第133話(2-87)侵入者

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 遠方で爆発音が響き、非常ベルがけたたましく鳴り響く。

 ブリギッタは、即座に椅子を蹴って立ち上がり、壁に据え付けられた魔術道具である通信貝を掴んで、警備室に確認を取っていた。


「何があったの? ――そう。最優先で作業員たちを避難させて。アタシもすぐそっちへ向かうわ」


 ブリギッタは、一揃えの貝を口と耳に当てて話しつつも、床に置いた鞄から簡易の布鎧キルティングアーマー細剣レイピアを引き出して、戦支度を始めている。


「やれやれ。会議を進める時間もないとは、慌ただしいことです」


 ハサネがシルクハットをくるりと回すと、帽子のどこに隠されていたのか小ぶりのナイフと手錠が現れて、彼の手のひらに収まった。


「辺境伯様。楽園使徒アパスルを名乗る団体が、正門と裏門で平和万歳のプラカードを掲げて暴れているそうよ。詰め所に火もかけられたみたい。すぐに制圧するわ」


 ブリギッタが通信貝を操作すると、警備室から転送されてきたらしい門の様子が、会議室の壁に映し出された。

 共和国人か、あるいは帰化した”楽人”か……、数十人規模の中高年外国人男性が、松明や棍棒を手に暴れまわっていた。


「中高生を集めようとしたら、中高年しか集まらなかったよ。といわんばかりの、”自称”青年団体の悲哀は横に置くとして――だ」


 クロードは、元々目つきの良くない三白眼を半ば閉じて、不快感も露わにブリギッタとハサネを半目で睨みつけた。


「平和を口にする割に、ずいぶんと荒っぽい活動をするじゃないか。この連中は、馬鹿なのか?」

「彼らなりの脅しのつもりでしょう。和平を結ばなければこれからも破壊活動を続けるぞ、という。小悪党じみて、浅はかなことです」

「実に共和国らしいやり口よ。共和国人にとっての平和とは、彼等が暴力で支配する圧政を指すのだから」


 平然と答える二人に、クロードはしかめ面をしながら再度問いかけた。


「それでも……、ハサネとブリギッタは、和平を考慮しろと言うんだな?」

「ええ。愚か者であればこそ厚遇すべきかと。悪行の報いは、後日必ず受けていただく。私は、どんな犯罪者であっても更生を諦めません」

「辺境伯様、仮にルクレ領、ソーン領との戦闘を続行するとして、よ。動かせる兵隊はいるの? 二正面作戦は避けるべきじゃないかしら?」

「よくわからないけど、たぬは結婚に反対するたぬっ」


 クロードは、三者三様の意見を受けて、ゆっくりと頷いた。

 楽園使徒を鎮めるため、ブリギッタは正門に、ハサネは裏門に向かうという。


「アリスちゃんは、辺境伯様を守ってあげてね」

「いいや、アリス。正門へ行ってくれ。もしブリギッタに怪我でもさせちゃあ、あとで僕がエリックに叱られる。片付けたら、裏門でハサネの援護を頼む」

「たぬっ。お任せたぬ!」


 元気よく手を振るアリスたちを見送って、クロードもまた椅子から立ち上がり、会議室を出た。

 クロードは、万が一の事態を考えて、正門裏門ではなく王国が持ち込んだ模型や線路を飾ったエリアへと向かう。

 模型の付近には、王国から来た技術者が集まる宿泊施設も建っていた。相手が一般的な軍人であれば民間人を直接狙うことはないだろうが、便衣兵を多用して民間人を狙った攻撃を加えるのはテロリストの定石だ。誰かが警戒する必要があった。


「まいったなあ」


 クロードは、移動しながらも婚姻同盟について考えていた。

 ハサネの方針は、徹底して合理的だ。騙し騙され、タヌキの化かしあいを演じて、緋色革命軍の後に制圧する腹積もりだろう。彼は、犯罪者が、罪をあがなって更生することを信じていたが、野放しにするつもりなど毛頭考えていない

 ブリギッタの方針は、よくわからない。彼女は共和国系帰化人の血を引くが、だからこそ共和国人が帰化人たちを差別し、侮蔑していることに反発している。今回の婚姻同盟も、感情的には納得していないのに、別の思惑で推進しているように見えて、妙にちぐはぐなのだ。


「パウルさん経由で、共和国から圧力もかかっているだろうけど、それが最大の理由なら最初にぶちまけるだろう。ブリギッタが、商売の邪魔だからとか、企業の儲けが減るから、じゃなくて、わざわざ二正面作戦を避けるべきだからなんて、一般論をあげたのがらしくない……」


 クロードが王国人の宿泊施設がある一角に到着すると、いかにも工事作業員といった装いに扮した十人程度の一団が、マスケット銃らしい長筒や弩をもって近づいてきた。

 残念ながら正門と裏門への攻撃は陽動で、本命の工作員たちはすでに作業現場内へ入りこんでいたらしい。


「ここは、関係者以外立ち入り禁止だ。何者かは知らないが、お引き取り願おう」

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