第261話(3-46)悪徳貴族と豊穣祭『試作農園展示』

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 クロードとセイは、祭りを満喫することにした。

 豊穣祭は、客足に負けじと屋台や出店が軒を連ねていたが、目玉となるのはレーベンヒェルム領行政府や各同盟領による展示コーナーだろう。

 クロードは学園祭のノリで適当に署名サインしたのだが、役所内のレア、ソフィ、アリスのファンクラブが燃え上がって、万博のパピリオンを連想させる大規模なものと化していた。


「ここから一番近いのは、試作農園”セミラミスの庭園”の展示だね。そういえば、珍しく領軍が大人しかったけど、何かしたの?」

「ああ、騒いでいた連中は殴り飛ばしてやった。なんでもかんでも役所と張り合ってどうするつもりだ。嘆かわしい」


 セイの話によれば、実は領軍も、イヌヴェを筆頭に大規模イベントを企画したらしい。

 が、また派閥闘争をやらかすつもりかと直々に鉄拳制裁されて、泣く泣く参加を諦めたのだという。


「真面目に参加を望んでいた兵卒は、契魔研究所の方に出向させた。ソフィ殿とヨアヒムから真剣に取り組んでいたと連絡があったよ」

「へえ、そいつは楽しみだ。と、ここか」


 試作農園の職員たちが披露した大テントの中では、レアによって水稲の作付けに関する発表が行われていた。


「――このように、水稲は干ばつや雑草に強く、陸稲に比べて二倍以上の収穫が見込めます。現在、領主さまは領内の治水を劇的に進められ、灌漑設備も充実しつつあります。皆様も是非、水田の導入に御協力をお願いします」


 レアの解説に聴衆はどよめき、セイもまた興味深そうに頷いた。


「そうか、こちらでも出来るのか。私が元いた世界では水田が標準だった。何か、これまで出来なかった事情があるのか?」

「水田も耕作できるまでに時間がかかるんだ。特にうちの領は荒れていたからね」


 だいたい先代ほんもののクローディアス・レーベンヒェルムが悪い。と言って差し支えなかった。

 レアの解説の通り、水稲は多くの面で陸稲に勝るが、安定した水の供給が不可欠となる。

 クロードが領主に成り変わった当初のレーベンヒェルム領は、共和国へ輸出する品種のみを追い求めた極端な焼畑農業を行っていて、領は完全な荒野と成り果てていた。

 聖王国の指導を受けながら、堤防の造成や川の瀬替え、泥で埋まった河床の掘削などの治水工事に努めた結果、ようやく水稲へ転換する目星がついたのだ。


「あっちは、肥料の展示か。あの小さな塔のような細工はコンポストというのか? 肥溜めだけでは足りないのだな」

「それが基本だよ。生ゴミ、落ち葉を閉じ込めて熱で発酵を加速させる。ちょっとだけ範囲を広げただけさ」


 農業には水以外にも肥料が不可欠だ。

 この世界にも、牛馬糞や草木灰、果てはモンスターの死骸まで、様々な肥料が存在する。

 問題は地下資源が希少なため、化学肥料の製造が困難なことだ。

 レーベンヒェルム領の場合、ベナガラン要塞を改装した”セミラミスの庭園”という大規模魔道設備あればこそ、錬金術である程度の”化学的”な肥料を作成している。しかし、現状のやり方では他領まで供給を増やすのは困難だろう。

 クロードは問題解決のため、ヴァリン領の専門家、ニコラス・トーシュ大学教授の協力を得て、肥料の製造拡大に取り組んでいたのだ。


「いずれは工場級の設備を作って、バイオガスを動力源にゴーレムを動かしたいんだけどね」

「お、おう。なんだかよくわからないが、それはきっと民草の為になるのだろうな」


 さすがにセイにとって畑違いだったらしい。

 彼女が連想するバイオガスは、契魔研究所が作りだした臭気ガス爆弾だった。

 塹壕対策で用いたものの、風の変化で敵もろとも味方にもダメージを与える大変な失敗作だったのだ。


「領主さま、セイ様。こちらへ」


 解説が一段落したのだろう。目ざとく二人を見つけたレアが駆け寄って、タコノキの葉で包んだおにぎりと茶の入った竹筒を差し出す。


「おみやげに配っているんです。これは特別製です」


 レアがはにかむ。クロードとセイはその場で食べて、にっこりと笑みを浮かべた。

 香ばしいご飯の香りと目が覚めるほどにすっぱいプラムの梅干が、二人の口内を幸せにする。それはまさに特別な味だった。


「うまいっ」

「さすがレア殿」

「よかった」


 クロードとレアは、上機嫌でテントを出た。

 しかし、領主と姫将軍であることまではわからなかったものの、彼らの姿は他の客に目撃されていたのである。


「お嬢ちゃん、おれたちにも特別なやつちょうだいよっ」

「そうだそうだ。ひいきはいかん」

「ぼくもほしいっ」

「わ、わかりました。すぐに支度します」


 わざわざ言うまでも無いことだが、この時配られた一般的なおみやげは、うす塩味の杏を干したものだった。

 一方で、クロードとセイが食べたおにぎりは、彼らにとっては常識的な、昔ながらのガチガチのすっぱい梅干である。

 その特別製を他の客が食べればどうなるか――。


「「みず―――――っっ!!??」


 幸いなことに、彼らの悲鳴は祭りを楽しむ人ごみの中に埋もれて消えた。

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