第134話(2-88)狂魔科学者の娘
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「ここは、関係者以外立ち入り禁止だ。何者かは知らないが、お引き取り願おう」
クロードが立ちはだかると、頭目らしい剣呑な目つきの男が、ダミ声で名乗りをあげた。
「我々は反貴族主義、反資本主義を掲げる平和団体、
クロードは鼻で笑った。楽園使徒の言い分はまるで筋が通っていない。それっぽい文面を並べ立て、共和国にひれ伏せとわめいているだけだ。
「それのどこが独立だ。お前たちの行為を、正しくは売国と言うんだよ。……ひょっとして、”楽人”じゃなくて、共和国人か? マラヤディヴァ国の法において、外国人の政治活動は禁止されている。不法侵入、器物破壊、暴行未遂、その他諸々の現行犯だ。拘束して官憲に引き渡す」
楽園使徒の構成員たちは、領主であるクロードの顔を知らないのか、恐れるでもなく逆上して怒鳴り始めた。
「怪我人が偉そうに」
「物陰で震えておればいいものをっ」
「おいキサマ、外国人は政治に一切口を出すなと言うのか。そんなことが許されると思うのか?」
クロードは、ゆっくりと間合いを計りながら、足先で文字を刻んでゆく。
両手がない以上、これまで以上に戦闘は不利になる。時間を稼ぐか、心理戦で精神の均衡を崩すか、いずれにせよ慎重を期す必要があった。
「旅行者が、他国で現地の法に縛られるのは当然だろう? 少なくともレーベンヒェルム領では、外国人の政治活動の自由は、”マラヤディヴァ国の政治的意思決定、又はその実施に影響を及ぼす活動等を除き”保障されている。論点をすり替えるな。お前たちを拘束するのは、不法の現行犯だからだ」
楽園使徒の頭目も、クロードが援軍を呼ぶのではないかと警戒しているようだ。
ひとまずは、会話を交わしつつ、様子を見るようだった。
「正義は、法を超越する! 大国である西部連邦人民共和国の意向と、小国に過ぎないマラヤディヴァ国の法、どちらを優先すべきか頭の悪いお前でもわかるだろう?」
「他国の主権を侵害する。それを侵略というんだよ。正義を訴えたければ自分の国でやれ。ああ、それともお前たちの国は、”自国民が自由に発言できないほど”に、野蛮で遅れた国なのか?」
「黙れぇええっ。おまえたち、このクソガキをやっちまえっ」
クロードの煽りは、想像以上に効果絶大だった。足先で魔術文字を刻んで、前方の土を隆起させた壁をマスケットの弾丸がかすめ、隠し持っていたらしいパイプ爆弾が投げつけられて壁面にひびを入れる。
「ちいっ」
同時に放ったクロードの雷矢が、四人に命中して麻痺、あるいは昏倒させた。しかし、敵はまだ六人も残っている。
「魔術師か? ガキひとり殺したところで問題ない。見せしめに血祭りにあげろ」
「鋳造魔術が使えないのは厳しいな。僕は、弱いっ……」
クロードは、楽園使徒を宿泊施設の反対側に誘導するように、逃げ出してみせた。
よほどにプライドが傷つけられたのか、怪我人の子供ひとりすぐに片づけられると踏んだか、残り六人全員で追いかけてくる。
「あのガキにパイプ爆弾をぶちかませ!」
「それは、まずい」
再び、火薬の入ったパイプ爆弾が投げつけられた。
投手が付与魔法で筋力を向上させたのか、パイプは多少の距離もものともせずに飛来し、クロードが楯となる土壁を生み出す前に着火して釘や鉄片を撒き散らした。
クロードは、とっさに足元に衝撃を生みだして跳躍、爆風と破片の雨から逃れたものの、受け身がとれない。
「
そう呟いて、着地の痛みをこらえようと奥歯を噛みしめたクロードだが、落下した資材倉庫側の地面の感触は、ポヨンという妙な弾力性がある不可解なものだった。
「ひゃんっ」
「え?」
「ど、どこを触ってるのよスケベ。ちょっと目を閉じてなさい」
「わぷっ」
クロードが、これまで聞いたことのない女の子の声だった。
そもそも台詞の意味がわからない。触ろうにもクロードは腕が二本ともないのだ。
地面に仰向けに倒れたクロードの視界は、妙にひんやりとした手で塞がれて、外されると見たこともない少女が傍らで見下ろしていた。
おそらくは一〇代半ば。薄紫色のショートカットの髪と、わずかにつりあがった同色の瞳。不自然なほどに白い肌が印象的な、青く輝くワンピースドレスを着た小柄な少女だ。彼女は、頬を真っ赤に染めてぷりぷりと怒っていた。
「怪我がなくて良かったけど、なんてところに落ちてくるのっ。地面と同化してるひとがいるかもって、学校で教わらなかった?」
「そんな学校は聞いたこともないし、地面に同化してるひとなんて、そうそういるわけないっ!」
楽園使徒とは別の意味でツッコミどころ満載の少女の発言に、クロードは思わず叫んでいた。
「そうね。これがカルチャーギャップというものね。勉強になるわ」
「いいから逃げろ。殺されるぞっ」
クロードが、芋虫のようにのたうちながら立ち上がる時間もなく、楽園使徒が追う方角から銃声が二発響いた。
「よせ、その子は関係ないっ!」
クロードの絶叫は遅すぎた。弾丸はすでに発射されている。動かない的を狙った弾丸のうち一発はそれるも、もう一撃は不幸にも少女を直撃し、彼女は貝のように小さな手のひらで受け止めた。
「……っ」
「奥義『
少女の手のひらが、まるでスライムのように一瞬だけ溶ける。弾丸は勢いを失って落下して、同時にクロードを追う楽園使徒の射手が、まるで撃たれたかのような衝撃を受けて崩れ落ちた。
「びっくりした? 運動エネルギーを魔力に変えて、そらすのよ。慣れたら反射だって出来るわ。パパと戦ったのなら見たでしょう。物理攻撃を無力化する粘液は、私の
「君は、いったい?」
「ドクター・ビーストなんて世間様に触れまわってた大馬鹿者の娘、ショーコ。身内の恥を止めてくれてありがとう。お礼に、義手を届けに来たわ」
そう言って、ショーコと名乗った少女は、寂しげに微笑んだ。
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