第347話(4-75)色惚け隊長 対 金鬼
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復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 紅森の月(一〇月)三一日。
メーレンブルク領領都メレンに近いラポズ峡谷を背に、アンドルー・チョーカー率いる大同盟軍一〇〇〇は、南北西の三方向から迫り来る
「南は川だ。渡河に時間がかかるから放っておけ。西のゴルト隊に射撃後、北から脱出して艦隊と合流する!」
戦場の中心には、東の渓谷から西の海へ流れる河川がある。一定の時間は稼ぐことができそうだった。
チョーカーが脱出路と見込んだ北方の山肌は傾斜が強く、木々も多い。ならば、狙うのは自然と敵大将たるゴルトがいる西方の敵本隊だ。
轟音が響き渡り、レ式魔銃と名付けられたライフルが火を噴いた。
しかし、銃弾は敵軍が展開した球状の魔法陣によって逸らされ、あるいは陣頭に立つパワードスーツ部隊によって無力化された。
「……聞きしに勝る手腕だな。こいつは厄介だ」
コンラード・リングバリは額に皺をよせ、苦み走った顔で呟いた。
過去に総司令官セイがゴルト・トイフェルとまみえたとき、かの金鬼が率いた部隊は初見の銃撃をものともしなかったという。
その逸話は大同盟にも広がっており、兵士達の顔に明らかな動揺が見えた。
けれど、恐怖が広がる前にアンドルー・チョーカーが叫んだ。
「皆、よく聞け。そして思い出せ。絶対なんてものはない。恐るべき怪物に成り果てた
チョーカーは腹の奥から声を響かせながら、彼自身も納得していた。
(たぶん、〝それ〟が決定的な差だ。アルフォンスもダヴィッドも、邪竜に恵んで貰った力を至上のものと考えた。小生も、ドクタービーストが創り出した焼き
ミーナが侍女や執事から聞きだした話だが、レーベンヒェルム領がまだ飢饉の危機に瀕していた頃、彼は新しい農園を作るもテロリストに焼かれたのだという。
しかし、コトリアソビは諦めず、より技術を磨いた農園を開いて、餓死者を出すことなく危機を乗り越えた。
(あいつは敵も味方もひっくるめて、最強だの最高だのを信じちゃいない。どんな技術も、どんな思想も、どんな制度も、いずれは過去のものとなる。だから、生きるために、今できることを模索し続けるのだ)
レ式魔銃ことライフル銃は、大同盟の強さを支える一因ではある。
魔法に頼らず、高い精度と射程を有する便利な装備だ。
逆に言えば、ただ便利な武器に過ぎない。
ゆえにチョーカーは、いまこの場の最善を尽くすため、ためらうことなく破棄することを選んだ。
「無用となった以上、銃はまとめて爆破しろ。敵に奪われては困るからな。諸君、忘れてはならない。国主を
チョーカーの命令に従って、大同盟の兵士達は己が銃を魔法の火で焼いた。
それは儀式じみた行為だったが、結果的に兵士達は腹をくくったようだった。
目から恐怖が消えて、闘志の熱が燃えている。
(そうだ。結局のところ、最後はひとだ。こいつらをここで死なせるわけにはいかん)
アンドルー・チョーカーは、自身の指揮が最強にして最高であると疑わない。
同時に、自分が大局的に見れば、行き当たりばったりであることも自覚している。
勝ち方なんてわからない。良い未来を掴む方法なんてわからない。
それでいいのだ。彼は、先頭に立って踏み出す者を、
「ミーナ殿、酒を頼む。魔術師部隊はありったけの強化魔術をかけろ。総員抜剣、突撃するぞ!」
羊人の少女が魔術の触媒となる葡萄酒を霧のように振りまき、魔術師達が身体能力を活性化させる魔法を重ねがけした。
「チョーカー、
緋色革命軍にが放つマスケット銃の弾丸を浴びながら、大同盟の兵士達は一丸となって北の稜線を目指した。
人間は、基本的に一方向しか見ることが叶わない。側面や背後からの攻撃を避け続けることは困難だ。包囲が完成してしまう前に、何としても突破しなければならなかった。
チョーカーの見込み通り、南方の緋色革命軍は遅れており、西の本隊もじりじりと距離を詰めてくるが、速度は怖れるほどではない。
「
この時、チョーカーの脳裏に僅かな不安がよぎった。
一見、上手く行っていると見せかけて策にはめることこそ、ゴルト・トイフェルが最も得意とするやり口だ。
見るからに練度がいまいちな、北の部隊に接敵するのはもうすぐ。こんなにも、簡単にいくものか――?
けれど、チョーカーの過大な自負心は、迷いを
「ふん。完全に袋の鼠に追い込んでは、我武者羅になった敵に逆襲される危険がある。一方向をわざと空けるのが兵法の常道か。ぬるいぞ、ゴルト・トイフェル。魔術師隊、魔杖隊、撃てぇ!」
大同盟部隊は、マスケット銃の斉射を矢避けの魔術でいなしながら、遂に北方の敵部隊を射程内に捉えた。
火球や氷柱といった魔術が、敵軍の最前衛を務めるアリ型装甲兵に的中する。
ドクター・ビーストの研究を横領して造られた
大同盟の魔法攻撃は薄紙を破るように装甲に穴を空けて、中から
「アンドルーっ。あの中に入っているのは、人間じゃない!」
チョーカーの傍らで酒をまいていたミーナが、もこもことした髪の毛を逆立てるようにして悲鳴をあげた。
「あれは土の人形、ゴーレムか。いかんっ」
もしも人間が、魔法に対して備えもなく攻撃を受ければ、手ひどい傷を負うだろう。
けれど、土塊の人形ならば、腕がもげようが腹に穴が空こうが、かけられた魔法がどうにかされない限り、動き続ける。
歩兵の中でただ一人熊にまたがった異相の大男がにやりと唇を歪めた。
「前へ進んでいるのはお前達だけじゃないってことだ。チョーカー、まさかこの程度じゃあ、ないだろう?」
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