第433話(5ー71)誰が為の正義?

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「……国主閣下。オレ自身が言ったことでゲスがね、〝神剣の勇者〟が、ガングニールの主人〝黒衣の魔女〟の弟分だった、という話は疑わないんでゲスか?」


 ドゥーエが指摘すると、広間に集った面々は、衝撃のあまり血の気が引いた顔で呻きをあげた。

 あくまで並行世界の話であるし、第一位級契約神器ガングニールの一方的な言い分でもある。

 しかし、勇者が魔女を打倒したという正統性に支えられた世の中だ。二人が親密な関係にあったという事実は、それだけで歴史書が書き換わるほどのスキャンダルではないか?

 誰もが右往左往する中、落ち着いているのは二人だけだった。

 ひとりはクロード。ガングニールの自由な振る舞いに頭を抱える、小さくなった侍女レアを落ち着かせようと、手のひらの上でそっと抱きしめている。


(クロードは、どうやら侍女かカワウソから、勇者と魔女が親しかった過去を聞いたようだな)


 ドゥーエが第一位級契約神器ガングニールから教わった思い出話によれば、第三位級契約神器レギンとオッテルは、〝黒衣の魔女〟の腹心だったらしい。

 また〝神器の勇者〟は神焉戦争ラグナロクの後に、此のヴォルノー島を訪れている。実際に会って、面識があった可能性だってある。


(だけど、もう一人。こいつはいったいどういう理屈だ?)


 もうひとりは、意外なことに国主グスタフ・ユングヴィだった。

 彼は眉を和らげると、ドゥーエに微笑みながら語りかけた。


「ドゥーエ君。私の祖先、マラヤディヴァの国母たるマーヤ・ユングヴィは、『〝神剣の勇者〟は〝黒衣の魔女〟に仇だけではない、親愛のような感情を抱いていた』と、手記に書き残しているんだ。私は今こそ、キミの話が信じるに足るものだと確信したよ」

「そうでゲスか」


 ドゥーエにとってのガングニールは、いわゆる悪ノリとか厨二病とかを超越した、困った姉貴分? であったが……。

 彼女の主人たる〝黒衣の魔女〟は、弟分である〝神剣の勇者〟に、本気で慕われていたのかも知れない。


「ガングニールは、オレに姉と呼ぶよう言いつけましたが、オレにとっての姉貴は、研究所で絆を深めた一人だけだった。だからオレは、彼女を〝アネばあさん〟と呼びました」


 子供とはいえ、生命知らずな真似をしたものだ。


「ご、御婦人になんて酷い」


 公安情報部の長、ハサネは中折れ帽子を胸にあて、なにやら祈りの言葉を紡いでいる。


「ゆ、勇敢というより無謀だろ……」

「そんな暴言を吐いて、よく生きてるわね」


 エリックとブリギッタは、侍女レアと女執事ソフィの方をちらちらと見ながら、抱き合って震えていた。


「みゃみゃみゃっ。ガングニールのヤツ、丸くなっタなア。……ぎゅいっ!?」


 カワウソのテルは腹を抱えて笑ったところ、何処からか飛んできたはたきが後頭部に直撃して悶絶している。

 他にも広間のそこかしこでヒソヒソと内緒話が交わされていたが、妥当だろう。


「アネばあさんは、オレと嫁を引き取って、育ててくれました」


 親に捨てられ、権力者の実験材料にされた子供が、神話の悪役に保護されたというのだ。皮肉な話である。


「アネばあさんは、勉強や魔法を教えてくれたり、剣の師を紹介してくれたり、色々と世話を焼いてくれた。悪戯やトラブルにも巻き込まれましたゲスが、悪くはなかった」


 ドゥーエの半生では短くも珍しい、平穏な日々だった。

 国主グスタフは、その気持ちを汲んでくれたのだろう。こう問いかけた。


「ドゥーエ君。ガングニールは、神話で語られるような、悪い神器ではなかったのだね?」


 ドゥーエはそんな国主のアシストに、首を縦に振ろうとして――。


「わかりません」


 ――出来なかった。


「ガキの頃、オレはアネばあさんに聞いたんでゲス。それだけの力があるなら、世界だって救えるんじゃないかって」


 返事は、鮮明に憶えている。


『誰のために?』


 保護者であったはずの女の顔が、まるで初めて見る悪鬼羅刹あっきらせつのように、おどろおどろしく見えた。

 幼いドゥーエは、苦しんでいるひとがいっぱいいるとか、そんなことを訴えた気がする。


『……弟よ。一〇〇〇年の昔、わしの主人は救ったぞ。狂い果てた終末の世で、多くの生命を助け、それ以上の生命を奪った。挙句の果てが〝魔女扱い〟よ。故に、わしは二度とごめんだ』


 ドゥーエが、ガングニールの言葉を伝えると、広間はしんと静まった。

 過去の彼と嫁がそうであったように、国主も、クロードら大同盟の重鎮達も、一言も発することなく沈黙を守る。

 レアとテルだけは、かつての同胞に思いを馳たか、両の瞳を閉じて息を吐いていた。


『わしは、今でも主人を信じている。弟よ、お前の先祖である〝神剣の勇者〟と仲間達にも敬意を払う。だが、それは強い力を持っていたからではない。……平和だの平等だの正義だのと心にもないキレイゴトを歌いながら、他人を破滅させて歓びにむせぶ悪党共がはびこる絶望の時代に、世界を良くしようと必死に足掻いたからじゃ』


 ドゥーエは、母代わりだった女の嘆きを思い出しながら、クロードを見た。


(邪竜の玩具というオレ以上の惨状を、オレよりずっと非力な癖に、くつがえした凡人。誰に望まれたわけでなく、竜殺しとなることを選んだ男――)


 ドゥーエも修羅場を潜り抜けた今ならば、ガングニールの気持ちと言葉が理解できた。


『弟よ、わしは世界なんてあいまいで不確かなものより、この手で触れるお前達を大切にしたい』


 けれど、幼かったドゥーエと嫁は、ガングニールの方針に反発した。

 二人は成長すると戦う力を得たと思い込み、保護者から預かった武器を手に、隠れ家を出たのだ。


「オレ達は、末の妹を、姉弟を助けたかった。けれど、ようやく研究所を見つけた時、襲ってきたのは、洗脳された姉貴達でした」

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