第458話(5-96)妖刀に宿る悪意

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「なぜって、僕はお前達の正体を知っているし、ファヴニルに抗った二年間に比べれば、この程度の痛みなんてぬるいからだよ」


 クロードは血だるまとなった肉体にも頓着とんちゃくせず、自身に歯を立てる蟲達へ言ってのけた。

 実のところ、強がりとハッタリが半分だったが……。

 クロードはこれまでに得た情報から、ムラマサという〝禁忌の刀〟を利用する何かが、システム・ヘルヘイムに潜んでいると気付いていた。


「我々ハ、……我々はレーヴァテイン。〝神剣の勇者〟が遺した志を継ぎ、世界の平和と秩序を守る〝偉大なる存在〟である」


 ヤドカリとムカデが合わさったような見た目の虫達は、貝殻めいた胴体を振動させ、無数の足を擦り合わせながら発声する。

 少し聞き取りやすくなったのは、この詐欺師どもが営業モードに入ったからか?


「大嘘つきめ。ひとの身体をガジガジとかじりながら良く言うよ」

「真実だとも。コレハ、世界を救う為に仕方がない行為ダ。ソウ、お前は救世主として選ばれたのだ」


 クロードは、肉体を苛む傷の痛みと裏腹に、こみあげてくる笑いに耐えきれなかった。

 彼は思わず右手で口元を覆おうとして、指が二本食い尽くされていたことに気がついた。

 こんな真似をする外道どもを、どうして信頼することが出来るだろうか?


「ソウダ。器となった剣の呪い故に……」

みそぎであり、新たな生を得る為に……」


 蟲達も、どうにか軌道修正を図りたいのだろう。見えすいた嘘八百をがなり始めたが、付き合う義理はない。


「僕が正体を言ってやる。お前達は、レーヴァテインでもなければ、ムラマサでもない。システム・ヘルヘイムに埋め込まれた〝四奸六賊しかんろくぞく〟の遺志だ!」


 クロードの推測に、騒いでいた蟲たちは図星を突かれたのか、揃って押し黙った。

 並行世界の大罪人達は、自らの手で植物人間に変えた犠牲者と魔術兵器と一体化させて、システム・ヘルヘイムという〝融合体〟を作りあげようとした。

 実験は失敗に終わり、四体の融合体は操縦を振り切って暴走、明けない冬をもたらして世界滅亡の引き金となった――。

 だが、咎人達が仕込んだ悪意は、システム・ヘルヘイムに頑固なシミとなってこびりついていたのだろう。


「ワ、我々の正体などドウデモイイ。痛いだろうっ。苦しいダロウっ。悲鳴をあげよ、オマエの肉体をヨコセっ」


 蟲どもはクロードの肉と骨をえぐり、臓物にかじりつく。熱と目眩で意識が飛びそうになるが、それだけだ。


「僕は、ファヴニルと出会ってからの二年間、ずっと死にたかった。楽になりたかった。最初なんて、ぼっちもいいところだったんだぜ?」


 クロードは、自分の意識が今いる場所がどれだけ陰惨でも、〝現実ではない〟という一点で安堵していた。

 空気が美味しい。大声でヤッホーと叫びたい。ここはなんて過ごしやすいのだろう。


(〝たとえ生まれ変わっても、皇帝の家だけは二度と御免だ〟――そう嘆いたのは、大陸の南北朝時代、宋国の順帝だったっけ? 別の支配者に生殺与奪を握られた操り人形。独りぼっちの王や領主なんて、歴史上珍しくないんだろうけど)


 自分が経験する羽目になるのは、真っ平御免だ。

 美しいと思うもの、大事にしたいと願うものが、明日にでも踏み潰される。

 クロードは領主の影武者となることを選択して以来、呼吸すらままならない恐怖にずっと苛まれてきた。

 悪夢なら醒めれば終わるが、現実に終わりはないのだ。


「それでも、こんな僕に生命を賭けてくれた人たちがいた」


 自分を逃すために、ベナクレー丘で散った戦友達や、万人敵に戦いを挑んだアンドルー・チョーカー……。


「この瞬間も戦っている仲間がいる」


 エリックやブリギッタのように背中を守ってくれる者がいる。アンセルやヨアヒムのように別方面を受け持ってくれる者がいる。イヌヴェ、コンラード、マルグリット……、最初は敵として相対し、同じ夢を共有した者がいる。そして!


「レア、ソフィ、アリス、セイ。欲深いけど、罪深いけど、僕はあの子達が好きだ。抱きしめたい。キスしたい。それ以上のことだってやりたい」


 クロードは、我ながら最低な発言だと苦笑しながら、右手に一本だけ残った小指で魔術文字を綴った。


「だから、お前達のようなカビの生えた怨念は消えろ。僕はファヴニルをぶん殴るんだ!」


 クロードの攻撃意志が、二振りの日本刀を形作る。

 打刀と脇差は、自身の肉体に突きささり、雷と炎を発して蟲達を焼いた。

 衝撃のあまり目の前が白くなるが、痛みは生きている証だ。


「ぎいいいっ。自分ごと焼くなんて、オマエはナニヲ考えているっ」

「ヨセええっ。我々は何度ダッテ生き返るゾ」


 ぼやける視界の中で、蟲達は膨らんだ胴が裂け、無数の足が炭となるも、ゆっくりと再生してゆく。


「そっか。じゃあ、何度だって死ね」


 クロードは、食われ焼かれてしゃれこうべが剥き出しになった顔で、にこやかに微笑んだ。

 呪詛の化身たる蟲達から見ても、その光景は凄惨の一語に尽きたのだろう。

 クロードの左足首を噛みちぎるのと同時に、悲鳴をあげながらボロボロとこぼれ落ちた。


「ひいいっ。こ、コイツ、おっかない」

「駄目だ、もう間にアワナイ。アイツらが来タ」


 闇の中に、はらはらと白い雪が降る。

 白い結晶体は、泥を流す水のように、あるいは恨みを晴らす刃物のように、ヤドカリとムカデの怪物どもを串刺しにしてゆく。


「「ピギャアアア」」


 クロードは、雪の正体にうっすらと気がついた。

 この白い結晶体はきっと、並行世界で死んでいった人々の悲しみや無念だ。


「カ、カラダをヨコセ。ワレラを助けよ」

「ソ、ソウダ、我らを助けよ。オマエが正義の味方なら、そうしなければならないはずだっ」


 この醜悪な蟲達もまた、単に〝四奸六賊〟が残した遺志というだけでなく、罪深き魂そのものなのかも知れない。


「助かりたいのなら、お前達が殺めた犠牲者に許しを乞うといい」


 クロードは、白雪に潰されては再生を繰り返す、不死の咎人達へ背を向けた。

 あの蟲達は、いったいどれだけ虎の尾や竜の逆鱗を踏みにじってきたのだろう?

 システム・ヘルヘイムとは、世界滅亡を招いた大罪人たちが、自ら作り上げた墓穴、監獄なのかも知れない。


「ともかく〝抜いちゃいけない理由〟は突破できたのか? ムラマサを使うには、きっとドゥーエさんの姉弟達の許可が必要だ。日本庭園を探さないと……」


 クロードは蟲達の悲鳴に振り返ることなく、傷ついた左足をひきずりながら、降り積もる雪の中を歩き始めた。

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