第二部

第二部/第一章 悪徳貴族の再起

第43話(第二部第一話)プロローグ/これまでと、これから

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 ミッドガルド大陸南部に、マラヤディヴァという国がある。 

 国名の由来となった海路要衝かいろようしょう、マラヤディヴァ半島と隣接するヴォルノー島を中心とする連邦国家であり、十賢家と呼ばれる一〇人の大貴族によって治められる、美しい自然と豊かな天然資源に恵まれた島国だ。


 復興暦一一〇五年/共和国暦九九九年。

 大貴族のひとり、レーベンヒェルム辺境伯家の当主が没すると、当時一六歳だった末子クローディアスは、邪竜ファヴニルと盟約を結び、親族を皆殺しにすることで後継者の座を射止めた。

 若き辺境伯は、己が支配を絶対的なものとするために、近隣の軍事独裁大国、西部連邦人民共和国の支援を受け入れ、悪逆非道の限りを尽くし始めた。

 彼は先祖代々、レーベンヒェルム家に仕えてきた騎士や、官僚、代官、商人を粛清しゅくせいし、共和国人に領の統治を代行させたのである。

 領最大の港である九竜港は、共和国に租借されて治外法権となり、他領へと続くトンネルもまた、共和国の悪質な工事で崩落して通行不能となった。

 孤立したレーベンヒェルム領で、領民は共和国企業の運営する大規模農場プランテーションや工場で奴隷のように酷使こくしされ、領地もまた過剰な密植や豊作祈願魔法の反作用、垂れ流される有害物質によって荒れ果てた。


 復興暦一一○九年/共和国暦一○○三年。

 簒奪さんだつから四年がたって、”悪徳貴族”という風評が不動のものとなった頃、愚かな新領主もようやく気がついたらしい。自分が、邪竜ファヴニルと西部連邦人民共和国にとって、都合の良い操り人形に過ぎないことに。

 いにしえの魔道知識を学んだクローディアスは、状況を打開すべく、『すべてを上手く収める異邦人を、己が手足として呼び出す』ために、古代遺跡ダンジョンの奥深くで、異世界人召喚の儀式を執り行った。

 だが、召喚は失敗に終わる。哀れなる傀儡クローディアスは、遂には盟友であったはずのファヴニルに愛想をつかされて、モンスターに貪り食われて死んだ。


 ここで、誰も想像していなかった異常事態きせきが起きる。

 クローディアス・レーベンヒェルムの命が消えたまさにその瞬間、異世界人、小鳥遊蔵人たかなしくろうどが召喚されたのである。

 運命か? 必然か? 異邦人の容貌は、クローディアス・レーベンヒェルムと酷似しており、ファヴニルは記憶を失っていた彼を、これ幸いと領主の影武者に仕立て上げることを決めた。

 愛くるしい天使のような顔で、悪魔にも似た愉悦に興じながら、新しい玩具オモチャとして、邪竜はクロードを選んだのだ。


『第三位級契約神器ファヴニル』


 邪竜と契約を交わすことで、新しい生贄オモチャは、この世界における標準的な魔術師のおよそ一〇万人分もの魔法力を得て、先代クローディアスと同様、与えられたチートに溺れ、レーベンヒェルム領を更なる悲劇におとしいれる……はず、だった。

 しかし、ファヴニルの予想は裏切られた。

 クロードは、ファヴニルの力に魅了されるどころか、忌むべきものと警戒した。

 そればかりか、実権を奪われたお飾りの領主にも関わらず、レーベンヒェルム領をファヴニルと西部連邦人民共和国から解放しようと、領地改革に取り組み始めたのだ。

 彼の挑戦は、容易なものではなかった。

 クロードが持つ異界の知識や価値観は、レーベンヒェルム領の民衆に受け入れられるものではなく、先代ほんものの悪評もあって、孤軍奮闘ぼっちを余儀なくされた。一挙一動に陰口を叩かれ、善意は悪意に歪められ、情熱は空回りするばかり。

 ファヴニルは嘲笑った。彼もじきに歪むだろう。もうちょっとで踏み外すだろう。これで狂わないはずがない。

 なぜなら、クロードは、戦士としての恵まれた肉体もなく、自力で魔法を使えることにさえ気づいていなかったからだ。

 彼にあったものは、人間としての良心と誇り。――誰もが持ち、容易く失われる、ごく当たり前の信念だけ。

 クロードは、ただそれだけを胸に秘めて、一歩また一歩とレーベンヒェルム領を変えてゆく。

 共和国企業をクビにされた怪我人や、荒くれ者の冒険者を雇って、農地を耕し、市場を開き、役所を再建した。

 一方のファヴニルは、「赤い導家士どうけし」というテロリスト集団を招きいれ、嫌がらせにクロードの魔力を制限し、彼が作った農園や市場を焼き払い、役所を半壊させた。

 それでもクロードは諦めず、テロリストから領民を守ろうと、自ら鎧を身につけ、刀を手に戦った。

 多くの領民が彼を憎んでいた。多くの領民が彼を呪っていた。……それでも、レーベンヒェルム領を守ろうとする彼の熱意にほだされたのか、クロードに味方する領民達が立ち上がり、テロリスト達を打ち破った。

 ここに至って、ファヴニルも理解する。自分が見出した者は、玩具などではなく、己の首を狙う”対等な敵”であったことに。

 マラヤディヴァ国が招いた冒険者、ニーダル・ゲレーゲンハイトとの戦いで深い傷を負ったこともあり、ファヴニルはクロードに三年間の休戦を提案し、新しい契約を結んだ。


「千の昼を越えて、その日こそファヴニル、お前を討つ」

「千の夜を越えて、その日こそキミを全身全霊でアイしてあげる」

 

 約束の日に備え、”悪徳領主”クロードと、”邪竜”ファヴニルは、それぞれのやり方で戦いの準備を進めてゆく――。

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