは告げた。


「ふむ、ガートランド聖王国とは新しい外国の名前だな。良いのか棟梁殿? 貿易相手が二国に増えてしまうが……」

「セイ。だから、いいんじゃないか」


 そう応えたときの、クロードはまるで悪戯っ子のような顔をしていて、セイはハタと手をうった。


「西部連邦人民共和国による交易寡占状態を切り崩すための一手か。競争が生まれれば、質の悪い品を不当な値段で売りつけられる危険性も減る」

「そ、そうだけど、セイって頭もいいよね」

「ふふ、そう褒めるな」

「わわっ」


 セイは、クロードの手をとって階段を上り、作業場が一望できる見張り台へと誘った。


「絶景かな絶景かな。――棟梁殿のことだ。もう王国と仕事をする企業と作業員は準備してあるのだろう。なぜ一部を囚人に担当させる?」

「だって、刑期が明けた後、仕事につけないと困るじゃないか?」

「……っ」


 セイは胸が詰まって、返事が出来なかった。

 その間に、クロードは魔術文字を綴り、一陣の風がはしった。

 風は、作業場で働く囚人達の声を集めて届けてくれる。


「ぼ、ぼきゅは幹部でエリートだぞ。働きたくない。生活保護を支給しろっ」

「やかましい、働け」


 中には、同僚に蹴られている勘違い男もいたが――。


「働いて食事と報奨金がもらえるなんて素晴らしい。もっと早くここに来れば良かった」

「毎日二食食べるなんて数年ぶりですよ。私も捕まって良かったです」


 ちょっとおかしな台詞が混じっていたものの、大半の囚人達は妙に|和気藹々(わきあいあい)と仕事に励んでいた。


「赤い導家士の生活環境って、あまりよくなかったみたいなんだ」


 町や村を襲って略奪で生計を立てていた者がいた。有名ブランドの偽物や麻薬の密売で日銭を稼いでいる者もいた。

 そういった犯罪行為でせしめた生活費は、しかし、組織や幹部に上納金としてふんだくられてしまうのだという。


「刑期があけた後、またそんな生活に戻られたんじゃ、あまりに救いが無い。だから、受け皿を作る。犯罪組織を鎮圧するだけじゃ駄目なんだ。彼らが更生して始めて、日常に帰る事ができるんだ」


 セイはクロードの言葉を聴きながら、心が震えていた。

 彼の語る考え方は、別に独自のものというわけではないのだろう。

 しかしながら、自ら実践して実現するクロードの意思と行動力を、セイは尊いものと感じていた。


「ここは建設業の補佐だけど、縫製業を手伝ってる女囚中心の刑務所や、軍務に長じた囚人だけを集めた特殊部隊なんかもある。指揮官は決まってないんだけど……セイ?」

「面白いな。面白いっ」


 セイは、クロードに真正面から抱きついた。

 上目遣いでクロードを見つめると、先ほどまでの視線の強さはどこへやらゆらゆらと泳いでしまう。


(かわいい。こうやって男の子をからかうのは、楽しいな)

 

「せ、セイ。着物ごしに、胸があたっ」


 あてているのだ。言うな。恥ずかしい。


「ひ、ひとに見られて、誤解されて、愛人とか言われたら、セイだって良くないだろ」

「愛人、結構なことじゃないか。棟梁殿の下から離れても行くところはなし。成したいことがあるなら、貞操なげうって何利用してでも達成してみるべきだと思わないか?」

「ぐ、具体的には?」

「棟梁殿を骨抜きにして実権を握り、この国を制圧して自ら王朝を開いて、やがては大聖皇帝とか称するのだ」

「誰にとっても不幸になりそうだから、やめて欲しいなあ」


 言われずともわかっている。

 セイは、気概はあっても、クロードほどに上手くはやれないだろう。

 だが、友人として、彼と同じ道を歩くことはできるのではないか?


「冗談だよ。色気だけで足りぬなら、まずは実力を見せようか。囚人部隊の指揮を私に任せてくれ」

「いけない。それこそ、貞操の危機だ」

「棟梁殿。私が並の兵に遅れをとると思うか?」


 先ほど道すがら、二〇人のテロリストを捕縛し、火吹きトカゲの首を落としたばかりだ。


「それは、そうだけど」

「心配なら先に貰ってくれても構わないが?」

「わっわっ、危ない」


 セイ軽く力を入れると、細いクロードを容易く押し倒すことができた。

 顔が近づき、互いの息が触れる。

 その時、――かつんかつんと、誰かが見張り台への階段を昇ってくる音が聞こえた。

 扉が開く。


「辺境伯様。お迎えが遅れて申し訳ありません。刑務所長のハサネ・イスマイールと申します。……失礼しました。どうぞ、ごゆっくり」

「ちょっと待って、これは事故」

「はい、事故です。たとえ上司がセクハラとパワハラの限りを尽くしていても見てみぬふりをしつつ、労働監督署とマスコミにしれっと通報するのが社畜の鑑。あ、冒険者ギルドですか、今面白い事件が」

「アンタみたいな社畜がいてたまるかぁっ」


 短く刈った白髪に、グレーの中折れ帽を被った浅黒い肌の男、ハサネ刑務所長もまた魔術師らしかった。彼は黒い瞳を大きく見開いて階段を滑り降り、次に外壁を垂直にスタスタと走って登り、忍者と見紛うような動きでクロードを引き離してしまう。


「待て、待つんだ。誤解なんだっ」

「この情報は高いですよ。はい、今後もよい関係を続けましょう」

「どちくしょぉおっ」

「しかし、友人関係というのは難しいな。アリス殿は、ともかく甘えて、身体や肌の一部を触れ合わせることで親密感を高めあうのが大事たぬと言っていたが、やはりその、恥ずかしい」


 セイが、聞いた相手の返答がちょっぴり過激だったと気づくには、もう少しの時間が必要だった。

 そして、刑務所を女連れで視察した挙句、公衆の面前でいちゃついた露出趣味の鬼畜貴族として、またもクロードの評判は下がったのだった。

 翌日――。晩樹の月(一二月)二八日朝。


「人民通報ばかりか、冒険者ギルド瓦版の三面を独占です。領主様、……最低です」

「クロード様のばかっ」

「いやあああっ」

「既成事実、成立――と」


 侍女のレアと、女執事のソフィがジト目でクロードを睨む中、しれっとセイはうそぶいて蜜柑をかじった。


「その話はゆっくり聞くとして、新しく建てた農場の工事が昨日で終わったよ。あとは、わたしとクロードくんで仕上げれば、いよいよ完成だねっ」

「竣工式と開園は新年かな? 新式農場、”セミラミスの庭園”の落成をもって、レーベンヒェルム領の新体制を始めよう!」


 マラヤディヴァ国レーベンヒェルム領再生への道は、着々と整っていた。

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