第355話(4-83)ゴルト・トイフェル討伐作戦

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 クロード達大同盟が、転移魔法で移動を繰り返す標的の行方を突き止められたのは、もはや執念と言って良かった。

 ゴルト・トイフェルを討て――この作戦は、今やクロードの意志以上に、大同盟に必須のものとなっていた。

 まず視線を海外に向ければ、隙あらば介入してこようとする海外の脅威があった。

 次に国内に目を向ければ、緋色革命軍から救出した避難民達の心を慰撫いぶする必要があった。

 自分達の安全が保証されない。明日の生もわからないという閉塞感は、人々の心を蝕んでゆく。

 その終着点が、始まりのレーベンヒェルム領であり、緋色革命軍支配下のマラヤ半島だろう。

 アンドルー・チョーカーの死に激発された大同盟は、人々を守るため、相次ぐ敗戦にも心折れることなく、敵将ゴルト・トイフェルの影を追い続けた。

 そうして、大同盟は遂にユングヴィ領を南下中の緋色革命軍二〇〇〇を捕捉、討伐作戦が実行された。

 その一手目は、クロード、ソフィ、アリスの三人による殴り込みである。

 懐かしいユーツ領の炭鉱町エグネがある山を背に、雨季の大雨スコールがあがったばかりの街道をゆっくりと歩いて行く。


「足音だけで凄まじい。間近で見ると壮観だな」

「も、もの凄い殺気だね。クロードくん、手を離さないでね」

「たぬはぁ、こういう大喧嘩が大好きたぬ」


 クロードは、ソフィと共に全長五|m(メルカ)の黒虎となったアリスに跨がって、緋色革命軍の前に進み出た。

 黒い三白眼をいっぱいに広げ、猫背を伸ばし、腹の底からの大声で一喝する。


「クローディアス・レーベンヒェルムはここにいるぞ。冥府に墜ちたい者からかかってこい!」


 クロードとしては、敵軍が彼の威風を怖れて動きを止める、といった展開を望んでいた。

 しかし――。


「ハハハハッ。まっこと面白いぞ辺境伯! いざ打ち合わんっ」

「おねえさまっ、おねえさまっ、オネエサマアアアアアっ」


 大斧をひっさげた偉丈夫と、半狂乱になった紅毛の娘が乗った熊を先頭に、二〇〇〇の兵士達は、大地を揺るがしながら一斉にクロード目がけて突撃してきた。


「やったよ。クロードくん、作戦通り!」


 ソフィが右手で魔杖みずちを振り、左手でクロードの手を握る。

 セイから授かった、ゴルト隊を釣り出す策はここに成功した。


「納得いかないっ」

「たぬっ。クロードは可愛いから追っかけたいたぬ。猫さんと同じたぬう」


 アリスがややズレた反応をしたが、見かけ痩せぎすの陰気な青年と、歴戦の風格を帯びた戦士や狂乱する鬼女――。

 どちらが怖いかと言えば、問うまでもないだろう。

 そして、悪徳貴族クローディアス・レーベンヒェルムの名前だけで怖じ気付くような兵士は、もはや緋色革命軍ゴルト派には残っていなかった。

 緋色革命軍の誰もがゴルト・トイフェルの勝利を確信していた。不可解な巫女レベッカ・エングホルムの呪術によって、クロードは邪竜ファヴニルの力を十全に扱えない。ならば、偉大なる万人敵と神器頼りの悪徳貴族、どちらが強いかなんて火を見るより明らかだ。


「チョーカーの仇、討たせてもらうぞ。鋳造――雷切らいきり火車切かしゃぎり!」

「ハッ。失望したぞ辺境伯。仮にも首魁が無意味な突撃とはなっ」


 真っ先に肉薄したゴルトが振るう大斧を、クロードは左手の帯電した打ち刀でいなした。


「なんじゃ、と!?」

「こちらこそ失望させるな。セイが怖れ、チョーカーが命を賭した敵将が、この程度なのか?」


 クロードは間髪入れず、右手の炎を宿した脇差しでゴルトに切りつけた。リーチが足らず浅い傷をつけただけだが、鎧には火を意味する魔術文字が刻まれていた。

 猛将の身体を炎が包む。まるで御伽噺のワンシーンのように、ゴルトが熊から落下する。


「今だ! セイ」

「策は成った。全軍突撃、敵を打ち倒せっ」


 クロードが叫び、セイが応える。

 ユングヴィ領とユーツ領の領境に潜んでいた大同盟の兵士達が、緋色革命軍を包囲するように飛び出した。

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