第435話(5ー73)大いなる冬、世界終焉の始まり
435
ドゥーエが明かした凄惨な過去に、レーベンヒェルム領広間に集った大同盟の重鎮達は言葉を失った。
西部連邦人民共和国を
幼馴染みと逃亡して、第一位級契約神器ガングニールの保護を受けるも、研究所に残された
遂には研究所を発見したものの、かつての仲間が洗脳されていたために交戦、全員を殺害した……。
ドゥーエの体験は、あくまで並行世界の話だ。
けれど、クロード達はそう割り切ることが出来ないだろう。
なぜなら、ブロル・ハリアンがネオジェネシスを旗揚げしたのは、並行世界の破滅を知ったからで。
ファヴニルが、エカルド・ベックを
つまり、ドゥーエの過去は並行世界にとどまらず、間違いなく〝この世界〟にも、影響を与えている。
国主グスタフ・ユングヴィは、重々しく口を開いた。
「ドゥーエ君。君が、ご家族を殺めて研究所を焼いても、〝融合体〟開発実験は止まらなかったのだね?」
「はい。オレと嫁は、ヤツラを追いました。剣の師匠は協力してくれたゲスが、アネばあさん……ガングニールは隠れ家を出てどこかへ消えちまいました」
ドゥーエは幼馴染みと二人で泣いた夜を思い出す。
姉を斬り、弟妹達を葬り、母代わりであった人に見捨てられた。
もっとも、正しくはドゥーエと嫁が先にガングニールを捨てたのかも知れない。
二人は彼女の愛と信頼を振り切って、一方的に家を出たのだから。
「オレと嫁は姉弟の仇を討つために、研究所がやろうとしていた実験を止めるために、戦いを続けました」
彼も幼馴染みは、戦士としても破壊工作員としても、高い適正と実力を持っていた。
だから、気づかなかった。
どれだけ強くても、個人の手が届く範囲は限られていることに。
(オレ達は、他人を信じず、利用して利用されることに怯えて、組織に属する事を拒んだ)
たとえばクロードは優れた魔法使いだが、彼一人で鍬を振るい農地を耕して、領をまかなうことは出来るだろうか?
答えは、当然ながら――否だ。
クロードは、エリック達のような人々を動かし、領役所という統治システムを組み上げた。
だからこそ、レーベンヒェルム領は荒れ果てた大地から、ヴォルノー島有数の食糧生産拠点へと日々成長を遂げている。
(他にも、空中栽培やら温室栽培やらバイオマスやら色々やってるらしいが、オレにはよくわからん。わかるのは、クロードは人と人の間にいて、オレ達はそうじゃなかったってコトだ)
ドゥーエと幼馴染みは末妹を探して共和国を、世界を巡った。
どの地方も、どの国も、火種や
多くの人を死に追いやる独裁者が、特定思想の信奉者というだけで、偉人だと持てはやされた。
目に見えるほどのデタラメや違法行為の数々が、特定集団に都合が良いというだけで、高潔な正義とされた。
ドゥーエのいた世界は、少しずつ狂っていたのだろう。歪みは、やがて最悪の形で世を覆う。
彼と嫁は、行方不明になった末妹を見つけることが叶わず――。
「――〝雪が降った〟のは、姉貴達を弔ってから、何年か後のことでした」
西部連邦人民共和国でいくつかの研究所や基地が消滅しても、徹底した情報統制で表に出ることは無かった。
秋の暮れ、少し早い雪の訪れを訝しがる者は少なかった。
「尋常でない吹雪が共和国や隣国を襲い、際限なく広まったのに、最初はただの異常気象にされたんです。〝四奸六賊〟の中には、毛布や防寒具を他国から買い込んで、ボッタクリ価格で売りつけようとする輩までいた。欲しけりゃ譲歩しろってね。まったく、人間の生命を何だと思っていたのやら」
ドゥーエは軽口を叩いたが、笑う者はいなかった。
ニーズヘッグを討ち果たした今、大同盟は〝雪が降る〟という恐ろしさを、身に染みていた。
「わずか一冬。〝異常〟気象だったはずの吹雪は、オレ達の世界を余すところなく包み込んだ。春は二度と来ませんでした」
ドゥーエが研究所で見つけ出した資料によれば、〝四奸六賊〟は、〝融合体〟となった気象兵器を他国相手に作動させるつもりだったらしい。
けれど、シミュレーション上は完全成功するはずだった起動実験は、四機すべての暴走という結末を迎える。
(人殺しを謀ったあげくに、ダイナミック自殺、無理心中をやらかしたんだから救われない。おまけに、オレ達の世界にとどまらず、この技術が〝この世界〟のファヴニルに流れちまっている)
ドゥーエは、生唾を飲み込んだ。
もはや目をそらすことは出来ない。
元いた世界のように対応を誤れば、この世界もまた
ドゥーエは、広間の隅で侍女を介抱する、肉づきがいまいちな青年を見た。
(唯一の希望は、やはり、このお人好しの〝悪徳貴族〟か。こいつなら、竜すら殺せるかも知れない)
ドゥーエの視線に気づいたか、クロードは目つきの悪い三白眼を細めて、安心させるように微笑んでくれた。
なぜだろう。それだけでひどく安心できた。
『……褒めてあげますわ。この愚弟』
耳元で、懐かしい姉の声が聞こえた気がした。
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