第417話(5-55)姫将軍の真意

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 いったい何の為に戦っているのか――?

 オットーの問いかけにデルタは沈黙し、まるで自身に言い聞かせるように返答した。


「次代を継ぐネオジェネシスとして、人間では生き延びることが不可能な神焉戦争ラグナロクを乗りこえるために戦っている!」

「デルタ。そういう台詞は、弱いおいちゃんを倒してから言ってくれ。そして、レーベンヒェルム辺境伯は、お前たちのお兄さんを倒したぞ?」


 オットーのおどけるような煽りは、デルタへ覿面てきめんに効いたらしい。


「知ったような口をっ」


 デルタは怒髪天を衝くとばかりに激高し、巨大な影を鎌にまとわせて、大ぶりな一撃を繰り出してきた。

 それはまさしく、オットーが誘導した通りの挙動だった。


「伊達に年をとっちゃいないさ」


 ベテランの神官騎士は、若きネオジェネシスが不用意に踏み込んだ足元を爆破して、もう一撃とばかりに槌で追撃した。

 デルタは右腕がへし折れるも、まるで何事もなかったかのように鎌で切り返し、戦闘を続行する。


「うるさい。僕は、僕たちは、死なない。永遠を手に入れたことこそ、ネオジェネシスが、比類無き優れた存在である証だ」

「そうかい。確かに、ネオジェネシスは、ブロルのやつが契約した第一位級契約神器〝イドゥンの林檎〟の加護を受けている。だから……


・特性を無力化する不死殺しの手段が無ければ、殺せない。

・仮に殺されても、記憶データを複製体に上書きすれば復活する。


 とはいえ、ぼくは、これでも神々を信じる神官ってヤツでね。黄泉がえりが困難極まりないことを知っている。一度死んだネオジェネシスが復活した時、そいつは、元の〝そいつ〟と同じなのか? いったいどこの誰が証明できるんだい?」


 オットーの疑問に、デルタは応えられない。

 それは、死を迎えた兄ベータが抱き、解答を見いだせなかった、ネオジェネシスの根幹を揺るがす疑問だったが故に。


「ベータ兄さん、ひょっとして兄さんは……」


 そしてデルタは、オットーとの問答の中で気づいてしまう。

 兄のベータは、誰よりも家族思いだった。だからこそ、あとに続くネオジェネシスが安易に死を選ばぬよう、あえて自ら死を迎えたのではないか。


「ぼくはネオジェネシスの永遠を信じられない。だから、もう一度、聞こうか。お前達はいったい何の為に戦っているんだ?」


 オットーは、メイスを片手にここぞとばかりに攻勢に出る。

 しかし彼の疑問に答えたのは、守勢に回ったデルタではなかった。

 白髪をツインテールに結んだ少女が、まるで獣じみた嗅覚で地雷原を突破し、横合いから突っ込んできたのだ。


「アルテアンさん、弟をいじめないで。チャーリーが戦う理由はね、戦ったあとのご飯がおいしいからだよ」


 チャーリーは瞬く間に間合いを詰めると、蹴りの連打でデルタを支援し、オットーの首を落とそうと触腕を伸ばした。

 しかし、さらに後方から電光石火の速度で駆けつけた黒い虎が、間一髪で白い死神の手を弾き飛ばす。


「さっすがチャーリーちゃん、身体をいっぱい動かした後のご飯は最高たぬ。たぬたち、きっといい友達になれるたぬ」

「チャーリーとアリスちゃんはおともだち? えへへっ」


 アリスとチャーリーが駆けつけたことで、戦いは仕切り直しとなった。

 オットーは、大鎌を杖代わりに立ちすくむデルタを眺めつつ、肩をぐるぐる回しながらぼやいた。


「おいちゃんは、麦酒ビールが好きだなあ」

「パパはアルテアンさんのこと、酒癖の悪い生臭坊主なまぐさぼうずって言ってたよ」

「ブロルのヤツ、子供に何を教えてやがる!」


 姉は父の友人を、べーっと威嚇いかくすると、震える弟の手を取った。


「デルタ。皆、ちゃんと逃げたよ。いっしょに行こう」

「チャーリー姉さん。わかった、軍勢を立て直そう。僕たちは、決して死なないのだから!」


 チャーリーとデルタは、ウジに姿を変えて地中に飛び込み、何処かへと去っていった。

 他のネオジェネシス兵も続々と後退を終えている。

 最後は薄氷を踏んだものの、大同盟は辛くも勝利を収めたらしい。

 オットーは、気怠げに煙管をふかすと、紫煙を横目に独白した。


「これで良いんでしょう、セイ司令? ネオジェネシスは簡単には死なない。だから、貴方の作戦は、チャーリーを、デルタを、そして〝万人敵ばんにんてき〟ゴルト・トイフェルを……、我が友ブロルの元から引き剥がし、留め置くことなのだから」


 そうすれば、辺境伯クローディアス・レーベンヒェルムが、いくつもの不可能を可能に変えてきた不屈の男が、人間としての死すら失った友のイカれた夢に――きっと引導を渡してくれるだろう。


「ああ、くそ。大同盟の煙草はうめえなあ」


 オットーは重い息を吐き出して、空へと消えゆく紫煙を寂しく見送った。

 

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