第114話(2-68)波紋

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 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 木枯の月(一一月)一一日。

 帰順した民間人と共に撤退中だったレーベンヒェルム領軍およそ一〇〇人は、旧エングホルム領南部ベナクレーの丘で、緋色革命軍マラヤ・エカルラートの討伐部隊およそ一五〇〇人の追撃を受けて壊滅した。

 この戦いの結果は、共和国資本の報道機関、人民通報などによって喧伝されたのだがほどなくして続報が途絶えている。

 のちに両軍が公表した戦闘経過をまとめると、ベナクレー丘の戦いは、以下のように推移したとされる。


【06:00】クロード・コトリアソビ率いる義勇軍は、出納長アンセルを先行させて、都市国家シングと交渉、民間人を逃亡させようと試みるも、道半ばにしてレベッカ・エングホルムを総大将とする追撃部隊と会敵した。


【07:00】義勇軍の殿しんがりを務めた、元オーニータウン守備隊副長アリス・ヤツフサと、”空中庭園”監督官ソフィらの分隊が、ベナクレー丘にて緋色革命軍幹部を擁する中核部隊と交戦。混戦中にドクター・ビーストが戦死するも、上記二名を残して殿部隊は全滅した。


【07:00】同時刻、参謀長ヨアヒムがベナクレー丘ふもとの森で、積極的な防戦を展開する。義勇軍は、民間人の盾となって時間を稼ごうとするも、ローズマリー・ユーツ侯爵令嬢ら民間人の有志が逃亡を謝絶、協力を表明。義勇軍は緋色革命軍の参謀、アンドルー・チョーカーと、元ユーツ侯爵家騎士マクシミリアン・ローグらが指揮する緋色革命軍の騎馬部隊と交戦した。


【10:00】ベナクレー丘の戦いで、義勇軍は7割以上の戦死行方不明者を出し、民間人も五〇〇人以上が殺害されたものの、戦域を離脱。緋色革命軍もまた半数近い戦死者を出して撤退を開始する。


【11:00】異変に気づいたレーベンヒェルム領軍総司令セイが、同盟を結んだ領主ヴァリン公爵と通信用水晶で会談して援軍を要請。ヴァリン領が救援艦隊を都市国家シング近郊の漁村ビズヒルに向けて出発させる。


【15:00】漁村ビズヒルで、民間人の逃亡助力と撤退部隊受け入れの采配を振っていた出納長アンセルが、ヴァリン領艦隊と接触。海兵を先導して、友軍の救援に向かう。生き残った義勇軍と民間人は漁村ビズヒルを目指して南下し、両者は進軍中に合流した。一方、撤退中の緋色革命軍は、無人となった各都市町村を再度占拠する。

 

【19:00】緋色革命軍、商業都市ティノーにて勝利宣言。不可解にも、『クローディアス・レーベンヒェルム辺境伯を討ち取った』と主張するが、数日後に辺境伯が領民の前に姿を現したことから、完全な誤報、もしくは動揺を狙った謀略とされる。義勇軍と民間人、漁村ビズヒルに到着。ヴァリン領艦隊によって保護される。


【04:00】一二日明朝。行方不明だったアリス・ヤツフサとソフィが帰還。義勇軍、漁村ビズヒルをヴァリン領に明け渡し、艦隊によってレーベンヒェルム領へと護送される。


 なお、公表された軍事レポートでは、義勇軍指導者であったはずのクロード・コトリアソビについての言及が両軍共に極めて少なく、実在を巡る後世の議論をいっそう過熱させることとなる。


 緋色革命軍は勝利こそしたものの、ベナクレーの丘で被った損害は大きかった。

 制圧した首都クランで、対グェンロック領の戦準備を進めていた司令官ゴルト・トイフェルは、盟友ドクター・ビーストの死を知って、人目もはばからず男泣きに泣いた。


「……良い。獣のおやじどのは、おいに酒をくれると言った。互いの望みが叶う時、酌み交わそうと約束した祝いの酒じゃ。ならばきっと、おやじどのは望みを果たしたのだろう。今度はおいの番よ。ミズキ、ダヴィッドに伝令を送るぞ。これより、おいは遊軍を率いてレーベンヒェルム領領都レーフォンを奇襲する、とな。お前もついてこい」


 長く伸ばした芥子色の髪から、ギラギラとした眼光を光らせ、牛のように雄大な体躯を震わせて立ちあがったゴルトの威風にあてられて、馬丁服を着た桃色髪の少女ミズキは一歩後ずさりした。


「ちょっと待ちなよ。グェンロック領はどうするのさ? 船は? レベッカなしに無策で突っ込んでも、辺境伯の魔法でやられちゃうんじゃ……」

「レベッカたちが持ち帰った情報によれば、辺境伯は瀕死で戦闘不能。ヴァリン領は艦隊はビズヒルに釘づけになっているから、移動は輸送船で十分。グェンロック領攻略はすでに引き継いである。こんなこともあろうかとすべて準備済みよ」

「ハハッ。ぜんぶ作戦通りなんだ……」


 ゴルト・トイフェルは、クローディアス・レーベンヒェルムをエングホルム領に誘導した上で、十五倍もの兵と優れた装備で迎え撃つという、必勝の策で葬ろうとした。

 そして、万が一しとめ損ねたとしても、辺境伯を葬るべく二の矢、三の矢をつがえていたのだ。

 しかし、彼の奇襲策は実現しなかった。前線でグェンロック領軍と対峙する”一の革命家”ダヴィッド・リードホルムが、ゴルトを呼びだしたからである。


「ダヴィッド様が、作戦失敗の責任をとるように、と」

「是非もなし」


 司令部のドアを叩き、命令を伝えた使者にゴルトは頷いた。


「ミズキ、お前は」

「兄貴に付いてくよ。大丈夫。自分の身くらい守れるから」


 ドクター・ビーストの死によって、緋色革命軍で保たれていた、勢力の均衡はもろくも崩れ去った。

 お飾りのトップに過ぎなかったダヴィッド・リードホルムは、露骨なまでに権力志向を露わにし、ゴルト・トイフェルから軍権を、レベッカ・エングホルムからは行政権を奪おうと画策する。

 しかしながら、ダヴィッドは、彼自身の権力に対する執着と反比例するように、軍を指揮する才覚も政治を取り仕切る才能も持っていなかった。

 ゴルトの失墜によって、外交や諜報、謀略を駆使してレーベンヒェルム領を翻弄した緋色革命軍の戦略手腕は鳴りをひそめ、レベッカが辛うじて食い止めていた行政の破たんは、堤防が決壊したかのように溢れだした。

 混迷を深める緋色革命軍に対し、レーベンヒェルム領側はどうであったかというと、こちらも支離滅裂しりめつれつなパニック状態にあった。

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