第296話(4-25)転機

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 復興暦一一一一年/共和国暦一〇〇五年 涼風の月(九月)一九日の夕刻。

 一艘の揚陸艇と四艘の小型砲艦で構成された艦隊が、増水して荒れるオトライド川支流を遡り、南方からヘルバル砦攻防戦へと乱入した。

 砲艦の大型魔杖(マジックロッド)から発射される巨大火球は、半壊していた砦の壁や柵を焼き焦がし、敵も味方も関係なく動く者を吹き飛ばそうとする。

 クロードの判断は迅速だった。薄笑いを浮かべるエカルド・ベックを地面に叩きつけ、ラーシュに叫ぶ。


「ラーシュくん、僕をありったけ軽くしろ!」

「はいっ」


 悪徳貴族と呼ばれ、陰謀と戦乱の中で戦い続けてきた彼は頭脳以上に肌で理解していた。

 敵はもっとも弱く、重要で取り返しのつかない箇所を狙ってくるのだ。


(ローズマリーさんが危ない)


 クロードは羽毛のように軽くなった身体で跳躍し、上空からヘルバル砦を見下ろした。

 ローズマリーの部隊は、士気高揚と負傷者の治療を担ったために、結果として砦の入り口で孤立していた。

 ヨアヒムとチョーカー率いる主力部隊は慌ててとって返したものの、砲撃にさらされながら早く移動することは困難だった。

 アリスたち隠密部隊に至っては、砦北口の処刑場で民間人の救出中だ。間に合うはずもない。


「ファヴニルの奴にとっておきたかったんだけどな。鋳造――八竜、干渉場形成。鮮血兜鎧(ブラッドアーマー)全力稼働。これが僕の奥の手だ!」


 クロードの身体を大鎧が覆い、装甲に魔術文字と魔法陣が刻まれる。義腕からは血のように赤い液体がしみだして、背を除く肌を防護した。

 彼はオズバルト・ダールマンとの戦いを経て、ブラッドアーマーの反射機能を活かそうと思案した。

 しかし、クロードの技量では白兵戦中に物理攻撃を反射させるのは困難であり、ましてや元祖であるショーコすら失敗する、射撃戦中の魔法攻撃の反射など夢のまた夢だった。

 オズバルト戦はあくまでも、自分が理解した自身の攻撃だからこそ一部を反射できたのだ。


(逆に考えるんだ。敵の魔法攻撃を自分の得意な魔法攻撃に"変化"させれば、反射させることだってできる!)


 クロードの悪い予感は的中した。

 ローズマリーが掲げたユーツ家の旗が的になったのだろう。艦隊の砲撃は徐々に彼女を追い詰めるように着弾している。

 ヨアヒムが砲撃音にも負けぬ大声で叫んでいる。


「リーダー、いったい何をやってるんすか!?」

「仲間を守るのさ」


 クロードは微笑みすら浮かべて、ローズマリー隊を背に、直径三|m(メルカ)近い巨大火球の四連射へと割り込んだ。

 勝機は充分にあった。

 スライダーやフォークを打つことが叶わないなら、ストレートに狙いを絞ればいい。

 クロードは大鎧に仕込んだ術式で、火球の一部を反射しやすい無色の魔力に変化させ、四連続で叩き返す。火球は見事に跳ね返って、四艘の小型砲艦に直撃した。

 魔杖が折れて舷の外輪が吹き飛び、甲板が火だるまになって、緋色革命軍の兵士達が我先にと川へと飛び込んでゆく。揚陸艇の方は無事だから、敵の指揮官さえまともなら救助されることだろう。


「ジャックポット!」


 クロードは見事に成し遂げた。問題があったとすれば、計算違いがあったとすれば一つだけだろう。


『ラーシュくん、僕をありったけ軽くしろ!』


 そう、今の彼はラーシュの神器の力で吹けば飛ぶほど軽くなっていたのである。


「あ、ああっ!?」


 四連続で火球を反射したクロードは、玉突きでもされたかのようにオトライド川北部の本流へと吹っ飛ばされ、軽化の効果が切れてど真ん中に墜落した。


「た、たぬ。クロードぉおおっ!」


 アリスの叫びが、川面を渡るように木霊した。

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