第432話(5-70)ガングニールと勇者の末裔

432


 ドゥーエは、並行世界における自身の体験を語った。

 スラムに生まれた幼い彼が、嫁と呼ぶ幼馴染みの少女と共に〝四奸六賊しかんろくぞく〟の融合体実験研究所に囚われたこと。

 同じように浚われてきた子供達と姉弟のような関係を結んだこと。

 生真面目な長姉の力を借りて、傷ついた末妹を逃がそうとして失敗し、嫁と共になぶり殺しにされそうになったことを――。


『そこの子供、いい面構えじゃな。今日からわしを、〝お姉ちゃん〟と呼ぶがいい!』


 窮地のドゥーエと幼馴染みを救ったのは、カラスの濡れ羽が如き黒髪と、猫のような金色の瞳、雪のように白い肌が美しい絶世の美女だった。


「姉と呼べ。そう言った女は、理不尽なまでに強かったです」


 美しい乱入者は、第六位位級契約神器ルーンロッドの使い手の首を手刀ひとつではねとばした。

 次にルーンアックスの盟約者が、巨大化させて廃工場を真っ二つにする一撃を加えるも、素手で止めたあとにハイキックで血袋に変えた。

 更に遠方からルーンボウの射手が矢の雨を放つも、彼女はまばたき、つまりウィンクだけで主人もろとも消滅させたのだ。

 後はもう、何人いようが関係なかった。


『衰えたとはいえ、このガングニールに挑むのだ。冥府で鍛えなおして来い、愚か者!』


 彼女は、三分と経たずに四奸六賊の契約神器と盟約者を全滅させたのである。


「ガングニールって、何? さっき名前を捨てた、とか言ってなかったっけ? そう、子供心に首を傾げたのを憶えています」

「ま、待ってくれ、ドゥーエ君。その強くてユニークな女性は、本当に第一位級契約神器ガングニールなのかい?」


 国主グスタフ・ユングヴィは、ドゥーエの体験談に夢中で耳を傾けていたものの、口を挟んだのは当然だろう。

 一〇〇〇年の昔、グスタフの祖先たる〝神剣の勇者〟は第一位級契約神器レーヴァテインを振るい、世界を滅亡に導いた〝黒衣の魔女〟と第一位級契約神器ガングニールを討ちとった。……とされている。

 つまり、世にあること自体がおかしいのだ。

 その上、誇るべき祖先の宿敵たる神器が、幼い子供に自分を姉と呼ばせようとする頓狂とんきょうというのは、勘弁して欲しいに違いない。


「本人は長い時間をかけて復活した、と言っていました。人間の格好は、かつての主人を真似たのだとも。ともかくやたらと非常識、いえ強かったのは、間違いないでゲス」


 ドゥーエがそう伝えると、国主はすがるように……。

 クロードの侍女レアこと第三位級契約神器レギンと、カワウソの姿をした元第三位級契約神器オッテルに視線をむけた。

 

「聞く限りでは、ガングニールだと思います」


 小さくなってしまった青髪の侍女は、クロードの肩の上で膝をつき、差し出された領主の指にすがるようにつかまっていた。


「ガングニールのバっきャロウ。なんて格好しテやがる。何をやってんダ。本当に何をやってんダっ」


 そしてカワウソは、椅子の下に隠れるや、顔を絨毯に埋めて、手足をバタつかせながら呻いていた。


「ドゥーエ君、話を中断させて悪かった。続けてほしい」


 国主も、そんな一人と一匹の姿に諦めたのか先を促した。

 ドゥーエは悪い予感に苛まれながらも、ガングニールについての説明を続けた。


「ガングニールの話では、オレの顔が、昔仕えていた主人、〝黒衣の魔女〟の弟分に似ていたそうでゲス。だから、オレを見つけた時、真似をして〝お姉ちゃんと呼べ〟と言ったそうです」


 その核心的な台詞に――、国主の顔は彫像のように固まった。

 侍女のレアはぱたりと倒れてクロードに介抱され、カワウソのテルも電撃にでも打たれたかのように悶絶していた。


「……ド、ドゥーエ君。以前も言ったが、キミの顔は私の祖先、〝神剣の勇者〟の肖像画によく似ていんだ。本当は、何か関係があるのではないかい?」

「それは、その、ハハ」


 ドゥーエは、言葉に詰まってしまう。

 すると、覚悟を決めたのだろうか……。

 椅子の下に隠れていたテルが、つぶらな瞳を伏せてひげを垂らしながら、しょんぼりと顔を出した。


「国主閣下。ソのドゥーエだか、ロジオン・ドロフェーエフだか名乗っている元無職テロリストナ。魔力と血を見てわかっタ。閣下と同じ、〝神剣の勇者〟の末裔だヨ」


 ドゥーエの眼前で、広間に皿をまとめて割ったような驚きの声が響き渡った。


「うっそだろっ」

「勇者の末裔が、国際テロ組織〝赤い導家士どうけし〟のメンバー……」

「聞きたくなかった。知りたくなかった……」


 誰もが、大混乱に陥っていた。

 例外は、館の主人たる辺境伯のクロードだけだ。

 彼だけは、取り乱すことはなく、ただドゥーエの顔を眺めていた。


「うん、ドレッドロックスヘアに目がいってしまうけど、以前見た映像に確かに似てる」


 国主グスタフ・ユングヴィも、呆気にとられていたようだが、咳払いひとつで平常心を取り戻した。

 なにせ、神剣の勇者が生きていたのは、千年も昔のことである。どこかで血が混じったとしても不思議はなく、たまたま先祖返りで顔が似る、なんてこともあるだろう。


「そうか。ドゥーエ君と私は遠い親戚なのだね」


 国主の言葉を引き金に、広間に雷を落としたような絶叫がこだましたのは、言うまでもない。


「……国主閣下。オレ自身が言ったことでゲスがね、〝神剣の勇者〟が、ガングニールの主人〝黒衣の魔女〟の弟分だった、という話は疑わないんでゲスか?」


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る