第459話(5-97)魔剣の真実

459


 クロードはシュテンに対抗するため、彼が用いる顔なし竜システム・ニーズヘッグと同種の力、システム・ヘルヘイムが宿るムラマサを抜こうとした。

 しかし、かの妖刀には〝抜いた者を必ず不幸にする禁忌の剣〟という伝承があり、肉体の乗っ取ろうとする悪霊に襲われてしまう。

 クロードは負傷するも、己が体ごと焼く荒技で撃退に成功。白雪の降り積もる〝妖刀の世界〟を彷徨さまよっていた。

 

「いわゆる〝見るなの禁忌タブー〟というモチーフも、すべてが悲劇で終わるわけじゃない」


 狐女房や蛇女房といった異類婚姻譚いるいこんいんたんは、ごくごく稀にハッピーエンドに至る逸話が存在する。


「たとえば浦島太郎は乙姫おとひめと別れて地上に戻り、玉手箱を開けて老人になってしまうし、ギリシャ神話のパンドラも好奇心から疫病や災禍の詰まった箱を開けてしまうけれど……」


 人間は知りたがりだ。

 危険だと知りつつも、前へ進むことを諦められない。


「御伽草子の場合、浦島太郎が自らの時間を取り戻したことで神鶴へと変じ、神亀である乙姫と蓬莱山で再会する。パンドラが開けた箱の底にだって希望エルピスが残されていた」


 まあ『一介の漁師がいきなり神様になったら大変だ』とか、『人類の手元に希望なんてあるから泥沼へはまり込んで行く』とか、解釈はそれぞれだろうが……。


「ドゥーエさんを見る限り、ムラマサに住んでいる彼の姉弟が管理者だ。だったら彼女達の協力さえ得られれば、僕だって〝禁忌の刀〟を使えるんじゃないか?」


 クロードがそう呟いた瞬間、彼の視界を遮る吹雪がさっと晴れた。

 眼前には、丁寧に剪定せんていされた木々が立ち並び、池水が曲線を描いて流れている。

 どうやら幽霊姉弟のいる、日本庭園へと辿りついたらしい。


「僕だ、クロードだ。みんな、どこにいるんだ?」


 クロードが声をあげながら、庭園の真ん中にある家屋へと近づくと……。

 幽霊の子供達は、屋敷の縁側でおしくらまんじゅうのように抱き合いながら、ぶるぶると震えていた。


「ど、どうしたんだよ。皆、何か怖いことでもあったのかい?」


 クロードが声をかけると、一番目と呼ばれる姉弟の長女が、青ざめた顔で近づいてきた。

 黒褐色の二房に分けた髪と翡翠色の瞳、スレンダーな体型が印象的な女の子は、風呂敷包みから古ぼけた手鏡を取り出した。


「クロードさん。貴方ですわ」

「はい?」


 クロードは、想像もしなかった言葉に耳を疑った。


「みんな、貴方にショックを受けているのですわ!」

「またまた、僕のどこが怖いっていうのさ?」


 クロードは、差し出された手鏡を覗き込んだ。

 服はボロボロ、筋肉が焼けただれ、胸や腹は臓物が溢れて穴だらけ。手足も一部が失われ、顔に至ってはしゃれこうべが浮き出ている。

 鏡の中には、ホラー映画の主役もかくやという凄惨な姿があった。


「こわっ、超怖っ!」

「屋敷に上がってください。今のクロードさんは、幽霊だって裸足で逃げ出しますわよっ」


 ひどいオチがついたが……、クロードは囲炉裏いろりの側で、長女の治療を受け、妹の一人が縫ったという作務衣さむえに似た麻服に着替えることが出来た。


「クロードさん、〝四奸六賊しかんろくぞく〟に襲われたのですね。酷い怪我のように見えたのは、連中に呪われて穢れを受けたから。祓(はら)いましたから、もう大丈夫ですわ」


 一番目が差し出した手鏡を覗き込むと、いつもの仏頂面が映っていて、細い身体も元通り、失われたはずの手足も生えていた。

 やはり〝妖刀の世界〟は、現実ではないのだろう。


「助かったよ。それにしても、彼らはあんな姿になってまで、野望を諦めていないのか?」

「世界中の人々を殺してなお、カビのように妄執にしがみついている。まったく救いようのない悪党どもですわ」


 クロードは、一番目の言葉に頷いた。

 あの蟲達には、同情の余地がない。


「一番目さん。世話になっておいて何だけど、もう一つお願いがあるんだ。シュテンさんを止めるため、システム・ニーズヘッグに対抗する為に力を貸して欲しい」


 クロードが頭を下げると、幽霊姉弟の長女は翠玉のような瞳にじわりと涙をたたえ、ゆっくりと首を振った。


「ごめんなさい。貴方には、この妖刀を使わせるわけにはいきません」

「お願いだ。人間とネオジェネシス、大勢の生命がかかっている」


 クロードも簡単に説得できるとは思っていなかったが、諦められるはずもない。

 ドゥーエの姉貴分である少女は、視線をそらして屋敷の軒先へ向けた。外では変わらずに、白雪がしんしんと降り積もっている。


「クロードさんはもう、あの雪が何なのかわかっていますよね?」

「うん。並行世界で四奸六賊しかんろくぞくに殺された人たちの、悲しみとか無念の感情だろう」


 クロードの返答に、少女は黒褐色のツインテールを揺らして首を縦に振った。


「はい、システム・ヘルヘイム。そして元になったシステム・レーヴァテインとは、死者の祈りを力に変える術式なのですわ」


 一番目。システム・ヘルヘイムの代表アバターとなった幽霊姉弟の長女は、クロードに魔剣の真実を明かした。

 一千年の昔、世界を救った勇者は、終末戦争ラグナロクの再来に備えてひとつの保険を用意したのだという。

 

「〝神剣の勇者〟は〝黒衣の魔女〟から受け継いだ巨人族の秘術を器として、関わった人々の願いを集めたのですわ。魔法の根源となる力がオモイなら、積み重なった無垢なる祈りは、遥かな未来に必ずや世界を救うだろう、と」


 それこそが、システム・レーヴァテイン。悪しき契約神器や盟約者から、無力な人々を守る為の防衛機構、――だった。


「最古の魔剣。システム・レーヴァテインは、人類を終末から守りたいという穢れなき願い、後世に向けた祝福として始まりました。ですが一千年間、何ごともなく変わらない、なんてことがあると思いますか?」






――――――

おまけ

立場をひっくり返してみようのコーナー


一番目「クロードさん。グリタヘイズに名高い龍神、ファヴニル様の力を貸してくださいませ」

クロード「や め て!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る