第82話(2-40)武断派閥と文治派閥

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 エングホルム領への遠征において、クロード率いる義勇軍には、二つのチームが混在していた。

 ひとつは、元テロリスト集団”赤い導家士どうけし”と傭兵出身者で構成された、オーニータウン守備隊から選抜したチーム。

 ひとつは、元冒険者や役所軍事部門の担当者で構成された、領軍精鋭を結集したチーム。

 残念なことに、ふたつのグループの仲は、必ずしも良好とは言えなかった。

 オーニータウン守備隊の選抜者たちからすれば、敵首領の親玉であるダヴィッドの実弟、アンセルが遠征軍の幹部を務めていることに、納得がいかなかった。

 また領軍の冒険者や職員からすれば、暴れまわった元テロリストや新参者の傭兵が何を大きな顔をしているのかと、心中穏やかではなかった。

 これは、遠征軍だけのことでなく、レーベンヒェルム領を占める勢力均衡パワーバランスの縮図とも言えた。


 領軍総司令官セイと補佐アリスを神輿みこしに担ぐ、比較的新しい軍事部門参加者を中心とする武断派閥。

 辺境伯付女執事ソフィの旧友である、エリック、ブリギッタ、アンセルたち役所幹部と、古参の冒険者、古株の職員たちを中心とする文治派閥。

 領袖の意向を無視して成立した両派閥の間には、結成当初から微妙な溝ができており、クロードも薄々感づいていた。


「ぼっちの僕に、そういうの求められても困るんだけどっ」


 そんな風に内心泣きながらも、クロードは領内の融和を図るべく努力していた。

 ファヴニルが嗤いながら糸を引く緋色革命軍マラヤ・エカルラートとの戦いを前に、内部抗争にかまけている余裕などなかったからである。

 クロードは、エングホルム領へ遠征する義勇兵団を組織する際に、敢えて両者を組み込んだ。

 商業都市ティノー解放作戦において、作戦指揮官に参謀長のヨアヒムを充てたのも、彼がソフィの友人でありながらセイを信奉し、武断派と文治派の双方に強い影響力をもっていたことを見越してのことだった。

 クロードなりに、両派閥に心を砕いて苦心の末に編み出されたこの人事は、エングホルム領での実戦を経て、誰一人予想もしなかった化学反応を引き起こすことになる。



 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 木枯の月(一一月)四日。

 開始時刻となる日没に向けて、商業都市ティノー解放作戦の準備が始まった。

 作戦目標は、奴隷売買の会場として使われている神殿と、緋色革命軍駐屯地として接収された元役場の制圧だ。

 クロードは同行した兵士五〇人のうち、二〇人を神殿攻略に当て、三〇人を町中に潜ませた。

 その上で、敢えて両チーム出身者を混在させるように指示し、ヨアヒムもまた彼の意を汲んで作戦を立案した。

 神殿を担当する指揮官は、クロードとヨアヒム。役場周辺の市街地を担当する指揮官は、アンセルとキジーだ。

 奴隷解放部隊が物陰を利用して包囲網を築く中、アンセルは町はずれの森に近い小高い丘に打ち捨てられた廃屋に、臨時の拠点を作り始めた。

 そして、キジーはレ式魔銃を背負って、部下たちと共に偵察に出た。

 緋色革命軍制圧下の街は閑散としており、人影はまばらだった。

 キジーは、市街戦で使う仕掛けや罠を施しながら地図を片手に探索し、偶然にもその理由を知ることになった。


「我々がお前たちを腐敗した貴族の魔の手から守ってやっているんだ。ゆえにお前たちもまた、我々と共に崇高なる革命を成就せねばならない。お前たちが生み出す糧が、明日の革命へと繋がるのだ!」


 街の住人達は、老いも若きも揃って緋色革命軍によって郊外にある農園へと連行されて、ろくな道具も与えられずに鞭打たれながら働いていた。

 キジーが草むらに隠れて見守る中、住民たちは腫れあがった腕で折れた棒きれや割れたスコップをふり、血まみれの手で石を掘り出して、土を耕しながら種を植えてゆく。


「あいつら、めちゃくちゃだ」


 食糧確保の重要性は、オーニータウンで日干しになっていたキジーも重々身にしみている。

 しかし、緋色革命軍の暴挙がつくりあげた悲愴な光景は、彼の目を覆うばかりのものだった。


「クローディアス・レーベンヒェルムが、財力にまかせて新型農園を作った時は、なんて無駄なことを……、って思っていたけれど」


 セイがクロードを高く評価する理由の一端に、キジーはようやく触れた気がした。

 食糧生産力の向上、寺子屋の開設、交通網の整備、そして、レ式魔銃の開発。

 クロードが打ったすべての手段が、富国強兵という一本の線で結ばれていたからだ。


「あのコトリアソビは、どこまで先を見据えていたんだ――」


 住民たちの安否が気になったものの、いつまでも同じ場所に潜んでいるわけにもいかず、キジーは農園を後にした。

 店舗はほとんどが閉まっていたものの、病院だけは開いていて、思わず窓から気配を伺ったことを、キジーはすぐさま後悔した。

 病院で分厚い医学書を開き、医師を担当しているのが、年端もいかない子供だったからである。

 怪我人を泣きながら手当てする子供を、監督役らしい緋色革命軍の兵士が殴りつけつけていた。


「何を泣いている。それでも誇りある革命軍の一員かっ」

「でも、ぼくはまだこどもで、よくわからない……」

「大人は、けがらわしい反革命思想や宗教幻想に溺れている。純真な子どもだけが、とうとい革命の使徒たる資格を有するのだ。それとも、貴様の父母を殺されたいか?」

「ごめんなさいっ」


 キジーは足早にその場を後にして、声に出さずに呻きをあげた。


「っっっ。こんな、こんな無道が通るものかっ!?」


 キジーたちは、担当地域の偵察を終えて、アンセルたちが待つ小高い丘にある仮陣地へと戻った。

 他の義勇兵たちの報告も似たり寄ったりで、一般的な街の住民たちは、食糧増産のための農作業か、武器の整備に駆り出されているらしい。

 日没は近く、作戦を確認した隊員たちは再び街へと散ってゆく。

 キジーは出発する前に、数珠飾りが巻きつくクロスボウの形をした、第六位級契約神器ルーンボウを提げたアンセルに声をかけた。


「アンセルさん、ボクは貴方が、そして、クローディアス・レーベンヒェルムが嫌いです」


 キジーの言葉に、アンセルはそうかいと頷いた。


「きっと鏡映しなんですよ。

 辺境伯は投資と開発で食糧を増産して、緋色革命軍は人間をすりつぶして畑を拓く。

 辺境伯はヴァン神教と協力して寺子屋を開き、緋色革命軍は子供を暴力で洗脳する。

 辺境伯は大学のお偉いさんや鍛冶屋の親方たちと銃を作って、緋色革命軍はよくわからない異世界の兵器を振り回す。

 やり方こそ異なっても、ボクにとってはどちらも理解できない手段です」


 キジーの挑発に、アンセルは血走った目を光らせた。


「辺境伯様は成果をあげている。餓死者はいなくなって、文字を読み書きできる人や四則計算ができる人が増えた。戦う力がなければ、大切なものは守れない」

「結果がすべてだなんて、そんな理屈は認めたくありません。正しい思想と理念こそが、この世界を導くんです」

「理念だの思想だのが正当なら、どんな地獄も許容するのか? その正しさとやらは、いったい誰が保証するんだ? 兄貴が、ダヴィッド・リードホルムが引き起こしたこの惨劇は、いったい誰が背負うんだ?」


 アンセルの鬼気迫る眼光に、キジーは一瞬たじろいで、ほぅと息を吐いた。


「ええ。ボクも緋色革命軍は許せない。だから、アンセルさん、貴方達は証明してください。結果だけでなく、確固たる意志として――。ボクたちと共に、レーベンヒェルム領を、今苦しんでいる人々を救うのだと示してください。鏡を見たらどうですか? アンセルさんもコトリアソビさんも、まるで今から処刑台に向かうかのような顔色ですよ。貴方達はボクたちをどこへ連れていくつもりなんですか?」


 キジーの言葉に、アンセルは憑き物が落ちたかのように、真っ白な顔で立ち尽くしていた。


「先に向かいます。必ずこの街の人々を助け出しましょう」


 キジーは振り返らずに、持ち場へと赴いた。彼が目指すのは、緋色革命軍が占拠した町役場だ。


「ボクは変わったんだろう。領都レーフォンで敗れて、オーニータウンでセイ様に救われて、借り物の理念でも思想でもなく、ボク自身の意志でこの戦場に立っている」


 役場の食堂では、酔っ払った緋色革命軍の兵士がわめき散らしていた。

 乱暴者の兵士は、ぐずる赤子を抱いた母親に向かって、割った酒瓶を振り上げた。


「くそうるさいぞっ。忌々しい赤子なんざ、犬にでもくわしちまえ」

「アンタたちはきっと、ボクが間違い続けた果てに待つ、イフの未来だ」


 キジーが発砲するのと、開戦を告げるラッパは、果たしてどちらが早かったか。

 窓を貫いた銃弾に、兵士は眉間を打ち抜かれて、頭をザクロのように弾けさせて逝った。


「だから、ボクたちがこの手で止める!」


 クロードが奴隷市場の門番を蹴り飛ばした時間とほぼ同時刻。

 義勇軍と緋色革命軍による、市街戦もまた、始まりの号砲を告げた。

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