第45話(2-3)姫将とマスコットと、陰謀と。

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 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年の年明け、クローディアス・レーベンヒェルム辺境伯は、邪竜ファヴニルに対抗する手段を得るため、古代遺跡への立ち入りを冒険者ギルドに解放し、「第三位級契約神器レギンを捜索せよ! 発見した者には望みの褒美を与える」との御布令おふれを出した。

 以来、マラヤディヴァ国中、否、世界中の冒険者が集まって、レーベンヒェルム領は前代未聞のお祭り騒ぎとなっていた。

 一般的には、冒険者の収入や社会的地位は低い。良くて傭兵未満、悪くて博徒以上の、命の危険が高すぎる低報酬アルバイターと見てそれほど間違いはない。

 また国によってはダンジョンは軍隊によって厳重に管理されて、民間人が入ることさえ許されない。

 こういった事情もあって、多くのロマンチストたちが一攫千金を狙い、あるいは名誉を求めて、レーベンヒェルム領の遺跡へと足を踏み入れた。

 人が集まれば金も集まる。お金が集まれば物も集まる。共和国の船に乗って、あるいは細い山道を通って、商人たちもまた稼ぎに集まってきた。犯罪者や娼婦も流入し、領都レーフォンはまるで闇鍋のように善悪定まらぬ人々でごったがえしている。


 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 若葉の月(三月)四日午前。

 領警察の隊長を任されたエリックは、連日連夜のパトロールでげっそりとやつれ果て、黒い髪はボサボサ、瞳からも力が消えていた。しばらくぶりに役所を訪ねた彼の足取りはひどく重く、おまけに執務室の扉を開けると、床から積まれた山盛りの書類だけが残されて、クロードの姿はどこにも見当たらない。


「あンの悪徳貴族、逃げやがったな。あんにゃろうっ」


 てっきり仕事を放棄したのだと思いきや、エリックの言葉に応じて、書類の束から季節はずれの怪談のように、腕がニョキッと伸びてきた。紙の隙間から覗く、クマが浮いて血走った目が正直怖い。


「ふふふ。エリック、聞こえていたら代わってくれ、デスクワークはもうたくさんだ……」


 先代ほんもののクローディアスが旧役所の職員を処刑した上に、テロリスト集団、赤い導家士どうけしの攻撃で甚大な被害を受けたことから、領運営の知識経験ノウハウはいまや完全に失われている。

 職員達は、手探りの状況で仕事を余儀なくされ、彼らを率いるクロードの仕事量もまた限界を超えていた。


「辺境伯様おつかれちゃーん。じゃ、見回り行ってくるぜ。今日もいい天気だなあ。おーれはまちのおまわりさんとぉ……」

「逃がさん、お前だけは。せっかく来たんだから、報告はちゃんとして、手伝え」


 荒い息を吐きながら、書類の山から四つん這いでにじりよってくるクロードは、どこから見ても立派な変質者のそれだった。


「おまわりさん、こっちです! 変態がいるぞーっ」

「何を言っているんだ? おまわりさんは、おまえだろう」

「もう嫌だこの領、誰か助けてくれェっ」


 加えて、レーベンヒェルム領の識字率は著しく低く、企画や報告や記録の書類を作れる職員も少なければ、確認して決裁できる責任者も更に少なかった。

 出納長のアンセル、交渉担当のブリギッタ、軍事担当のヨアヒム、治安担当のエリックは、年齢こそ若輩ながら、数少ない読み書き計算ができる人員ということで重宝され、役所立ち上げからの数ヶ月は目も回るほどに使い倒された。

 彼らの苦境は、ヴァン神教の神殿に委託した寺子屋で、職員たちが読み書き計算を学び終えるまで続くことになる。

 ――そして、冬が過ぎて春が来て、ようやく役所の仕事が正常に回り始めた頃、また新しい問題が発生していた。



 花咲の月(四月)二〇日午前。

 領主館では、どうしても抜けられない仕事があったレアとソフィを除く幹部達が集まって、会議を開いていた。

 アンセルは、切りそろえられたトウモロコシ色の髪の下、額に皺をよせて緑色の目を細め、そばかすの浮いた頬からひとすじ汗を流してこう告げた。


「地方代官からの税収が、まったく入ってきてません」


 出席した全員が声をそろえてつっこんだ。


「「なんでだっ!!」」


 ヨアヒムは椅子を蹴飛ばすと、朽葉色のソフトモヒカンを逆立てて、青錆色の目に怒りの炎を燃やし、アンセルに掴みかかった。


「ちょっ、経理はこの冬、昼寝でもしてたのかよ! 税務はそっちの担当っしょ?」

「はぁっ、夜寝るヒマもなかったよ! 領軍こそ山賊をいつまでのさばらせるつもりだっ、遊んでいるのか?」

「ヨアヒムっ、アンセルっ。二人とも、落ち着いて」


 クロードが慌てて仲裁に入って、両手を伸ばして二人を引き離す。

 このところレーベンヒェルム領では、赤い導家士どうけしを壊滅させて以降安定していた治安が、人口増加に伴って急激に悪化していた。

 冒険者にまぎれて、国外から山賊まで流入したらしく、あちこちで放火や詐欺、強盗事件が横行し、クロードたちは対策に追われていた。


「そうだぜ。問題を履き違えるなよ。地方代官の人選は、誰の担当だっけ?」


 エリックが血走った目で見回すと、山吹色の長い髪と灰色の瞳、健康的な魅力が愛らしい少女ブリギッタが、テヘと笑ってぺろっと舌を出した。  


「あ、アタシだ」

「「全員サボタージュとか、どんな基準で選んだのーっ!?」」


「共和国から徴収権を取り戻した交渉で、前任者のままでって飲まされたの。人手もノウハウも不足してるし、しょうがないでしょう?」


 ブリギッタの指摘したとおり、レーベンヒェルム領は人手不足の上に、税金徴収のやり方を知るものも少ない。従来の代官を続投させたのは、それほど悪い選択ではない、と思われたのだが。


「共和国に支払うワイロはあっても、おれたちに納める税金はないってか」

「横領するにしても、露骨過ぎるだろ……」

「領都レーフォンの税収は伸びています。が、インフラ整備の工事や冒険者用の施設準備で、費用もかさんでいます。このままでは、遠からず行き詰まります」


 レーベンヒェルム領の運営は、暗礁へ乗り上げようとしていた。大ピンチである。


「要は、地方代官の首だけを挿げ替えれば良いのだろう? 代官の下で働く職員まで全員解雇する必要は無い」


 そこで口を挟んだのが、今まで沈黙を守っていた、光の加減で銀に映える灰色髪と、葡萄えび色の瞳が印象的な少女、セイだった。


「領兵の調練と遺跡の探索だけでは、どうにも手持ち無沙汰だったところ。ここは、棟梁殿の第一の側室にして、未来の聖神皇帝たる私が一肌脱ごうじゃないか。保安官の権限と……、そうだな、オーニータウンの守備隊長の職をくれ。代官の怠業と、山賊問題、まとめて解決して見せよう」


 自信たっぷりなセイの申し出に、エリックたちは顔を突き合わせて、ヒソヒソと相談をはじめた。


(え、一番目ってレアちゃんじゃないの?)

(いや、一番目はソフィ姉だろう? クロードって、ボイン好きのムッツリスケベだし)

(側室って時点で1番目じゃないような)

(そもそも、クロード様って手を出してる気配が無い……)


 そんな問答を気にも留めず、クロードの頭上で丸くなっていたぬいぐるみじみた黄金色の獣、アリスが大きく伸びをした。


「むむ。セイちゃん、聞き捨てならないたぬ」


 次に飛び出したのは、まさかの爆弾発言だ。


「たぬは、お昼寝して、おやつを食べるのがお仕事たぬ♪ つまり、クロードの嫁とはたぬのことたぬ」


 クロードは無言でアリスを頭から降ろし、待っていたとばかりにセイがハリセンでぱぁん! とツッコミを入れた。

 二人が見逃せなかったのは、もちろん嫁云々の自称ではなく――。


「たぬ吉。お前、あんまり巫山戯ふざけたこと言ってると、世の奥様方にくびり殺されるぞ?」

「わかった。アリス殿、今の言葉、しっかりレア殿とソフィ殿に伝えておこう。今後の食事が楽しみだなー」


 ――言うまでも無く、世の奥方の苦労を軽視したことだった。


「ま、待つたぬ、冗談たぬ! ご飯抜きは嫌たぬ。ショウユとかミソとか、更に美味しくなったのに、おあずけなんて耐えられないたぬっ」


 ウェスタン建設を仲介したガートランド聖王国との交易は、食卓にある重大な変化をもたらしていた。

 今まで、塩と魚醤ぎょしょうしかなかった調味料に、醤油しょうゆ味噌みそが加わったのだ。大豆からの製造法は、ソフィの監督のもとで確立されつつあり、交易で得た数々の種もまた、レアが管理する硝子農園で試験栽培中だ。


「善は急げという。早速、今から発つとしよう。棟梁殿、そんな顔をするな。私が望んでやることだ」


 クロードは顔を伏せたものの、さらさらと辞令を書いて、保安官であることを示すバッジと一緒にセイに手渡した。


「セイ。レアが開発中の新兵器を、完成次第送るよ。アリス、お願いだ。セイを守ってくれ」

「しょうがないたぬ。任されたぬ」

「吉報を待っていて欲しい」


 セイは部屋に戻ると、こんなこともあろうかと事前に準備していた風呂敷を背負い、ホタルマルという太刀の複製品レプリカを腰に佩いて、アリスとともに馬に乗った。


「お昼寝の日々よ、さらばたぬ。セイちゃんは物好きたぬ」

「うん。外から見ていると、わかるのさ」


 表情を見るに、クロードも認識していたことだろうが、一連の事件は、別個のものではない。

 意図的に犯罪を誘発して領内を混乱させ、山賊という外敵を呼び込んでいるものがいる。

 後ろで糸を引いているのは共和国か、ファヴニルか。

 いずれにせよ、実行犯を放置は出来ない。


「水を混ぜて魚をり、火につけこんでおしこみはたらくのは、戦の常道だろうが……、我々とて案山子かかしではないのだ。売られた戦だ、相応の報いは受けてもらう」

「セイちゃん、よくわからないけど、魚をとるならまかせるたぬ。煮ても焼いても美味しいたぬよ」


 能天気に喝采を上げるアリスを、セイは思い切り抱きしめた。


「アリス殿、可愛い可愛い♪」

「たぬっ」


 二人が目指すは領都レーフォンの南、もっとも山賊の被害が大きいオーニータウン。


「さあ、幕を開こう。ここからは、私たちの舞台だ」

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