第218話(3-3)出納長と主席監察官と最高の御馳走

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 ルクレ領北部の交易都市バラーナで、大規模な武装蜂起が発生した。

 領役所で連絡を受けたアンセルは、ただちに領軍を派遣しようとして――果たせなかった。


「あはははっ。元レジスタンスを除けば、八割の兵士が動員を拒否ですか。こりゃあ圧力がかかってやすねえ」

「笑うなイェスタ。出納長、暴徒たちの人数はおよそ一〇〇〇人。今動かせる兵は五〇〇がせいぜい。これでは数が足りませんな。巡回中の海軍に救援を要請しますか?」


 レーベンヒェルム領から派遣された、警察機構改革を主導する痩せぎすの男イェスタと、諜報活動を担当する巨漢ヴィゴが肩をすくめてアンセルを見た。


「それは最後の手段だよ。コンラード主席監察官から、先行するという連絡が入った。ぼくは現地で彼と合流する。おそらく標的は罠にかかった。後方指揮はイェスタが執って、ヴィゴは本来の任務を果たして欲しい」

「了解です。しっかし、誰でも彼でも仲間に加えるリーダーの悪癖には困ったものでやすねえ」

押忍おす。イェスタよ、お前はブーメランを自分の頭にぶつける趣味でもあるのか?」

「なんですと!?」


 仲良く取っ組み合いを始めたイェスタとヴィゴを放置して、アンセルは単身バラーナへと向かった。

 しかし、彼が現場に到着した時、戦闘は早くも終わろうとしていた。


「撃てぇえっ」


 民衆が遠巻きに見守る中、コンラードの指示に従って、物陰に隠れた領兵たちが暴徒へ向けて威嚇いかく射撃を加える。

 彼が率いていた銃兵は、どうやらわずか二〇人程度だった。

 しかし、コンラード隊が持つ武器は正式のレ式魔銃だ。武装集団が得た劣化模倣品デッドコピーのマスケット銃とは射程も速射性も段違いで、一〇〇〇人を越える暴徒たちは、路地裏の即席バリケードに閉じこもったまま、委縮いしゅくして狼狽ろうばいしていた。

 なるほど銃は剣や槍に比べれば、比較的短期間でずぶの素人さえ兵士に変えられるだろう。だが、個人の心根や覚悟までが急速に変化するわけではない。


「……時間だ」


 ゆえに――。

 忍び寄っていた八〇人の白兵部隊が鎮圧用の音響筒を投げつけ、スタンロッドを手に奇襲すると、足止めされていた暴徒たちは恐慌状態に陥った。八割がその場にひれ伏すか昏倒し、二割はカカシのようになぎ倒された。


「四方に配置した狙撃手で注意をひきつけた上で、綻びを見抜いて浸透戦術しんとうせんじゅつを仕掛ける。手慣れたものですね。コンラード・リングバリ主席監察官」

「やはり、わしの過去をご存知でしたか。出納長」


 アンセルとコンラードは、暴徒の中心で守られていた指導者らしき女性へ向かって歩き始めた。


「レーベンヒェルム領から見ればただの悪党でしょうが、わしは先代に、トビアス・ルクレ侯爵に恩があった。出納長はすでにお気づきでしょうが、ルクレ領でものを言うのは徹底して家柄です。平民に居場所などない。しかし、侯爵は何の後ろ盾もないわしを騎士に取り立ててくださった」

「気持ちは、わかります」


 言いたいことは山ほどあるが、アンセルもまたクロードに感謝しているのだ。


「だからマクシミリアン・ローグの甘言にのって、あやつと共にレーベンヒェルム領を引き裂こうとした。今から思えば、わしは貴方達に恐怖したのでしょう。その結果が、楽園使徒アパスルによる簒奪さんだつだ。わしは、戦いを始めるまで真の敵、忌むべき国賊が誰なのかということにすら気づいていなかった」

「それは……」


 話が核心に迫ろうとした時、二人は捕らわれた女性の元へ辿り着いた。

 縛られているのは、家紋が入ったプレートメイルに身を包んだ年若い女性騎士だった。


「せ、せんせいっ……?」

「よりにもよって扇動者はお前か。ミカエラ、この阿呆が」

「くっ、虜囚りょしゅうの辱めは受けない。殺せ!」


 ミカエラという女性は、どうやらコンラードの知り合いだったらしい。彼の部下たちも、痛ましそうに視線をそらしている。


(今です。辺境伯様ツッコミやく、出番ですよー。っていないのか、この肝心な時に。ぼくが口を挟むの? この気まずい雰囲気で? あーもう、ツッコミは辺境伯様の義務でしょうが、おーい)


 もしもクロードが聞いた日には、怒髪天を衝くだろう暴言を内心呟いていたアンセルだが、ミカエラの続く一言で事態は急変した。


「私の住む村で、そしてこのバラーナで子供がさらわれた。また・・お前が手引きしたのだろう。この”人買い”コンラード!」


 ミカエラの甲高い声は、町に響き渡った。

 アンセルは、彼女の言葉を決して放置するわけにはいかなかった。


「それは違う!」


 アンセルが叫ぶと、ミカエラは真っ赤になって食ってかかった。


「いったいなにが違うというんだ。楽園使徒アパスルがルクレ領の子供たちをさらい、マクシミリアンに売った。その悪党は、そんないたいけな子供を軍で酷使したのだぞ!」

「なぜならコンラードさんは、さらわれた子供たちを保護・・しただけだからだ」


 偽姫将軍の乱において、姫将セイと騎士コンラードは熾烈しれつ塹壕ざんごう戦を演じた。

 激闘の末に、セイ率いる領軍は、反乱軍司令部を陥落かんらくさせてコンラードを捕虜にした。

 その時、セイに向かって攻撃したのが、楽園使徒に売られた子供たちである。


「戦後に調査したところ、コンラードさんは戦地に連れてこられた少年少女達を司令部で保護していた。子供たちがレーベンヒェルム領軍に攻撃したのは、保護者を失って悲観したからだ」

「そんなの、きっとあんたたちのプロパガンダに決まっている。現にまた子供たちが行方不明になったじゃないか。センセイが闇商人とつるんでいるところを見たって、ヨニー・カルネウス男爵が仰ったんだ」


 ヨニー・カルネウス男爵は、ルクレ侯爵家とソーン侯爵家の血を引き、エステルとアネッテを殺害することで二領の覇権を狙うも、オズバルト一党に殺害された名門貴族ヨーラン・カルネウス伯爵の従弟である。


「一方の発言だけを信じるのは良くないな。さらわれた子供たちに聞いてみればいい。そして、我々が先日捜査したところ、前回の人身売買、そして今回の児童誘拐事件の主犯は――貴方ですね。ヨニー・カルネウス男爵?」

「人聞きの悪いことを言わないで欲しいね」


 用済みになった際、ミカエラたちを始末する為だろう。

 バラーナの町に潜んでいたカルネウス男爵と彼の二〇〇人近い私兵が、アンセルとコンラード、そしてミカエラを半包囲していた。


「残念ですよ。大切な同盟領から派遣された貴方が、こんなところで事故に遭うなんて。代表が釘を刺したでしょう? ルクレ領は我々の自由にする。レーベンヒェルム領は金だけ出せばよい。と、守らなかった貴方が悪いのです」


 私兵たちががしゃんと槍を構える。アンセルとミカエラを庇うように、コンラードが前に進み出た。


「よすんだ、カルネウス男爵。これ以上、家名に傷をつけるな」

「平民風情が小賢しい口を開くな。このガキは、緋色革命軍マラヤ・エカルラートの代表、ダヴィッド・リードホルムの弟なんだよ。そんな危険人物を排除するんだ、あの悪徳貴族だって喜ぶに決まっている!」


 ヨニー・カルネウス男爵は、醜悪な笑顔を浮かべた。

 おそらく彼の生活は、そういった黒々とした暗闘に塗りつぶされたものだったのだろう。

 だから、墨に塗りつぶされた視点でしか眼前の光景を見られない。


「カルネウス男爵、わからないのか。辺境伯はこの少年を出納長に任じた。もっとも重要な領の財政を任せ、文官たちの長に任じた。その上、武官の指揮権まで与えているのだ。その意味を――」

「クローディアス・レーベンヒェルムがマヌケということだろう。大丈夫だ。愚かな神輿はちゃんと我々が支えよう。あのアルフォンス・ラインマイヤーと同じように!」

「第六位級契約神器”光芒こうぼう”――起動!」


 舌戦を続けるコンラードとカルネウスの背後で、アンセルは自身の神器を喚びだして、空に向かって光の矢を放った。

 ギリギリまで殺傷力を抑えたものの、かの”血の湖ブラッディスライム”にさえ傷を負わせた砲撃は、カルネウス男爵の私兵の半数を轟音と共に吹き飛ばした。


「え……!?」

「ああ、もう出納長は。ここは見得をきるところでやすよ」

「押忍。そんなだから、参謀長にロマンのわからぬ男と呼ばれるのです」

「はぁ? ロマンがわからないのはヨアヒムだろう。訂正を要求する」


 そして、動員可能な兵五〇〇を率いたイェスタとヴィゴが、逆にカルネウス残党を包囲していた。


「こ、こんな……馬鹿な」

「辺境伯様は、それだけ出納長を信じておられるのだ」

「違います。あんの悪徳貴族くそリーダーがぼくとコンラード主席監察官に、またもブラック仕事を押し付けただけです」


 大事なところだけはちゃんと訂正して、アンセルはコンラードに親指を立てた。


「じゃあ、大掃除を始めましょうか」


 誘拐された子供たちは、カルネウス男爵の屋敷で無事発見された。

 ミカエラは、私はいったいなんだったのと困惑しているところをコンラードに叱られ、ルクレ領の下級貴族たちはこの一件を機に整理されることとなるが、それは、アンセルにとってもう重要なことではなかった。



 夕方、役所へ戻る馬車の中でアンセルはコンラードに尋ねた。


「コンラードさんは、なぜぼくたちを認めてくれたんです? 印象は良くなかったんでしょう?」

「戸惑いは今もある。辺境伯様がエステル姫の味方であることは疑わないが、あの方はあまりに急ぎ過ぎている」


 いずれ来る邪竜ファヴニルとの決戦を、コンラードたちは知らない。

 知っているのは、大同盟の中でも領の中心を担う一部の者だけだ。


「だが、旨かったのだよ。レーベンヒェルム領で食った飯は。旨い飯を食べて腹がいっぱいになると、わしが胸に抱いていた不安が馬鹿馬鹿しくなった。そんなものに拘るより、トビアス様の遺児であるエステル姫のために出来ることをせねばと腹をくくったのだ」

「おいしいご飯って、いいですよね」


 二人はにかっと笑った。

 忙しい一日だった。背中と腹がくっつきそうなほどに空腹だ。

 帰りはまたバラックで食べるのもいいだろう。


「おかえりなさい。アンセルおにいちゃん、コンラードおいちゃん。ソフィおねーさんとおにぎりつくったの、食べる?」

「もちろん!」

「ありがとうございます!」


 そうして役所に辿り着いたアンセルとコンラードは、姫君の笑顔と最高の御馳走に迎えられた。

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