第44話(2-2)侍女と女執事と、領主

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 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 霜雪の月の月(二月)二〇日夕刻。

 小鳥遊蔵人たかなしくろうどが、この世界に招かれておよそ半年。同じ部の先輩だったニーダル・ゲレーゲンハイトが残した手紙によって記憶を取り戻し、ファヴニルと休戦を結んでから三ヶ月あまりがたっている。

 領主業務を一段落させたクロードは、己の腕を磨くべく、侍女のレア、執事見習いのソフィと共に、ダンジョンへ潜っていた。

 洞窟を過ぎて、人工物めいた広間を越えて、ランタンで照らされた狭い無機質な通路を慎重に進んでゆくと、くちばしがドリル状になった機械の鳥が三羽、弾丸を思わせる速度で接近してくる。


「前方からくり鳥が三羽、後方には標的のトロール。警戒しろっ」


 クロードは、皮鎧で覆ったもやしのように細い体躯を蹴り出して、正面から迎え撃った。

 彼の右手には、レアが鋳造ちゅうぞう魔術で作ってくれた刀が握られているが、左は無手だ。

 空いた左手で、クロードは次々と魔術文字ルーンを中空に刻み、小さな火花のつぶてを生み出して、中央の機械鳥に向けて撃ち放つ。

 人間の魔術師が世界を書き換える力、すなわち魔法力は、遺跡の怪物達と比較して貧弱そのものだ。火花が命中したところで、からくり鳥からすれば、皮膚を針で刺された程度のことだろう。

 真ん中を飛ぶ機械鳥の装甲は火花を弾いてコゲもせず、三羽はまっすぐに突進を続けている。弾いて弾いて弾いて……。もしも急所を寸分過たずに百回穿たれれば、どうなるか? からくり鳥は、魔力制御回路の詰まった頭部装甲に穴を焼き開けられ、溜め込んだ魔力を暴走させて、全身が火達磨ひだるまになって爆発した。

 その直後、クロードが足先で刻んだ魔術文字によって、遺跡の床が隆起して、一陣の風とともに、からくり鳥三羽の周囲三〇cmセントメルカに、閉じた箱のような空間を作り上げる。

 密閉状態で、爆発の衝撃をまともに受けてただで済むはずもない。僚機の爆発に巻き込まれ、大破した残り二羽のからくり鳥もまた、遺跡の床や壁に激突して仲間のあとを追った。


「レアちゃん、行くよ!」

「はいっ、ソフィさん」


 赤いおかっぱの髪と黒く輝く瞳が愛らしい女執事ソフィが走りこみ、豊かな胸を鞠のように弾ませて、全長三メルカ近い巨大な薙刀を、後方から迫り来る巨大な毛むくじゃらの鬼、トロールへ向けて突き出した。


「オオオオオオオォッ」


 トロールもまた、黙ってはいない。唸り声を上げて、両手で持った金属製の棍棒を、華奢なソフィを叩き潰さんと、力いっぱい振り下ろした。


「せいっ」


 薙刀の軌跡が変わる。刃は棍棒と噛み合って甲高い音を立てるも、ソフィは回転を利用して、器用に力を逃がし、背の石突を跳ね上げてトロールの毛に埋もれた鼻を強かに打ち据える。

 狭い通路だ。小回りの利かない薙刀のリーチは、必ずしも有利とはいえない。だが、それはトロールもまた同じ。巨大な体格と得物の棍棒が邪魔をして、ソフィが繰り出すけん制に縫いとめられる。

 もはや我慢ならんと、タックルで無理やりソフィを弾き飛ばそうと、毛むくじゃらの鬼がいきんだまさにその時、青い髪と赤い瞳の小柄な侍女、レアがタワシを顔に投げつけていた。たかがタワシ、されど堅いヤシの繊維が目に直撃すれば、その痛みは耐えがたい。


「コオオッ! ウオオオオオォッ」

「今だよっ」


 まるで水の中を魚が泳ぐように、クロードはソフィと、自然に前衛後衛を入れ替えて、手足を振り回して暴れるトロールの腕と脚に、魔法で生み出した八本の鎖を絡みつかせた。


「任せろ」


 クロードが薙いだ刀が、動きを封じられたトロールの首を切り裂いて、刎ねた。

 一呼吸、二呼吸、三呼吸。警戒を緩めずに息を整えて、懐紙で緑色の血糊をぬぐい、生命活動を停止したトロールの胸に置いた。


(南無仏)


 からくり鳥やトロールのようなモンスターは、レア曰く『古代文明の軍事プラント』である、遺跡が産みおとした『魂なき兵器』だ。狂った使命に従って、ただ人を襲うだけの脅威。……それでも、クロードは祈る。次は、人間と怪物ではない、別のカタチで出会いたい――と。


「冒険者ギルドの依頼完了! やったね、クロード様!」


 満面の笑みを浮かべて飛びついてきたソフィと、クロードはハイタッチを交わす。

 多くの冒険者が集うレーベンヒェルム領だが、トロール級の怪物と交戦可能なパーティはまだ少ない。

 今日、ここで討ち果たしたことにより、他の冒険者達の安全が確保され、また遺跡の探索が進むことだろう。


「この二ヶ月で領主様は、ずっと強くなられました」


 からくり鳥の残骸から、まだ利用できる部品を採取したレアが、戦闘では珍しい賞賛の言葉をかけてくれた。


(規格外の先輩達とは違う。僕に向いた戦闘様式スタイルは平凡な魔術師だ。だったら、これを極めてやるさ)


 同じ演劇部の仲間が聞いたら、即座に斬奸刀ツッコミようハリセンで斬りかかること請け合いな戯言を、脳裏に浮かべながら、クロードは三白眼を歪めて見苦しいドヤ顔をキメた。


「レアとソフィに、鍛えられたからな」


 この三ヶ月だけでも色んなことがあった。異世界からランディ、ガル、カオリ、マーニャ、リリスという別の来訪者があらわれて、彼らを出迎えたり、色んな料理をご馳走になって楽しい時間を過ごしたり、大人のオモチャを好意(悪意?)で手渡されてまたも評判が下がったり、この世界を去ってゆく彼らを見送ったり……。

 そんな経験を積んで、クロードは、またほんの少し、大人になったのだ。


「だからこのダンジョンで、この僕に精神的動揺によるミスは決してない! と思ってもらってかまわないッ」


 じゅるりと、天井で音が聞こえた気がした。


「領主様っ、上です」

「にげてっ」

「へ?」


 なにか、リ、という鈴虫に似た鳴き声を耳にした時には、クロードは頭上から落ちてきた青白く光る透明な大量の肉塊に、ブチッと潰されていた。


「なんでだー、もがもがっ」

「クロードくん、今、助けるよ」


 ソフィが慌てて、薙刀を手に駆けつけるが、クロードの姿はもう見えなくなっていた。

 多少経験を積んだクロードだが、スライムとは相性が悪いとしかいえない。遭遇するたびに、奇襲されるわ、丸呑みにされるわ、一度などは装備を溶かされて、救出されたときにはほぼ全裸という日まであった。

 『辺境伯様、そんなサービスシーン、いらねえんだが』とエリックに呆れられ、『誰もサービスなんてしていないッ』と半泣きになっていたことは、レアの記憶に新しい。


「こんな調子で、あのファヴニルに勝てるのでしょうか」


 それでも、とレアは胸中で思う。

 かつてあれほどに弱く、今なおこれほどに戦いに向いていないクロードが、ファヴニルと戦うと決めて、抗い続けている。――そんな、彼の覚悟、彼のあり方をこそ、尊いと。


(アリスさん、セイさん)


 レアは、新しい友人たちに思いを馳せる。


(どうか貴女たちも力を貸してください)


 結局、レアが撒いたムクロジの果皮とハスイモの葉を加工した界面活性剤でスライムの一部が溶かされ、ソフィが伸ばした薙刀の柄でフィッシングされて、クロードは救出された。幸い、今日の被害は半裸で済んだ。


「納得いかーん」


 ……ファヴニルを討つ日は、遠そうだった。

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