第51話(2-9)姫将と守備隊砦の勇士たち

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 復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 暖陽の月(五月)二六日正午。

 オーニータウン守備隊砦、丘陵に設えられた小屋の広間で昼食会が始まった。

 最初はトゲトゲしかった隊員たちも、クロードがアリスに振り回される姿を見て溜飲りゅういんを下げたのか、あるいは新兵器の御披露目による衝撃か、幾分穏やかなものとなっていた。

 レアとソフィが作ってくれたサンドイッチの入ったバスケットを、皆美味しそうに口いっぱいに頬張っている。

 アリス・ヤツフサは、クロードの膝上にもこもこした身体で寝そべり、ガンとして退こうとしなかった。


「仕事仕事と言い訳するのは不健康たぬ! クロードも、セイちゃんと一緒にお昼寝でもするたぬ」

「そういうわけにはいかないよ」

 

 昼食後の打ち合わせでは、サムエル率いる小隊の増員と、山賊捜索に差しさわりが出ないよう、守備隊員を交代で銃の練習に領都へ派遣することを決めてお開きとなった。


「棟梁殿、諸事は万端だ。恵葉の月(六月)中には決着させる。大船に乗ったつもりで領運営に専念してくれ」

「わかった。頼んだよ」


 席を立ったクロードは、セイがいつも通りの笑顔で手を振って、アリスが無言で見送り、守備隊の面々が胸を撫で下ろすのを見た。

 ふと、……首筋が泡立った。強い違和感が彼の胸を苛む。違う、そんなことは、砦に来る前から感じていた。

 喉に刺さった小骨。セイを司令官に任じなかった理由を、クロードは、はっきりと認識した。

 

(ああ、くそ、演劇部になんか入るんじゃなかった!)


 わかってしまったから。セイが今、彼女自身を演じていると。


(守備隊員たちがああも警戒していたのは何故だ? 赤い導家士どうけしの宿敵たる僕がやってくるから……。それだけが理由じゃない。だったら、閲兵式の隊列行進も手を抜くはずだ)


 彼らは必要以上に気合いを入れて、ミスひとつなく完璧にこなして見せた。

 守備隊員たちが恐れていたのは、何かしらの不調を抱えた彼女を、ろくでなしの悪徳貴族が罰することに違いない。

 選択肢は二つある。ひとつはこのまま黙って屋敷に帰ること。もうひとつはセイと向き合うことだ。


(選ぶのは、最初からひとつしかないだろうっ)


「そうだ。セイ、せっかく来たんだから、剣の稽古をつけてくれ。最近デスクワークばかりで鈍ってるんだ」

「お、おお。構わないぞ」


 クロードがセイに声をかけた瞬間、守備隊員たちの空気が一変した。

 イヌヴェがとっさに二人の間に割り込もうとして、しかし、サムエルが彼の正面に立ったことで失敗する。


「そこをどけ、猿面サルヅラ

「狂犬を放し飼いにするのが、この部隊の流儀かい?」


 お互いにだけ聞こえる小さな声と交差する視線が火花を散らし、一触即発の空気が広間を満たす。

 膨れ上がった殺気が弾けようとしたまさにその時、上気したセイがクロードの手をとった。


「み、みんな。午後の訓練は、参加できない。か、勘違いしないで欲しい。と、棟梁殿の命令だから、これもレーベンヒェルム領の為なんだ!」


 舌を噛みそうなくらい早口でまくし立てたセイは、いかにも楽しそうで、隊員たちが心配していた疲労や精神圧迫が嘘のような生気に満ち満ちていた。


「アリス、この場をお願いできるかい?」


 ステップを踏むセイに引きずられ、たたらを踏むクロードに頼まれて、アリスは鼻をぺろんと舐めると、片目を瞑ってウィンクした。 


「任せるたぬ」

「ちょ、副隊長。いいんですか? なんで隊長があんな悪徳貴族と!」

「野暮はいいっこなしたぬ。さあ、片付けたら午後の訓練と見回りたぬよ」

「そ、そんなことより。セイ隊長の方が大事ですよっ」


 駄々をこねる隊員たちに、カチンと来たらしい。アリスは、本気を出すことにした。


「あれ、副隊長の耳がいつもより大きいような」

「お前たちの声が、よく聞こえるようにしたたぬ」


 モフモフのお手ごろぬいぐるみサイズだった体躯がぐわんと伸びて、鍛えられた刃物を連想させるワイルドな虎に変わる。


「目も大きくて、ギラギラ光ってて、怖いですよ」

「怖がる事はないたぬ。可愛い部下たちを、よーく見守る為だぬ」


 黄金色の毛並みは真っ黒に染まり、可愛かった八重歯はいまや軍刀のように妖しく光っている。


「か、身体真っ黒ですし、巨大化してますよね! 口なんか大きすぎて牙はえてますよね!」

「体が大きくないと、真剣な訓練に付き合えないたぬ。つまらないことで怠けるなら、食べちゃうたぬ」

「いやぁああああっ」


 この日の訓練は、隊員たちにとって過酷なものとなった。


「なんでオレまで走らされてるんですかねえ!?」


 同席したサムエルも、とばっちりでしごかれた。不憫である。

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