第315話(4-44)山中戦幕引と秘策開帳
315
テルは、盤上の石を次々と弾いてレアが挙げた戦果におののいた。
(そういや昔、酷い目にあった気がするナ)
具体的には、空を飛んでるから安全圏だと思っていたら、地面に叩き落とされて致命傷を負ったような記憶だ。恐ろしいったらありはしない。
「それは、それとしテ、ダ。たいしたもんだナ。ここまでたどり着くかヨ」
「テルさん……」
二人の親衛隊兵が、テルと頬髭の濃い若手兵士に向かって駆けていた。
ひとりは年季の入った革鎧と脚絆を身につけたいかにもベテランの兵士、もうひとりは布鎧から見える手足に獣の爪跡が残る狩人出身らしい兵士だ。
彼らはアリ型装甲服やマスケット銃をあえて捨て、山の中でも戦える鉈と斧を手にここまでやってきたのだ。目は狂気に染まり、全身が汗みずく、まるで獣のような唸りをあげながら武器を手に襲い来る。
「ようやく見つけたぞ、貴様らだ。貴様らがこの馬鹿げた反乱の中心だな!」
「俺が掴んだ栄光をっ、緋色革命軍が示す正義と法をどうして軽んじる?」
親衛隊兵の言葉に、テルは爆笑した。
頬髭の濃い若手兵士は、静かに槍を構えた。
「ヒヒッ笑わせるなヨ、悪党ガ。お前達はただの侵略者ダ」
「ここはマラヤディヴァ国ユーツ領。ここで生きる民草は、誰も貴方たちの支配など望んでいない。そもそも貴方たちは我々の同胞ですらない」
テルと若兵士たちの言葉は、厳重な罠による重圧で、導火線のついた彼らのストレスを爆発させるに充分だった。
「馬鹿め馬鹿め馬鹿なコトを、我々だけが人間だ。貴様らは人間ではない虫けらだ。そんなクズが、我々の正義に泥を塗るんじゃない!」
「俺は正義の緋色革命軍。マラヤディヴァ人などと同じにするな。貴様達は罪深きゴミとしての分を忘れるな。俺は革命家になったんだぁああっ」
親衛隊兵二人が振るう感情任せの鉈も斧もろくに腰が入って折らず、あさっての空間を切るだけだった。
彼らにはテルたちの場所を突き止めるだけの嗅覚があり、罠をくぐり抜けるだけの冷静さも、自らの姿を隠蔽して進む技能を有していた。
しかし、彼らはその才覚のすべてを人を不幸にし、自らを不幸にするためにしか使えなかった。
「イヤイヤ、お前たちの悪意はたいしたもんダ。だがナ、ここにはオレ達がいる」
テルは思う。自分は友に恵まれたと。
もしもルンダール遺跡でクロードと出会えなければ、己もまたこのベテラン兵のように憤怒に呑まれたまま、虚しく生を終えていたのかもしれない。
「どうして、奪うことしか考えない。自分を、自分の国を変えようとしないんですか?」
若兵士は嘆く。きっと彼は答えを知っている。
嘘っぱちの理想に抱きつく方が楽だからだ。でたらめな妄執を訴えて人を騙す方が労がないからだ。
マルグリットがオットー・アルテアンの説得を受けて反旗を翻すまで、胸の中でおかしいと叫びながら、彼自身も怠惰に流されるままだった。
「「オレ/ぼくたちは負けない」」
まっとうに生きるということは、真面目に国を変えようと歩むということは、彼らのような馬鹿騒ぎをするよりも、ずっと苦しくて痛いのだから。
それでも生きるということは、それでも変えるということは、その真なる喜びと結果はただ真剣に歩んだ先にしか無いのだから。
「ずっと報われない戦いを続けてきタ。手のひらからどれほど取りこぼしたか、それでもオレには得タものがある。取り戻しタものがある。なア、お前ハ、そンな嘘っぱちの正義で満足カ?」
テルのアッパーカットが、ベテラン兵の顎をかちあげる。
「やり直すのに、遅すぎることはないんです」
若兵士が槍の石突きで、狩人の腹を深く殴りつける。
山中に入り込んだ最後の親衛隊兵が、制圧された。
「馬鹿め。これで終わったと思うなよ。炭鉱町エグネの要塞には、まだ我々の本隊がいるんだ」
「ああ、そっちはオレ達の中で一等"特別"な"バカ"が向かったヨ」
「ええ。じきに決着します」
親衛隊兵が全員捕縛されたことで、山は静けさを取り戻した。
だからこそ、炭鉱町エグネから伝わってくる、地を揺らす音がストレートに届いた。
「爆音だと? どこに大砲など隠していた!?」
「マ、アレはクロオドでなきゃ考えつかンわナ」
「マルグリット様でなければ、誰にもできません」
クロードの秘策が、ここに開帳される――。
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