第362話(4-90)緋色革命軍の終焉

362


 遠くの方から銃声と爆音、剣戟けんげきの音が聞こえてくる。

 けれど、クロードにはもう、全体の戦況に目を配る余裕はなかった。


(セイ、信じるよ……!)


 ソフィも、アリスも、クロードも、役割を全うした。

 あとは、彼女の指揮に全てを委ねるだけだ。


「そらそらそらぁっ!」


 ゴルトの振るう大斧から無数の雷刃が生み出され、クロードを取り囲むようにして放たれた。

 見かけは豪胆ながら施された細工は繊細で、一撃一撃が白兵戦で生じる無意識の死角を狙って攻めたててくる。

 

「鋳造――鎖っ!」


 クロードは、足先で魔術文字を綴って金属鎖の束を創り出して雷刃を迎撃した。

 防御行動は術式を組んで魔術攻撃を狙った自律行動。何発か漏れて鎧が削られたが、気にしてはいられない。

 ただ我武者羅がむしゃらに眼前の大男へ食らいつき、大小の二刀で斬りつける。


「はははっ。楽しいなあ。まっこと楽しいぞ!」


 辛子色の蓬髪から覗くゴルトの顔は、汗に塗れてはいたが幼子のように無邪気なものだった。

 彼は、クロードとの闘争を心の底から痛快だと感じているのだろう。


(昔に舞台を上手く演じられたとき、農園に作物が実ったとき、きっと僕は彼と同じ顔をしていた)


 闘争こそがゴルト・トイフェルの望みであり、彼は今この時こそ充実しているのだ。それは、英雄と呼ばれる者だからこそ磨き抜いた気質なのかも知れない。


「ゴルトさん、アンタには酷い目に遭わされた」


 思い返せば、ベナクレー丘では危うく命を落とすところだったし、チョーカー達にはレアを殺される寸前まで追い込まれ、偽姫将軍の乱では領内を真っ二つにされて、扇動されたルクレ領とソーン領の侵攻にも手を焼いた。他にも難民爆弾や、間接的な攻撃、迷惑を被った計略は数知れない。

 何よりも許せないのは、アンドルー・チョーカー。あの悪友をあやめたのはこの将帥だ。


「だけど、どうやら僕はアンタに憧れていたらしい」


 セイが怖れる武勇を、名だたる大同盟の将を討ち破った軍才を――。

 かの恐るべき剣客オズバルト・ダールマンや、海底の火竜オッテルと同様に、その強さに惹かれている。


「だから、勝つよ」

「ははっ。あはははっ。そうか、そうであったか。おいが勝ちたいと焦がれた男は、ちゃんと価値を見出してくれか。ならばこそ踏み越えて、先に行こう!」


 クロードの振るう打刀が大斧を巻き取り、脇差しがゴルトの額をかすめる。

 同時に、大男の雷をまとった突進が、自身の鎧を軋ませて砕いた。


「ゴルト・トイフェル。アンタは戦いの先に何を求めている?」

「歓喜を!」


 クロードとゴルトの刃が噛み合い、雷と炎をまとった旋風が周囲一帯を焼き払った。


「辺境伯よ、闘い続ける限り道は続く。ここが、戦場こそが魂の在り処だ。おいどもの戦争は終わらない、終わらせない!」

「っ。終わりどころを考えちゃいないのかっ」


 ここに、クロードとゴルトは、互いの道が決定的に異なることを認識した。

 生きる場所を、平穏な日常に見出した者と、死と隣り合わせの鉄火場に見つけた者。互いの終着点は相容れることなく、激突するのみ。


「命と志が激突する。此処こそ、おいが求めた楽園ヴァルハラよ!」


 ゴルトの契約神器が輝きを増して、紫電が更に勢いを強めた。

 まるで浜辺を飲み干す大波のように雷が放出されて、斬り、払い、殴り、潰す、超高速の八連撃が飛んできた。


「……っ」


 四撃目で脇差し、火車切が砕かれた。

 六撃目で打刀、雷切が折られた。

 七撃目で迎撃機構、鎖が焼き払われた。

 八撃目で大鎧、八龍ハチリョウが半壊した。


「最高や。満たされたぞ、辺境伯!」


 そうしてゴルトはトドメとばかりに大斧を振り上げて――。


「良かったよ。じゃあ、最後の戦いに未練はないね」


 満身創痍のクロードもまた、一歩踏み込んだ。


「おいは止まらぬ。戦場は求める限り続いてゆく」

「いいや、僕が止める。終わらせる。鋳造――八丁念仏団子刺(はっちょうねんぶつだんござ)し」


 ゴルトの大斧が雷光をまとって巨大化し、エネルギーの塊となって叩きつけられた。

 しかし、クロードの手から居合いのように高速で放たれた剣が、雷を絶ち、斧の刃すらも断ち切って、ゴルトを鎧ごと袈裟懸けに斬った。


「ばか、な」

「人を殺すなら、一撃だけで充分だ」

「ふはっ。そう、やな」


 ゴルトの巨体がゆっくりと崩れる。

 クロードにとっても八連撃を受けた消耗は激しく、命を奪うには至らなかった。

 けれど、戦場を満たしていた音が一斉に止まった。


「ゴルト様が、負けた」

「これでは、もう……」


 緋色革命軍の兵士達が、力を失って次々と膝をつく。

 要である中央部隊は、アリスとソフィに縫い止められていた。

 東西に布陣した両翼の軍勢は、姫将軍セイが率いる旗鼓堂々こきどうどうとした部隊と、コンラードとミーナが束ねた仇討ちに燃える部隊によって総崩れとなっていた。

 そして、戦場の総大将であるゴルトが倒れた今、戦いの行く末は火を見るより明らかだった。


「……」


 クロードは、血に濡れた手をゴルトへ差し出した。

 仇ではあった。けれど、人を惹きつけるあり方に憧れを抱いたのも事実だ。

 もしも出会い方が違ったら、友人になれただろうか。


「降伏してくれ。部下の命は保証する」

「わかった。緋色革命軍は、本日で手仕舞いや。降伏する」


 しわぶき一つ無かった戦場を、どよめきが満たしてゆく。


「けれど、辺境伯。降伏する相手は、大同盟やない。ネオジェネシスだ」

「!?」


 ただならぬ気配が、領境の山際に生じた。

 生首を腰にくくりつけた小太りの男が、ゆっくりと歩いてくる。


「降伏を認めよう、ゴルト・トイフェル。緋色革命軍は、今日この時をもって消滅する。しかし、我らが同志の身柄は、このブロル・ハリアンが預かろう」

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